第26話 VSスライム
「ディフェンス
間一髪のところで皐月はダイヤに守られた。
「ダイヤ、あなた…」
皐月は驚いたように言葉を発した。恐らく「もう大丈夫なの?」と続けたかったのだろう。代わりに俺が皐月の言葉を問いかけるとダイヤは静かに頷いた。
「またあんな激痛に襲われるのは怖いですけど、伊織君や皐月さんが傷つく方がもっと怖いです。もう大丈夫です。あたしは戦えます。あたしは守れます」
ダイヤの体は、まだ少し震えているように見える。それに顔も若干引き攣っている。まだ完全には恐怖心を克服できていないようだ。だがそれ以上に俺たちを守りたい気持ちの方が強いのだろう。
「2人ともあたしのそばにいてください。あたしが守りますから!」
言われた通りダイヤに近づく。
「ディフェンス
ダイヤは2枚のバロアを器用に操りながら集団のスライムから俺たちを守ってくれている。その間に俺は自身にヒールを使い痛みを和らげる。
「ありがとう。助かったよダイヤ」
「何言ってるんですか。助けていただいたのはあたしの方です。あの時、アスピスに噛まれて、もう死んだほうがましだと思える激痛だったけど、伊織君がスキルを使い続けてくれたおかげであたしは何とか意識を保てたんです」
スライムから俺たちを守りながら言う。
「でも、俺の魔力はすぐに尽きてしまった。もっと俺に魔力があれば苦痛を軽減で来てあげたかもしれない」
ダイヤが一瞬俺に視線を向ける。
「でも伊織君はそばにいてくれた。それだけで少し苦痛が和らぎました。そばにいてくれるだけでいいんです。あの時一人だったと考えると恐ろしいです。その後伊織君、疲れた体を引きずるようにして、私を抱えて走ってくれましたよね。あたしあの時号泣してたと思うんですけど、あれは痛みや申し訳なさもあったんですけど何だか無性にうれしくて、それで涙が止まらなかったんです。変ですよね、この世の終わりかと思うほどの痛みなのに嬉しく感じるなんて。そんな気持ち初めてです。改めてお礼を言わせてください。ありがとう」
ついにダイヤの目から涙がこぼれた。
涙を流す女の子を目の前に、俺はどう返していいかわからなかった。泣くほど感謝されたことなど初めてだったので、戸惑うばかりだ。どこかに最適な言葉はないかと目線を走らせてみるが、どこにも落ちてはいなかった。
「今戦いの途中なのわかってる? そういうのは後でやって」
感動的な雰囲気だというのに皐月が不機嫌そうに雰囲気をぶち壊すことを言った。
「すみません。そうですよね」
ダイヤの涙は止み、表情が引き締まる。気の利いたことを返そうと思った自分が恥ずかしくなる。
「いくよ。ウォーター
皐月の能力と同時にダイヤはスキルを解く。やはり息があっている。皐月の能力が当たったスライムは後ろに倒れこみ、体を痙攣させている。まだ死んではいないようだ。レヴェル
スライムが息を合わせたかのように一斉に俺たちに向かってくる。
「ディフェンス
それをダイヤが防ぎ、隙を見て皐月が能力を使う。俺はダイヤのバリアから間を縫ってきたスライムを、何度も足を振り下ろして踏みつぶしていく。集団で来られるとどうしようもないが、これくらいの数なら大丈夫だ。まだ少し痛む体を気にしながら3匹ほどにスライムを踏みつぶしたとき、皐月の安堵と疲れの混ざったため息が聞こえた。どうやら今のが最後の1匹だったようだ。
「何とかなったわね。助かったわダイヤ」
「皐月さんにも改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」
満面の笑みで見つめられ皐月は照れたように
「別に」
とだけ言ってスライムの中身をほじくっている。
「ボーっとしてないで2人とも手伝ってよ。休憩にするわよ」
照れ隠しなのかいつもより皐月の声が攻撃的な気がする。俺とダイヤは目を合わせ「皐月さんらしいな」と言って笑いあった。
「美味しいですね。元気になるとお腹が空いてきますね」
ダイヤは口いっぱいにスライムを詰め込みながら言う。少しグロテスクだ。
