先生の食育はじめました
第8話
学校の帰り道、千秋の足取りは重かった。母親は今日も病院で、帰ってくるのは七時頃だ。
帰り道の桜は全部散ってしまったし、初夏にもまだ早い。
本当は心地よいはずの柔らかな風が、余計に千秋を不安な気持ちにさせた。
(どうすれば、よかったのかな)
好きになった人に、好きになってもらいたい。
そんな気持ちが先走り、初めての恋心に浮かれて失敗してしまった。
もう少しで家に着いてしまう。外は薄暗く、ちょうど街灯の電気がついたところだった。
家にまっすぐ帰る気にもならなくて、誰もいない公園の前で足をとめた。
「あれ、千秋、いま帰り?」
「――田島」
振り返ると田島がジャージ姿で立っていた。肩には大きな部活のボストンバッグをかけている。
「田島、バスケ部入ったのか?」
「いや、バレー部。人数少ないんだよね。千秋もどう?」
「うーん。球技は苦手かな」
「そっか残念。バレー楽しいのに」
「田島、なんか高校生活エンジョイしてんな」
「ただの部活帰りじゃん」
もう部活やってるんだって驚いていた。千秋が家のことや先生のことで、頭がいっぱいになっている間に、クラスメイトは高校生活をスタートしている。
すっかり出遅れていた。
運動自体は好きなんだし、部活とか入った方がいいんだろうか。特別有名な進学校でもないし、勉強以外だって、もっと色々出来るだろう。
目下の目標が、カレー作るだった。
(あとは、先生に健康でいて欲しい、かな)
元気なのが、唯一の取り柄だと思っている。けど、元気が出ない。らしくなく、ため息を吐いた。
「なぁ、田島、普通の高校生って、毎日、何してる?」
「えー部活とか、バイト?」
「……ふーん」
「おーい、どうした姫、大丈夫か? また、倒れる?」
「倒れないって。てか、姫言うなよなぁ」
貧血どころか、さっき夕飯を食べたところだった。全然、味を覚えていないけど。
「ごめんって、でも心配だなぁ。あ、そうだ。俺、喉渇いたし、ついでだから、ジュース奢るよ」
「別に、いいよ」
「いいから、いいから」
いたって健康体なのに、田島の中では、すでに病弱認定されているようだった。世話焼きな性格なのか、本気で喉が渇いていたのか、田島は近くの自販機でジュースを二本買って戻ってきた。そのうち、一本を手渡された。
「なぁ、これ、野菜ジュース」
「ついに九十円になってた! どこまで値引きされんだろうな」
「あ、ありがとう」
一応、お礼を言ったが、あまり飲みたいとは思わない。
「すげー不味そうだろ、どんな味するんかなぁって、毎日気になってて」
「人を実験台にするなよ」
なんだか野菜ジュースのイラストがやけにリアルで毒々しい。これなら、いっそのこと写真の方がマシだったんじゃないだろうか。
「まぁまぁ、味の感想教えて」
どう考えても人気がなくて売れてないから値引きされた商品だった。
街灯が近く明るかったので、公園のブランコに二人並んで座る。
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