第27話 村の状況
「何だお前らは?」
集団の中でも血気盛んそうな若者が代表して俺たちに話しかける。
「ただの通りすがりの旅人ですけど」
急に高圧的に来られたので、そう言うのが精いっぱいだった。皐月は相変わらず毅然としているが、ダイヤはすぐさま皐月の背後に隠れた。誰のせいでこうなったと思っているんだ。
「サフィーさん、こいつらか?」
サフィーと呼ばれた中年の女性は、考え込むような仕草をしてから
「違うと思うわ。こんなに若い人は、いなかったわ」
と言った。一体何が何だかさっぱり事情が呑み込めない。
なおも若者は、警戒心むき出しで俺たちに近づく。
「一応荷物検査をする。バックの中身を見せてもらう」
なぜ見ず知らずの人にそんなことをしないといけないのか。俺は一瞬憤ったが、ここで揉めても面倒になるだけだと思い、渋々バックを開けようとしたが
「なぜ?」
横から声が聞こえた。確認するまでもなく皐月だ。こんなことを言うのは皐月に決まっている。
「別にいいだろ。見られて困るものなんかないんだし。面倒なことにならないようにさっさと見せよう」
ダイヤは俺の言葉に激しく首を縦に振り、すでにリュックを下ろし開け始めている。
「せめて理由がわからなければ嫌よ。見ず知らずの、それに人にものを頼むとは思えない口の利き方の人の言うことを、聞くつもりは毛頭ないわ」
若者は頭に血が上っているのか、顔を紅潮させながら皐月に詰め寄る。
「誰のことを言っている!!さっさとそのバックの中身を見せろ!」
言いながら、皐月の鞄を無理やりひったくろうとする。流石に見過ごせないので両者の間に割って入る。元の世界の俺であれば、こんなわけのわからない奴に歯向かうなんて、とてもじゃないができそうもないが、この世界でこんなチンピラ崩れよりもはるかに恐ろしい魔物と、死にかけながらも何度も戦っているので、暴力が正義だと思っている頭の弱そうな男を前にしても、さして恐怖心は生まれなかった。
「何だてめえは! お前も反抗するのか!」
至近距離で叫ばれたため唾が飛んで不快だ。そんなに大声を出さなくても十分聞こえるのに。
「そのお嬢ちゃんの言うことも一理ある」
集団の中の一人がこちらに向かってくる。初老の、背は低いが筋肉質で白髪と金髪が混じりあった男だ。
「デアーさん」
「確かにお前の言い方は、人にものを頼む態度ではなかった。すまないねお嬢ちゃんたち」
「いえ別に」
男に乱暴につかまれたことでできたしわを伸ばしながら、皐月はあっさりと言う。
「事情は話す。そうしたらバックの中を少しだけ見せてくれないか? でないと我々も安心できない」
デアーと呼ばれていた初老の男は懇願するように俺たちに言った。
「何か困ってるみたいだからそれくらいいいだろ皐月さん?」
皐月はむっとした表情で俺に視線をよこす。
「私を物分かりが悪い人みたいに扱わないで。私はバックの中身を見せるくらい別に構わないの。あの男の態度が気に食わなかっただけ」
「まぁまぁ落ち着いてください。とりあえず事情を聴きましょうよ」
ダイヤが仲裁に入る。別に喧嘩しているわけではない、と言おうとしたがやめておいた。
「村長! ワーナー村長!」
デアーは集団に向かって何やら人を呼んでいる。その声を聞いて1人の男がこちらに近づいてくる。今度は初老ではなくれっきとした老人だ。頭は禿げ上がり、顔も老人と呼ぶのにふさわしいほどの皺が刻まれている。足取りは遅いが、ふらついてはいない。足腰はまだ健在のようだ。
「この者たちが犯人なのか?」
低く渋みのある声で村長がワーナーに訊ねる。
犯人とは何のことだろうか? 冤罪でもかけられようものならさっさと逃げ出そう。面倒ごとは嫌だ。
「いえ、恐らく違います。違うということを確証させるためにも荷物検査をしようと思いまして、それで事情を説明すれば要求に応じてくれるそうなのですが、昨日のことを話しても構いませんかね?」
「いいだろう」
一瞬の間があった後、ワーナー村長は短く答えた。
最初に俺たちに突っかかって来た若者は、完全に蚊帳の外だ。会話に参加できずに俺たちを、特に皐月を睨みつけることに心血を注いでいる。
デアーはゆっくりと俺たちに向き直り事情を話し始めた。
「実は昨夜3人組の盗賊が、うちの村に侵入してこの村の貴重なポーション50個ほどを根こそぎ持って行ってしまったのだ。村の奥の倉庫に、価値のあるポーションはまとめて管理しているのだがな。勿論、鍵も掛けてあるし、見張りも順番に1日ずつ交代でつけている。昨晩の見張りはあそこにいるサフィーという女性だった。夜も遅い時間だったので、つい一瞬だけ眠ってしまった彼女は微かな物音で目を覚ましたそうだが、時すでに遅し、倉庫の中はもぬけの殻で、走っていく3人の背中だけが見えたそうだ。彼女は必死にその3人組を追ったが、お世辞にも若いとは言えない彼女の体力ではとても追いつけず、逃がしてしまうことになった。
彼女はすぐに村長のワーナーにそのことを報告して、村中の大人たちを集めて、被害状況や犯人の特徴やこの先の対応について話し合っていたんだよ」
そういうことか。俺たちは3人組と言うだけで疑われていたのか。多少腹が立ったが村人たちの疑う気持ちも理解できたので、素直にバックの中身を見せる。皐月とダイヤも俺に続いてバッグを開ける。皐月がバッグを開ける瞬間に何かを袖に隠したのを俺は見逃さなかった。周りの連中は気づいてないらしい。
