第29話 押し問答
どこかの国のテロリストの様に、鼻から下をバンダナで隠した3人組が、血相を変えて飛び出してきた。1人は30代ほどの女。金髪を後ろで結び、目つきが悪い。1人は女と同じくらいの男で、ひょろりと背が高くどこか怯えているようでもある。もう1人は恐らく1番の年長者だろう。目元に皺が目立ち、頭皮には白髪が混じり始めている。ガタイもかなりいい。
人間相手だと、どう戦っていいのかわからない。困った末に俺は
「あの、1つお訊ねしたいんですけど、あなたたちは盗賊の方ですか?」
と質問していた。
「ダイヤ今のうちに洞窟の中を見て」
「わかりました」
後ろで皐月とダイヤがこそこそと話しているのが聞こえる。
「何言ってるんだお前!そんなわけないだろ。ガキはさっさと帰れ」
何となく予想していた通りの返答だった。盗賊ですかと聞かれて、はいそうですと答えるバカはいないだろう。
「ありました。インピリカルポーションです!ほかにも珍しいポーションがたくさんあります!」
しれっと洞窟の正面に回り込んだダイヤは、中を指さしながら大声で言った。
「お前、いつの間に!」
「悪いことは言わないからさっさと帰れ!」
慌てたように盗賊たちは、口々に言いながら洞窟に戻りポーションを乱雑にバックの中にしまっている。
「そのポーションはいったいどこで手に入れたの?」
皐月が毅然とした態度で問いただす。
「どこだっていいだろそんなこと。お前ら何の用だ!」
やはり盗賊だとは認めないか。確たる証拠があれば無理やりにでも奪い返すのに。
「あたしたちはこの近くの村の住人から頼まれて盗賊を追ってきたんです。ポーションを返してください。特にインピリカルポーションは絶対返してください」
馬鹿正直にダイヤが答える。やはり頭が回っていないようだ。聞かれたことに素直に答える必要などどこにもないのだ。
「は?村?そんなもん知らん。これは俺たちが自分で買ったんだ」
いい言葉を引き出してくれた。頭が回っていないなどと思ったことを心の中で謝る。
「街で買ったんですか?ではその緑のポーションは、何というポーションでおいくらぐらいしたんですか?」
俺はまだバックにしまわれていない、いくつかのうちのポーションの1つを指さしながら聞いた。
「さ、さぁ何だったかな。たくさん買ったから忘れてしまった」
ひょろりと背の高い男は動揺を必死で隠そうとしているように見える。
「じゃあ、そこの小さいのは?」
俺は別のポーションを指さして聞いた。
「さぁ…」
また答えない。答えないのではなく答えられないのだろうが。
「では、その光り輝いてるのは?」
「さぁ名前までは憶えていない」
「では値段はいくらぐらいだったんですか?総額で結構です」
年長の男が堪に袋の緒が切れたのか声を荒げる
「お前ら一体何なんだ!いきなりやってきて人のものにあれこれケチつけて失礼だとは思わないのか」
別にケチをつけているわけではないが失礼だとは思っている。
「いいじゃないですか。総額だけ聞いたら帰りますから」
「本当だな?」
皐月の言葉を聞いて迷っているようだ。堪でさっさと適当な数字を言ってこれ以上俺たちとかかわりあうのを終わらせるか、見ず知らずの俺たちに答える義務はないので、知らぬ存ぜぬで通すのか考えているのだろう。
3人は俺たちには聞こえない声で数言話し、こちらに向き直る。どうやら意見はまとまったようだ。
「全部で400万ケルマほどだ。ほら教えたからさっさと消えろ」
代表して年長の男が答えた。
俺と皐月は同時にダイヤを見る。今の数字があっているのか確認するためだ。
ダイヤは首を横に振る。
「絶対に違います。まだバックに入っていないポーションだけでも500万ケルマはあります。バックに入れたものは一瞬しか見れませんでしたけど総額で2000万ケルマ以上はあると思います」
ダイヤのポーションオタクがこんなところで役立つなんて。
皐月はダイヤに向けていた顔を俺の方へ向ける。
「どう?伊織君、もう確認は済んだ? 盗賊で決まりってことでいいでしょ」
「正規の買い方をしていないことは間違いないだろうな。俺たちがいたあの村からとったのかはわからないが、そこまでは確認しなくていい。取り返そう」
女の盗賊がここで初めて声を上げる。
「何をさっきからごちゃごちゃ言っているの、値段を言ったらさっさと帰るって約束でしょ」
思っていたより低くて枯れ気味の声だ。洞窟での中で会話していた声はくぐもっていてよくわからなかったが、見た目より実年齢は上なのかもしれない。
「あたしたちはあなたを盗賊認定してポーションを奪い返すことにしました」
またもやダイヤが馬鹿正直にすべてを答える。呆れてため息がでそうになる。
ダイヤの言葉を聞いた盗賊たちはまた小声で何やら話始め、奥からそれぞれ何かを持ってきた。
武器だ。どうやら力ずくで俺たちを追い払うことに決めたらしい。女は、槍を男2人は、剣を手にしている。NPが持っている上等なものではないが、それでも十分に殺傷能力はあるだろう。油断すると大怪我を負うことになるだろうな。
魔物相手では容赦なく殺すことだけを考えられるが、人間相手ではそうはいかない。殺してしまったら俺たちが犯罪者だ。うまく手を抜かないと。いや、能力を使って傷つけた時点で犯罪になるのだが、それはこの状況では致し方ないだろう。
話し合いで盗品を返してくれるとは到底思えない。相手も犯罪者なんだから簡単にNPに被害を訴えたりしないはずだ。そう願おう。お尋ね者になるのだけは避けたい。
「もしかして伊織君人間相手だから手加減しないと、なんて思ってないでしょうね。相手は武器を持っているのよ。手加減なんかしていたらこっちが殺されるわよ」
なんで俺の思考が分かるんだ。そんなに顔に出ているのだろうか。
「そんなことは考えてないよ」
図星を突かれてつい言い返してしまった。
「そ。ならいいけど。ダイヤもわかってるわね」
「はい!」
気合の入った返事が聞こえる。
そんな会話をしている間に盗賊たちが武器を手にこちらに向かってくる。
俺の方にはひょろりと背の高い男が、ダイヤの方には金髪の女が、皐月にはガタイのいい年長の、恐らくこの3人の中ではリーダー格だと思われる男が、それぞれ距離を詰めてくる。
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