「さっきまで泣いていたとは思えないほどの食いっぷりね」
「泣いてません」
ダイヤが皐月を睨みつける。
「いや、泣いてただろ」
「泣いてません」
ダイヤが俺を睨みつける。その瞬間3人が噴き出すように笑った。
俺はほんの少しだけ、この世界に来てよかったと思い始めていた。元の世界に戻れば、この2人とはもう会えないのだろうか……。
スライムで腹ごしらえを済ませた俺たちは、さらに東に東に進む。もうかなり進んだと思うが、一向に街らしきものは見えてこない。本当に進むべき道はあっているのだろうか。皐月に確認しようとしたが、知らないわよ、と言われるのが分かりきっているのでやめておいた。
正直ホークからプーカまで地図なしで直感で行けたのは奇跡だと思う。口にはしないが、みんなどこかで遭難の文字が頭にちらついているような気がする。少なくとも俺はそうだ。あと2,3日歩いても付く気配がなかったら1度話し合うことにしよう。
そんなことを考えていると遠くの方に何やら集落のようなものが見えた。ひょっとしてあれが街なのだろうか。
「あれ何だ?」
指をさしながら2人に訊ねる。
「あれは村でしょうね」
街ではなかったか。だが、あそこの村人にタイガの場所を聞けば、今俺たちが進んだ道が間違っていたかどうかはわかるはずだ。目指さないという選択肢はないだろう。
全会一致で遠くに見える村に向かうことになった。
「そういえば村人ってなんで村に住んでるんだ?」
「何を言っているの?村に住んでいるから村人なのよ」
それはまあそうなんだろうけど。俺の聞き方が悪かったみたいだ。もう少し分かりやすく伝える。
「何で辺鄙で不自由そうな村なんかに住むんだ?街に住めばいいんじゃないか?」
「ああ、そういうこと。辺鄙なのは確かだけど不自由かどうかは伊織君が決めることじゃないわ。村にはね、街で生活できないあまり裕福ではない人や、訳ありの人が住んでるの」
訳ありとはどんな訳なのだろう。少なくともホークとプーカの間にあった村では、訳がありそうな人がいなかったように思うが。
「カーソンやアーラもその訳ありなの?」
俺は親の敵を討つために必死で訓練していた少女と、その親代わりをしていた村長の顔を思い浮かべる。親がいないというのは訳ありなのだろうか? 俺もダイヤも皐月もこの世界に親はいないが街に住んでいた。
ダイヤが不思議そうな顔をして俺たちの話を聞いている。今の、俺が言った2人は誰なのか疑問に思っているのだろう。あとで教えてあげよう。
「別にあの2人が訳ありだとは限らないわ。親や祖父母や親族が犯罪に手を染め、NPに捕まったら街の人の目を気にして逃げるように町に住む人もいるわ。そしてそのまま何世代も村に居つくケースもあれば、田舎に辟易として街に戻ることもある。もちろんただ田舎ののんびりした空間が好きってだけで村に引っ越す人もいるでしょうね」
皐月は最後に多分、と付け足した。この情報も文献などを漁って得たものなので、正確かどうかはわからないのだろう。直接村人に聞けばわかるだろうが、そこまで気になるわけでもない。それに、聞いた人がその訳ありだった場合、あまりいい気はしないだろう。
道中何匹か出たスライムを蹴散らし、ダイヤに親の仇を取るために少しでも強くなろうとしていた少女、アーラのことを語ると
「そんなにいい子がいたんですね。少しでも報われてよかったです。お2人もコボルトと戦って無事でよかったです」
と涙ながらに感動していた。ここ最近でダイヤの涙を見たのは何度目だろうか。
無駄話に花を咲かせていると、村の目の前までたどり着いた。何やら騒がしく、村の中を見てみると大人たちが一堂に会して話し合っているようだ。その数、ざっと40人ほど。全員が全員落ち着きがないように思える。
「お取込み中ですかね」
ダイヤが呑気に言うと、その声が村人たちに聞こえたのか、全員が一斉にこちらを振り返った。心なしか、その目には敵意があるように感じた。
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