「ふん、確かに怪しいものはないみたいだな。疑ってすまなかった」
一通り調べ終えたデアーはバッグを俺たちに返しながら言った。
「まだわかんないですよ。盗んだものをどこかに隠して何事もなかったかのような顔をして、戻ってきたかもしれないですよ!」
俺たちが犯人でないと困ることでもあるのか、若者は無理やりな理屈をぶつけてくる。
「仮に私たちが犯人だとしてなぜ白昼堂々と、見つかる危険を冒してまでまた戻ってくる必要があるの? それもまた3人で。見張りの女性は犯人のことを追いかけたんでしょ。それなら追われている犯人も姿を見られたことには気づいてるでしょ。のこのこ戻ってくる理由なんてどこにもないと思うけど。それに私の仲間の、この子が最初に言葉を漏らしたことであなたたちに気づかれたんじゃない。私たちが盗賊だったら、いくら何でも間抜けすぎよ、そんなこと」
皐月の言葉を聞いた若者は怒りに満ちているが反論の言葉がないのか何も言えないでいる。
なおも皐月は続ける。
「昨日見張りをしていたというその女性に犯人の特徴を聞きましょ。後ろ姿しか見てないとはいえ、性別やおおよその年齢くらいわかるでしょ。確かサフィーとかいう方でしたよね」
話し終えると皐月は大声で彼女の名前を呼んだ。
「女が1人で男が2人でした。後ろ姿しか見ていませんがそれくらいはわかります。年齢もあなたたちよりは、もう少し上だと思います」
サフィーは自分の失態のせいでポーションを盗まれていたのに、それを感じさせないほど自信満々に答えていた。
それを聞いた皐月は勝ち誇ったように若者を見た。どうやら最初の態度がよっぽど気に食わなかったようだ。
初めは怒りで震えていた若者だったが、皐月のヒートアップぶりに若干引いているようだ。
「悪かった、すまない」と言い残して、そそくさと姿を消した。
デアーの話で疑問に思ったことを聞いてみる。
「なぜこの村にそんな貴重なポーションがあるんですか?」
言っちゃ悪いが前に訪れた村よりも小さく辺鄙な場所にある。そんなところに倉庫にまで入れて、さらに毎日見張りをつけるほど貴重なポーションがあるのかが引っかかっていた。
「まぁ、そんなことはいいじゃないか。それよりあなたたちが協力してポーションを取り返してくれたらその中の好きなポーション2つをお礼に差し上げますよ。盗まれたものの中には、インピリカルポーションもありますよ」
本当にくれるのだろうか。この男からは軽薄な雰囲気が漂っている。はっきり言って心象は悪い。
「インピリカルポーション!!」
ダイヤが目を輝かせている。そのインピリカルポーションとは、そんなに貴重なものなのだろうか。
「それってそんなにいいものなのか?」
「知らないんですか、伊織君。魔物を倒したときにもらえるポイントがありますよね。そのポーションを飲むだけでそのポイントが、300ポイントも貰えるんです!!」
珍しく興奮した様子でダイヤは熱弁している。
「要するにスキルや能力はお金で買えるの。だからこの世界では金持ちは強いのよ」
皐月が補足してくれる。
「そんな便利なものがあるなら危険を冒してまで魔物と戦うより、俺たちは地道に仕事をしてお金を貯めた方がいいんじゃないか?」
魔物と戦わなくていいならそれが最善に思えた。
「1つ300万ケルマほどするの。300万払って300ポイントよ。レヴェル10まで能力やスキルを上げようと思うと一体いくら掛かることやら。非効率的にもほどがあるわ。私が言った金持っていうのは、桁違いの大富豪のことよ。成金レベルだと話にならないわ」
300万ケルマという今の俺たちには手に届かないような額に驚く。
そんな貴重なものをこの男の一存で勝手に俺たちが貰ってもいいのだろうか。
少し釈然としない。
村人たちには気の毒だが、俺たちが危険を冒してまで盗賊を捕まえるメリットは少ないように感じる。あまり道草を食いたくないしタイガを目指して再出発しようか。
「申し訳ないですけど、私たちは先を急いでいるので」
皐月も同じ気持ちだったようでデアーに断っている。
「何でですか皐月さん!! インピリカルポーションを貰えるんですよ! 断るなんてもったいなすぎます。あんな貴重なポーションもう二度と手に入れるチャンスはないかもですよ!」
皐月とデアーの間にダイヤが割って入る。そこまで熱くなるほどのものなのか。もしくはダイヤはポーションマニアなのだろうか。
「でも…」
「ポイントがもらえるだけじゃないんですよ。あのポーションは、店で買い取ってもらえば100万ケルマほどにはなりますよ。私たち今、金欠なんですよ」
お金がないのは、俺とダイヤのせいなのだがそれを言うと文句を言われそうなので、黙って傍観していよう。
「はぁ…。わかったわよ。ダイヤがそこまで言うなら」
「やったー! 1度は見てみたかったんですよねインピリカルポーション」
まるで子供のように喜んでいる。
「伊織君もいいですよね?」
「ああ」
皐月がいいと言ったんだから、俺は皐月に付いていくだけだ。
「本当に頂いていいんですよね?」
デアーのことはあまり信用できないと思い、村長のワーナーに聞く。
「いいだろう」
低く通る声で俺を見据えたまま、ワーナーは呟いた。
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