第6話
* * *
放課後にノートを集めて職員室に行ったら、担任の渡に花妻は「家庭科準備室」だと言われた。家庭科準備室は三階の一番奥、ミシンがたくさん並んでいる被服室の隣にあった。時間が放課後なのもあるが、近くには教室がないので生徒もいない。
ドアを開けると花妻は奥の教員机でノートパソコンを前にして座っていた。
「先生、ノート持ってきました」
「ありがと、そこのテーブル置いておいてくれ」
千秋のクラスだけじゃなく、他のクラスのノートも束になって置いてあった。そこに同じようにノートの束を並べておいた。
授業を聞いていなかった件で叱られると思っていたのに、千秋に花妻は何も言わなかった。
パソコンに向かって座っていたので、仕事をしているのかと思ったが、花妻の机にはカップラーメンが置いてあった。花妻は生徒の千秋がいるのに、気にせず電気ケトルでお湯を沸かし始める。ここで食べる気だろうか。
時間は午後四時を回ったところ。昼ごはんにも夕飯にも、ましてや、おやつの時間にも適さない時間だった。
「ん、なんだ。こっち来ても上げないよ。先生のご飯だからね~」
「た、食べたいわけじゃないです。先生に言われて、カップ麺はしばらく食べないって決めてるから」
「おぉ、健康に気を使って偉いじゃん、褒めてあげよう」
ふいに手を伸ばされて、肩をポンポンとたたかれる。その手が頭の上だったらよかったのにって思っていた。
(俺、犬みたいだな)
昼間の先生の声とは違って保健室で二人きりだったときと同じ声をしていた。先生に褒められるために健康に気をつけているわけじゃない。けど、褒められるとやっぱり嬉しかったし、もっと褒めて欲しいと思ってしまう。
「先生、カップ麺、駄目なんじゃないの」
「先生は先生のお仕事で、昼ご飯食べる時間がなかったの」
よよよ、と泣くような演技がかった声で言われて、千秋は目を丸くした。
「ごめん、なさい」
「んー? 別に、お前のせいじゃないだろう、どうした?」
「だって、生徒の手がかかるから、先生の仕事が終わらないんでしょう」
「あのなぁ、そんな訳あるか。先生って仕事は、どこでも、こんな感じでブラックです。将来先生になりたいなら覚悟しておけよー」
花妻はなんでもないことのように笑った。けれど、こんなところで一人で仕事をしながら変な時間にカップ麺を食べようとしている花妻を見て、自分が、なんとかしなくてはと思っていた。
そうこうしている間にお湯が沸いた。花妻が電気ケトルに手を伸ばしたタイミングで、千秋はカップ麺を奪った。
「あ、おい、あげないって言っただろ」
「俺は! 心配だ。先生の体が、すごく……だから、食べちゃダメだ」
「心配ってなぁ、大人はこれ以上、成長しないし、分かった上で、不健康なもの食べてるの」
先生は先生らしくないことを言っている自覚があるのか、視線を千秋から外した。
「先生、昼間イライラしてたのだって、昼ごはん食べてなかったからだ、と思った!」
「そうかもね。腹減ってたし。つか、俺がイライラしてたの気づいてたの?」
先生の変化に気づいたのは、千秋が花妻のことを特別に思っているからだ。好きで、子供の自分には届かない存在。それでも、食の話題だと近くにいられると思った。
「だ、だから花妻先生」
「……さっきから、なんだよ」
「先生、相談しろって言ったよね」
「何がだよ」
「今から、俺と一緒にご飯、食べてください」
「訳が分からん。何言ってんだ」
「家、今日も誰もないから、俺、ご飯一人なんだもん。だから、付き合ってよ」
「だもんってなぁ、教えた通り、飯炊いて、おかず買って一人で食えばいいだろう」
「先生、子供が一人で食べるの、よくないと思わない?」
「それは」
「先生、待ってて! ご飯買ってくるから!」
「おい、待て!」
早く大人になりたいと思っていたのに、都合よく子供のふりをしていた。
それで花妻が健康になるなら、ちっともムカつかない。千秋は花妻のカップラーメンを奪って、そのまま家庭科準備室を走って出た。
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