第41話 VS大型魔物
「ファイアー
俺は手を伸ばして、奴の馬鹿でかい図体に向かって能力を使った。相手は素早い動きでかわそうとしたが、流石に体の体積が大きすぎて避けきれずに、末端の枝葉に当たって燃えている。木の魔物は、燃えている部分を必死に振り回し、なんと火が上がっている枝葉の部分だけを切り落とした。そんなこともできるのかよ。驚いている俺のもとに、体全体を揺らしながら近づいて来て、そのまま枝の部分で、俺をがむしゃらに攻撃してくる。
「ファイアー
最初の何発かは能力で迎え撃って、何とかしのいでそのたびに木の魔物は、燃えている部分を切り落としていく。だが、やがて、続けざまにものすごいスピードで来る攻撃に対処できなくなり、一方的にぼこぼこにされる。重さ数十キロはあるであろう太い枝で何度も殴られ、俺は跪いて何とか頭を守ろうと両手を頭に置いて、必死に丸まって耐えている。指先には尖った無数の枝が何本も刺さり、感覚はすでにない。一方的すぎる状況に気持ちは折れかけた。
「ぐっはっっ!」
力強い打撃が丸まった俺の背中に直撃して、視界がぼやけて呼吸が上手にできなくなる。
もうだめかと思ったとき、微かに誰かの声が聞こえた。
「伊織君……」
丸まりながらも、股の間から上下反転した視界の中で声の主の方に目をやった。皐月だ。皐月がふらふらと心もとない足取りで、俺の方に近づいてくる。
来たらだめだ! 皐月も巻き添えを喰らってしまう。そう言おうとしたが掠れて声にならない、声しか出なかった。
「伊織君、早く」
皐月は先ほど山の中で俺が皐月にしたように、俺の手を握って引きずろうとしている。
「あっ! がばぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」
皐月の低く短い声が聞こえた瞬間に、俺への攻撃はやんでいた。代わりに目の前の皐月が、枝で何発も殴られている。
「皐月、さん……」
俺は消えそうな意識の中、這いつくばって皐月の上に覆いかぶさり、皐月を守る。
「くっうっっうっ。ごめんなさい伊織君」
皐月は俺の下で嗚咽を漏らしている。それを見た瞬間俺の心はぽきっと折れた。多分もうこいつに勝つのは無理だ。こんな大型の魔物に、1人で立ち向かうのが間違いだったんだ。皐月を負ぶりながらでも逃げることに専念した方が、まだ生き残る可能性はあったのかもしれない。俺は自分の選択を激しく後悔した。だが、最後に皐月と一緒にいられるのは悪くないかもな。
「ぐぶぅぅ!」
首元に強烈な1撃がきて、俺は吐血してしまう。吐いた血が皐月の綺麗な黒髪を赤黒く染めてしまう。皐月はそれにも気づかないで、泣きじゃくるばかりだ。もうどうにもならないことを悟っているのだろう。
「ディフェンス
頼もしい声が聞こえると、魔物の攻撃がやんだ。俺は言うことを聞かない体に鞭を打って声の主を見上げる。ダイヤが今にも泣きそうな顔で、必死に俺たちを魔物の攻撃から守っている。
「遅くなってすみません。生きてますよね! お願いですから生きててくださいね!」
そう言って、ダイヤが涙をこぼしたのと俺が意識を失ったのは同時だった。
「ヒール
耳元で何やら囁くような声が聞こえる。俺は鬱陶しく思い、手で声を払いのけようとしたが、あまりの激痛で腕を下ろし、目を開けた。視界はまだぼんやりとしていて、酷い耳鳴りもする。徐々に鮮明になる視界の中、皐月の顔が映った。皐月は涙をぼとぼとと零しながら、俺に懸命にヒールをかけている。皐月の涙は俺の首元に落ちて、それがくすぐったくて拭こうと思ったが、やはり手は自由に動いてくれない。手どころか体中が激痛で動かない。
「伊織君!! よかった。本当によかった」
皐月が俺を思いっきり抱きしめる。
「うぐっ」
全身に痛みが走り、思わず悲鳴のような声が漏れた。だが不思議と不快な感じはしない。それどころか体の真ん中が暖かいような、満たされるような気分になった。
「死んだと思ったんだから。心配かけないでよ。あぁ゙ぁ゙゙ぁ゙゙っっー!」
皐月は堰を切ったように、声を上げて泣き出した。そうしているうちに俺はだんだんと状況を理解し始めた。そうだ、皐月を守ろうと覆いかぶさって、もうだめかと思ったタイミングでダイヤが来たんだ。そしてすぐに気を失った。恐らく皐月が懸命にヒールをかけてくれたことで、何とか死なずに済んだんだろう。
