第28話 盗賊捜索
ワーナー村長からも言質が取れたが未だに俺はもやもやする。
第一、さっきまで疑っていた見ず知らずの俺たちに、なぜそんな頼みごとをするのだろうか?
昨夜から村の人たちで話し合っていると言っていたが、何をそんなに話すことがあるのだろう。さっさと自分たちで行動すればいいのに。
そんな俺の考えを見透かしたかのように、そっと寄ってきて皐月が話す。
「話し合いをしているだけで何かをやった気でいるのよ。本当は取り返そうなんて思ってないんじゃないかしら。実際に行動するのはかなり勇気がいるものよ。無謀と言ってもいいくらいに。
仮に盗賊たちを見つけたとして村人全員で相手をしたら勝てるかもしれないけど、死人が出る可能性も十分あるわ。何せ相手は犯罪者。武器を持っていたり、倫理観が欠如している可能性があるから。私たちが普段から魔物を相手にして感覚がマヒしているだけで、普通は命を懸ける覚悟なんてないのよ。ましてや盗まれたのが人ではなくポーションなのだから。放っておいたらこのまま泣き寝入りでしょうね」
皐月の言う通り俺たちは毎日死と隣り合わせの危険な旅をしているので、盗賊を相手にすることにそこまで躊躇いはなかった。
「私たちは100万ケルマのためと、この村のためにポーションを取り返しましょ」
恐らく後者は心にも思っていないだろう。
「この世界にも泥棒とかいるんだな。みんな生きるのに必死なんだな」
呑気な発言をした俺に皐月は一瞥をくれる。
「さっきのデアーさんの話を聞く限り盗賊たちは物音もほとんど立てずに手際よく犯行を行ったことになるわ。恐らく思い付きの素人の犯行ではないでしょうね。組織的な、その道のプロの可能性が高いと思うわ。私たちがプロから取り返せるわけがないと思っているから、軽はずみに、インピリカルポーションを2つもくれるなんて言ったんでしょうね。それで私たちがやる気になるとでも思ったんでしょ。要するに私たちを捨て駒として使おうとしてるの。万が一本当に取り返してくれたら儲けものぐらいに思ってるんでしょ」
その軽はずみな約束で、やる気になっている人に目を移す。鼻歌を歌って上機嫌だ。俺の視線に気づいたのか「何ですか? 何か言いましたか?」とダイヤはスキップでもしそうな勢いでこちらに来る。
「気を引き締めてと言ったんだ」
「言われなくても引き締まっていますよ」
ダイヤは俺たちと自分の温度感に恥ずかしくなったのか誤魔化すように語気を強めた。
唯一犯人を見た、昨晩の見張り役のサフィーに、俺たちは詳しく話を聞いた。だが女が1人、男が2人で年は俺たちよりは上、というさっき聞いた話以上のことはわからなかった。何せ夜中に後ろ姿を見ただけだから無理もない。
とりあえず俺たちは、盗賊が逃げた方を教えてもらい歩き出す。
村人たちはもう俺たちに興味もないのか、また意味があるとは思えない話し合いを熱心に続けていた。
「皐月さん、荷物見られる直前に袖に何を隠したの?」
俺は先ほど、皐月が袖に何かをまるで早業のように隠していたことを思い出して訊ねてみた。
「あら、気が付いてたの。意外とよく見てるのね。隠したのは包丁よ。魔物を切り落とすときに使ってたやつ。見つかると面倒だと思って隠しといたの」
皐月は袖から包丁を取り出しバックに戻しながら言った。
あの一瞬でそこまで頭が回るとは、感心さえ覚える。
「そんなことしてたんですか。あたしは全然気が付きませんでした」
ダイヤが呑気に言った。
「結局、この村になんでそんなに貴重なポーションがあるのかは教えてくれなかったな」
「伊織君は変なところが気になるんですね」
「1度聞いてはぐらかされたことで余計に気になってくる。ダイヤは何で貴重なポーションがこの村にあると思う?」
皐月は俺たちの会話に興味がないのか、話に入って来ようとはしない。
「何でって言われても…。あるものはあるんですよ! それ以上でもそれ以下でもありません!」
だめだこれは。ダイヤはインピリカルポーションで頭がいっぱいになってあまり脳みそが働いていないのか、思考を放棄したようなことを言った。
「ふふっ」
珍しく皐月が笑ったので、俺とダイヤは驚く。
「今のダイヤは完全にアホの子ね」
完全に言いすぎている。ダイヤはショックで呆然としていたが、しばらくすると「インピリカルポーション♪ インピリカルポーション♪」と歌いだしてすぐに立ち直った。
