第11話

「……千秋ー」


 どれくらい、経っただろう。

 唐突に目の前から呆れたような聞こえて顔を上げた。すると、花妻がしゃがみ込んで、こちらを覗き込んでいた。

 千秋が好きな、先生の顔ををしていた。


「悪かった。先生、意地悪言いました。千秋は、今の千秋のままでも、先生にメリットあるよ」

「……俺、先生に、健康になってもらいたいって、思った」

「うん、ありがとう」

「俺の作ったカレー、食べて欲しい。甘口の」

「先生の胃袋掴むとか、十年早いな」


 額の上に手のひらを乱暴に置かれた。花妻の顔が、ゆっくりと近づいてくる。


「これは、事故です」


 手のひらの上から、花妻の唇が押し当てられているのが分かった。


「なぁ、飯、付き合ってくれるか」


 セリフと顔が合っていないと思った。


「……先生? 付き合ってくれるの?」

「飯、に、だよ。言葉に気をつけろよ」

「だって」

「千秋。先生が、千秋の「理想の先生」でいられるように、君も努力してください」


 花妻は、そう言って近くにあった付箋にメモを書いて千秋に渡した。

【18:30 XX軒】



 その日の晩、駅前のラーメン屋で「偶然」花妻と出会った。

 花妻は何も言わずに千秋と相席してくれる。

 千秋がラーメンとチャーハンを頼んたのを見て、最悪の組み合わせだと笑いながら、花妻も同じものを注文していた。


 もし、次に偶然、ここで出会ったら、勝手に花妻のメニューに野菜炒めを追加しておこうって思った。

 先生には、末長く、健やかでいて欲しい。




終わり

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