第9話
「なんか、あった?」
「なんで」
「元気ねーから」
「――俺の友達の話なんだけど」
「それ、ツッコミした方がいい?」
「最後まで聞いて欲しい」
「よし、分かった。続けろ」
気分を明るくしたかっただけだ。ノリが分かる友達でよかった。
「好きな人に嫌われた。それで、振られて落ち込んでいるらしい」
「お前の悩み分かりやす! つか、千秋の方が高校生活エンジョイ勢じゃん」
田島はブランコから落ちて地面で笑い転げている。
「で、なんで喧嘩したんだよ」
「喧嘩じゃ、なくて」
最初から、相手が先生なこと以外は隠すつもりはなかったので話を続けた。
「好きな人が、よくないこと……してて」
「なに、タバコでもやってたのか」
「いや、タバコじゃなくて」
違うと言ったが、自分が知らないだけで生徒に隠れて吸っている気がした。――吸ってるなら、やめて欲しいけど、似合ってる気がした。
あの綺麗な顔でタバコ吸いながら微笑まれたら、落ち着かなくて、そわそわすると思う。
「その……健康に、気をつけて欲しいって、言ったんだけど、怒られた」
隣のブランコに座っている田島の顔をまっすぐに見た。
「千秋……不良と付き合いたいの?」
「違うけど、まぁ、遠からず」
昼間の怒り方を見るに、昔は相当悪かったんじゃないか、なんて思い始めた。
「友達だから言うけどさぁ、やめとけよ。酒かタバコか知らねぇけど、その子悪いことしてんだろ」
「うーん、法的には別に」
「じゃあ年上……まさか」
「いや、違う違う、高校生だって。他校の……」
これ以上言うと、先生だと気づかれそうだったので、それは否定した。
「へぇ、他校生。つか、そんな面倒臭い奴より、いい子なんていくらでもいるよ。お前性格いいしさぁ」
「俺、性格いいか?」
まだ田島と一ヶ月も付き合いがない。教室で机を並べて、休憩時間に話すくらいだ。
「え、いいんじゃねーの? 今日、先生怒ってたとき、なんか言おうとしてたじゃん」
一番後ろの席だし、教室で立ち上がったのを知っているのは、先生だけだと思っていたが、田島は見ていたらしい。よくよく考えてみれば、狭い教室なんだし、自分が先生しか見てなかっただけで、実際は千秋もクラスメイトから注目を浴びていたのかも。
「だ、だって、先生相手だからって悪口は、よくないじゃん」
「な、やっぱ、お前、いい奴じゃん」
ニカッと歯を見せて笑われる。知り合ったばかりの友達のつまらない悩みを聞いてくれる友達の方がよっぽどいい奴だろう。
「……俺が、守って上げたいんだよなぁ」
「え、その子、命狙われてるの」
「いや、け、健康を?」
「健康って、なんか、お前ズレてるけど、それが千秋なりの愛情なのか」
「愛情っていうと、違う気がするけど」
好きな人が健やかであって欲しい。
先生は先生の仕事をしただけかもしれない。それでも、自分は体のことを気にかけてくれて嬉しかった。
自分が嬉しかったことと同じことを先生にしたいと思った。単純だけど、それだけだ。
「じゃ、やっぱり、カレーだな、千秋、カレー作ればいいよ」
「え、なんで、いきなりカレー。俺の好きな人、別に食いしん坊じゃないけど」
「そうなん? だって、なんか、カレー作りたいんだろう。今日の家庭科のときカレーのページ、ずっと読んでたじゃん」
「俺さ、全然、ダメなんだよなぁ。料理」
「ダメなら練習すればよくね?」
当たり前のことのように言われた。スポーツをやっている奴は違うなって思った。課題に対して向き合うことに迷いがない。
「練習かぁ」
「で、もう一回告白する。そんな不健康なことはやめろ、俺の作ったカレーの方が美味しいぜ、って」
「それ、絶対無理だって、思ってるだろ」
「無理でも、伝わるまで一生懸命伝えたらいいんじゃん。俺は心配してるって。やめろって頭ごなしにいうより、気持ちは伝わると思う」
「そうだな、ありがとう」
「けど、俺は不良女と付き合うのはやめた方がいいと思う」
「――うん」
結局、話に夢中でもらった野菜ジュースは飲まなかった。そのまま持って帰ろうとしたら、その場で田島に無理やり飲まされた。
甘くて、しょっぱくて、苦い。
帰り道、ずっと、口の中で人参の味がしていた。
先生が買ってくれた野菜ジュースの方が美味しかったって思っていた。
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