さっきは言い過ぎていると思ったが、皐月の発言は正しかったのかもしれない。今のダイヤは、ちょっと可哀そうなくらい、アホの子だ。
サフィーに教えてもらった方向に数時間ほど歩いたが一向に盗賊やそのアジトと思われるものは見つからない。それどころか人も家も1つもない。もう日も暮れかかっていた。また村に戻るよりもここで野宿した方がいいだろうということになった。
「適当に歩いててアジトを見つけられることなんてできるのかな?」
「確率的にはかなり低いでしょうね。もう2,3日探して見つからなかったら諦めましょう」
「そんな!諦めるなんてだめですよ。インピリカルポーションが懸かってるんですよ」
魚型の魔物モレロの最後の切り身を食べながら俺たちは話し合っている。これで食べ物もまたなくなった。
「ダイヤって何でそんなにポーションが好きなの?」
「何でって言われましても、家にあった本がポーション関連のものばかりだったからでしょうか。ポーションの図鑑とかも読み込みましたよ。ポーションのことならあたしに任せてください!」
自分の胸を叩きながら自信満々に語る。
ポーションは基本的に高価なものばかりなのでダイヤを頼る場面は少ないかもしれない。
「明日も早朝から探すためにも、今日は早く寝ましょう。あたしは興奮して寝付けそうにないので見張り役をしますよ」
ダイヤに急かされるように俺と皐月は寝袋に押し込まれる。ダイヤのテンションの上り様からして、ポーションを取り返すまで諦めないだろうな。俺はため息をついて横になる。
翌朝、日の出とともにダイヤにたたき起こされて俺たちは、盗賊の捜索を再開した。
するとダイヤの願いが通じたのか、1時間もしないうちに、明らかに怪しげな洞窟を発見した。隠れ家にするにはもってこいだろう。
中からは光が漏れ微かにだが人の気配もする。
「静かに。そっと近づこう」
緊張した面持ちで2人が頷き、洞窟内の会話が聞こえる程度にばれずに近づくことに成功する。聞き耳を立てて、中から聞こえる声を聞き逃さないように集中する。
「いつまでここにいるつもりだ?」
「もう2,3日ほどだろう。そうしたら迎えが来る手はずになっているはずだ」
「別に迎え何てなくても帰れるのに」
「まぁそう言うな。これだけの荷物を3人で持って移動するのは大変だろ。もし落としでもしたらボスになんて言われるか。考えただけでもちびりそうになる」
「次のターゲットの村はどこかなー。今回みたいに簡単なところがいいけど」
「村もいいけど、俺たちも早く街を任されるようになりたいな」
中からは3人の話し声が聞こえる。声色からして男2人、女1人だろう。会話の内容からしても盗賊と思われる。
「どうする? 奇襲をかける?」
皐月が周りに聞こえないように囁く。
「もしもってことがあるから一応中に入って確証を得ないと暴力は振るえない。人違いだった時ごめんなさいではすまないだろうし」
声を落として皐月に答える。
「まどろっこしいわね。男らしくいきなり飛び込めばいいのよ」
「あたしも伊織君の意見に賛成です。ここは慎重に行きましょう」
ダイヤが賛同してくれるとは思わなかった。ポーションに目が眩んだダイヤならすぐにでも飛び掛かっていくと思った。
「ダイヤは早くポーションが欲しいんじゃなかったの?」
皐月も意外だったようでダイヤに詰め寄る。
「それとこれとは別です。伊織君の言うよう、にこれからあたしたちは魔物じゃなくて人間を相手にするんですから、慎重に越したことはなと思います」
「わかったわよ」
皐月は渋々という感じで納得した。
「そうと決まれば、早速中に入ろう」
「ええそうね」
「はい。行きましょう」
…………。
なぜ誰も行かないのだろうか。俺はてっきり、この件に1番前向きなダイヤが先陣を切るものだと思っていた。皐月も同じなようで、無言でダイヤを見つめている。
俺と皐月に見つめられていることに気が付いたダイヤは
「へ? あたし?」
と間抜けな声を上げた。緊迫した状況とは不釣り合いの気が抜けるような、それでいて中々の音量の声だ。
「誰だ!!!」
どうやら今の声で気づかれてしまったようだ。
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