しばらく俺は皐月のされるがまま抱きつかれていたが、不意に皐月は涙を拭いて遠くに叫んだ。
「ダイヤ! 伊織君生きてたよ! 無事に目を覚ましたから!」
そう叫ぶ皐月は、全然無事なように思えない。ただでさえ体は完治していなく、そのうえで無理やり走って、さらに魔物から攻撃を受けたんだから、相当体はボロボロのはずだ。
俺は痛む体に無理を言って、何とか首を傾け、視線を皐月が声をかけた方向に向ける。そこには、あの木の魔物と戦うダイヤがいた。2枚のバリアを巧みに使いこなして、隙をついては火の能力を使って、確実に相手の枝葉の数を減らしている。あんなに強かったっけあいつ。
皐月の方に視線を戻す。先ほど涙を拭いていたが、瞳からはもう新たな涙が溢れている。俺は痛みを我慢して、皐月の目元まで腕を伸ばし涙をぬぐった。
「大丈夫? 皐月さん」
蚊の鳴くような声しか出なかったが、皐月には届いたようだ。
「自分の心配をしてなさい。ヒール
怒られてしまった。俺はそれが嬉しくて笑った。
「なんで死にそうなのに笑ってるのよ。ヒール
何でだろう。多分消えゆく意識の中、これでもう皐月に怒られることもなくなるんだなと思ったけど、こうやってそれが覆ってくれたのが、俺は嬉しくて仕方ないんだろうな。
「伊織君も自分にヒールを使って。私の魔力はもうなくなるわ」
皐月が俺の手を俺の首元に回した。ここに使えということだろうか。全身が痛すぎて特にどこが重傷なのかもわからない俺は、皐月に指示されるがまま魔力を使い切るまでヒールを使った。だがそれでも痛みは治まらず、体を動かすことも自由にできない。
魔力を使い切った俺は、再びダイヤの方に目をやる。相手の魔物はもうほとんどの枝葉がなくなり、残りは数本の太い枝と本体であろう幹を残すだけとなっている。
「ファイアー
相手の攻撃が直前まで迫ったタイミングで、ダイヤはうまく枝を燃やした。小規模な炎だったがすぐに広がり、慌てて魔物は枝を切り離す。魔物は最後の手段とばかりに幹の部分を大きく反らして、その反動を使ってダイヤの体めがけて思いっきり振り下ろす。円周1メートル近くはある大木の攻撃を、果たしてダイヤのバリアで受けきれるのだろうか。
「ディフェンス
ダイヤは2枚のバリアを上下に重ねて、相手の攻撃を何とか耐えきった。魔物の方はそのままよろめいて倒れた。同時に腹の底が揺れるような低い音が周囲に響いた。ダイヤはその隙を逃さず、幹の部分に能力を乱発している。それを喰らった魔物は、炎が全身に燃え盛っている。何とか鎮火しようと枝の全てを切り離し、狂ったように地面に転げ回っている。その後もダイヤは、攻撃の手を緩めることはなく、ある時急に魔物はピクリとも動かなくなった。どうやら死んだようだ。すごい。1人であんな魔物を倒すなんて。俺は拍手と声援を送りたい気分だったが、全身の痛みがそれを許してくれない。戦い終わったダイヤが踵を返して俺のもとに駆け寄ってくる。
「伊織君!! 大丈夫ですか!」
俺の横に腰を落として顔を見つめてくる。その目には皐月と同様に涙が、これでもかというほど溢れていた。こんなにボロボロで死にかけているのに、俺は愛されてるんだなと嬉しくて仕方なかった。
「ダイヤ……。すごいじゃないか、あんな、魔物に、1人で、勝つなんて」
俺は、とぎれとぎれの声で何とかダイヤに言った。
「だって、あたしが負けたら皐月さんも伊織君も殺されると思ったから。だからあたし、必死だったんです。来るのが遅くなってごめんなさい。本当に、本当に、伊織君が、生きててよかったです。うっうぐっ」
ダイヤがあの時、俺たちのもとまで駆け付けてこれたのは、皐月が真上に能力を使ったからだろう。あの水は相当空高くまで舞い上がっていたから、さぞ目立ったと思う。それを目印にダイヤは、俺たちのもとに来てくれたのだ。もう数10秒遅かったら多分俺は死んでただろうな。
「たすけてくれて、ありがとう」
俺は普段から思っている感謝を、改めてダイヤに伝えた。情けない姿で情けない声だが、ダイヤにこの気持ちの半分でも伝わってくれたらいいな。
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