第30話 VS盗賊
盗賊たちにも俺たちを殺す意思も度胸もないはずだ。だが目の前に剣を持った男が血相を変えて襲い掛かってくると、足がすくんでしまいそうになる。
俺は意識してゆっくり呼吸して気持ちを落ち着かせる。大丈夫.、トロールやコボルトに比べればどうってことないと自分に言い聞かせる。
「ファイアー
俺の能力の間合いに入ってきた男に対して、すかさず攻撃を試みる。簡単に避けられると思ったが意外にもあっさりと当たる。やはり魔物の反射神経が異常なだけで普通の人間は避けられないのか。
「あっつ!あっつ! ウォーター
燃え上がった服を、悲鳴を上げながら振り払い、能力で鎮火した。水の能力か。相性が悪いな。
「ウォーター
能力が使われ咄嗟に俺は身構えたが、どうやらこちらに向かって使ったわけではなさそうだ。男は自分自身に能力を使い、全身をびちゃびちゃに濡らしている。これで衣服は燃やせないだろうな。
「ファイアー
ダメもとでもう1度能力を使うと、やはりさっきのような効果はなく
「あっつ」
と短い悲鳴を上げたが、炎は上がることはなく男にも大したダメージは入っていないようだった。
「ウォーター
今度こそ俺に向かって能力を使ってきた。ぎりぎりのところでそれを避ける。レヴェル5なので当たってもかすり傷程度だろうが、咄嗟に避けた。
「オフェンス
奴の能力に気を取られていた間に、男はスキルを使ってきた。男の動きはさっきまでと別物の様に素早い動きになった。これがスキルオフェンスの力か。
あっという間に目の前まで詰め寄ってきて剣を斜めに振り下ろす。反射でしゃがんで、ぎりぎりのところで避ける。体勢を立て直す前に次の1撃が上から振り下ろされる。横に跳んで逃げたが、左腕に剣が掠る。衣服が破れ血がにじむ。かなり痛いが思っていたほどではない。やはり相手も殺さないように手加減しているのだろう。
「ファイアー
男の髪に能力を当てるがやはり濡れている影響で、多少髪が焦げるだけに終わった。
「ウォーター
続けざまに能力を使おうとしたが相手の方がわずかに早かった。もろに鳩尾に入ったがやはりレヴェル
「オフェンス
またもやスキルを使われ、相手の動きが速くなる。
「ファイアー
男が近づき剣を振り下ろそうかというタイミングで顔面に能力を当てる。
「あぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」
まだわずかに濡れているとはいえ、流石に顔面は効いたようだ。剣を振り下ろすことをやめ、必死に顔面を擦っている。
「ファイアー
立て続けに、あまり濡れていない場所に能力を当てる。
「あっっっつい! 鬱陶しいわ! ウォーター
怒りに満ちた叫び声をあげ、またしても全身をずぶ濡れにしている。この時を狙っていた。
素早く近づき、相手の右腕の武器を力ずくで奪おうとする。寸前で気づいた盗賊の男は右手に力を入れ武器を死守する。
お互いに剣を引き合って離さない。
「ファイアー
「ウォーター
お互いに剣を離さないままもう片方の手で互いの体に能力を当てる。
「ぐぅぅっ!」
鳩尾にまた入り力が抜けそうになるが何とか耐える。
「あっついな!!!」
相手も顔面に喰らい、一瞬怯んだ。その瞬間男が剣に手を入れる力が少し弱まった。その一瞬の隙に渾身の力を込めて男から剣を奪った。
「お前! 返せバカタレ!!」
剣を取られた盗賊の男は、何やら叫んでいるが俺は無視をする。
奪った剣は、予想していた通りNPの持っていた剣よりも、粗末で軽い。だが刃先はしっかりしている。
剣を奪ったのはいいが俺もこれを相手に本気で振り下ろす気はない。俺に人を殺す度胸も勇気もあるわけがない。殺すどころか重傷を与えるのも心が痛む。だがこちらがかなり有利になったことは事実だ。
とりあえず当てる気はないが、剣を振り上げながら相手に近づく。
「ファイアー
剣を振り上げてそれで攻撃すると見せかけて、相手が剣に気を取られている隙に、顔面に能力を当てる。
「あっついな! クソガキが!」
俺は致命傷になりにくそうな、右の太もも辺りを狙って剣を軽く振り下ろす。男は咄嗟に右足を引いて避ける。今度は左足の太ももを狙う。男もそれに気づき後ろに下がろうとしたが、バランスを崩して転倒してしまう。
「やばっっ」
「ファイアー
その隙を逃さず顔面に能力を当て続ける。
「熱い熱い! もうやめてくれ、頼む! お願いだから! いだいいだい!」
いくら悪人と言えど泣きながら懇願されるとこちらも心が痛む。魔物だったら躊躇いなく殺せるのに。
俺は思わず攻撃をやめた。
「はぁはぁはぁ。ポーションは全部やるからもうやめてくれ」
男は体勢を立て直し俺を見据えたまま言った。
「ウォーター
不意に男は、俺の顔面目掛けて能力を使った。
「なっっ! ゲホッッ!ゲホッッ!!」
急なことで避けられずに顔にまともに喰らい、一瞬呼吸ができずパニックになる。だがすぐに水がやみ、濡れた顔面を拭くとひょろりと背の高い盗賊の男は、30メートル先で必死に逃げているのが分かった。逃げ足の速い奴だ。逃げた男は洞窟のポーションを諦め、手ぶらだったので見逃してもいいが、一応追っておくかと思った瞬間
「がぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!」
皐月の咆哮が聞こえて咄嗟に声の方に目をやると、皐月の左腕から血が大量に飛び散り、仰向けに倒れている。皐月自慢のウルフヘアーは乱れて、衣服はところどころ切り刻まれていて、よく見ると左腕以外からも血が滴っている。皐月と戦っている年長の盗賊の男が、仰向けに倒れた皐月の腹を踏んで、剣を皐月の顔に見せびらかすように掲げて、下品な笑みを浮かべている。
「皐月さん!!!」
1秒でも早く助けなければという思いで咄嗟に俺は、走るのに邪魔な剣を捨てて夢中で駆け出した。
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