第21話 ダイヤの秘密
意を決したようにダイヤは話し始めた。
「実はあたし、この世界の人間ではないんです」
思わず皐月と目を合わせる。何か言おうとしたが、驚きすぎて何も言葉が出てこない。そんな俺たちの様子をどう受け取ったかわからないが、ダイヤは慌てている。
「続けてダイヤさん」
「は、はい。あたしは、異世界から穴に落ちてこの世界に来たんです。元の世界に日本という国があって、3年前にこの世界に来ました。
日本では、あたしは、父と母、そして妹のごく普通の4人家族だったんです。ですがある時、父が急になくなり母の仕事量が増えて、ほとんど家に帰らずに働いていたので、実質あたしと妹の2人暮らしになっていました。
2人で家事を分担して生活していたんですが、貧しい経済状況も相まってか2人とも心の余裕もなくなって、どんどん仲が悪くなっていきました。お父さんやお母さんが家にいたときは喧嘩しても止めてくれたんですけどね、2人きりの時は取っ組み合いの大喧嘩が日常茶飯事でした。
その日も喧嘩をして、むしゃくしゃして家を飛び出したんです。それで、とても冷静ではなく注意力も欠けていたんだと思います。普段だったら絶対に落ちないような穴に、あたしは落ちてしまいました。なぜ道の真ん中にあんな穴が開いていたのかは、今でもわからないんですけど。
とにかく穴に落ちて気が付くとこの世界にいました。もっと言うと伊織君に見せたあの花畑にいたんです。あたしはパニックになりながらも道行く人に助けを求めたんですが、誰にも相手にされないどころか、どうも言語が通じなくて、呆然としていたあたしにある1人の男が声をかけてきたんです。名前はエルノン。30歳程度の顔立ちが整った、がたいのいい男です。もちろん言葉は理解できませんでしたが、あたしを家に泊めてやってもいい、というようなことはニュアンスで伝わりました。初めはいい人だな、と思ったんですけど、日が経つにつれエルノンの態度はどんどん変わっていきました。四六時中あたしを働かせ、時には暴力を振るわれることもありました。ほとんど奴隷のような扱いを受けていたんです。何度も逃げ出そうと思いましたが、外に出たところで、あたしの居場所はありません。すぐに野垂れ死ぬのが分かり切っていましたから、必死に3年間耐えていました。どうしても辛いときはあの花畑に行って、1人で泣いてました。あそこにいると何だか現実を少し忘れられるんです。
エルノンの家は裕福だったので、蔵書はたくさんありました。あいつの隙を見ては本を読み漁り、この世界の言語を習得しました。
そんな生活を3年していたんですがもう限界でした。こんな男と一生を過ごすくらいなら野垂れ自縫覚悟で外に出て、何とか元の世界に帰ろう、その結果死んだら後悔はない、と思い、エルノンの隙を見ては魔物を倒してポイントを稼いで、スキルを強化して、もう1人でも簡単に死にはしないだろうと思った時、あたしは家出同然に旅立ちました。そして伊織君と皐月さんに出会ったんです」
しばらく沈黙が流れる。
「やっぱり信じられませんよね、こんな話。でも約束ですよ、変な奴だと思ってもあたしを1人にしないって」
家に泊めてくれるどころかダイヤまで家に帰らなかったのはそのエルノンと言うやつに会いたくなかったからか。
また沈黙が流れ、ようやく皐月が口を開いて、俺や皐月も同じ状況であることを説明した。俺たちも日本から突如穴に落ち、この世界に来てしまったことを。
ダイヤはしばらく開いた口がふさがらず驚愕の表情を浮かべていた。
「そ、そうだったんですか」
数分経ってやっとそんな言葉が出てきた。
「私たちは元の世界に一刻も早く帰りたいと考えてるの」
「皐月さんが異様に文献を漁っているのも、何かヒントや手がかりがあればという思いからなんだ」
「そ、そうだったんですか」
ダイヤは、また同じセリフを言った。
「でもダイヤさん、その名前。まさにこの世界の住人って感じじゃない?偽名なの?」
まさにそこを俺も気になっていた。ダイヤという名前。もっと日本人っぽい名前なら初めからダイヤも俺たちと同じ状況だと気づけたはずだ。
「あたしの本名は西澤ダイヤです。いわゆるキラキラネームってやつです。奇跡って書いてダイヤって読むんです。結構気に入ってるんですよ、この名前」
それは盲点だった。しかし疑問はまだ残る。俺たちは気が付かなかったがダイヤは気付けたはずだ。何せ名前が皐月と伊織なのだから、何も思わないほうが不自然だ。
「ダイヤは俺たちの名前を聞いたとき何も思わなかったのか?」
「もちろん日本人っぽい名前だなとは思いましたけど、この世界の言葉を使いこなしているんで違うのかなって。あたしが言うのも変ですが、変わった名前の人たちなのかなって。別の世界からやってきた人が他にもいるなんて想像さえしてませんでした」
言われてみれば確かにそうかもしれない。俺はこの世界に来てすぐに皐月と出会い、同じ状況の人がいるとわかったから、他にも同じよな人がいるかもしれない、と思ったがそうじゃなければ、まさか穴から落ちて異世界にやってきた人間が何人もいるとは思えないかもしれない。
「さっきも言ったけど私たちの旅の目的は、元の世界に帰ること。今聞いた話だとダイヤさんは、あまり家族と仲がいいとは言い難い状況だけど、それでも私たちに同行したいの?」
皐月は真剣な眼差しでダイヤを見つめながら言った。ダイヤの方も皐月から視線をそらさない。
「それでも帰りたいです。妹は3つ下でほんとに生意気で大嫌いですけど、それでもあたしの家族です。もう顔も見たくないと思った妹ですけど、3年も会ってないと不思議なもので寂しくなるんですね。どうせ会ったら会ったで、また喧嘩するんでしょうけどね。
2人ともお父さんがいない分頑張らないとって思ってたんですけどなかなか素直に話せなくて。
何が言いたいかと言うとあたしは早く家族のもとに帰りたいです」
俺と皐月は目を合わせ頷きあう。
「あなたは私たちの仲間よ。仲間が1人増えると心強くて助かる。それにとっても優秀なディフェンダーだし。これからもよろしくね、ダイヤ」
皐月は右手を差し出した。
ダイヤは今にも泣きだしそうだ。
「今、あたしのことダイヤって…」
「言ったでしょ。気が向いたらそう呼ぶって。今気が向いたのよ」
ダイヤは皐月の手を握り、しきりに「嬉しいです」と呟いている。
ひとしきり思いを伝えたダイヤは今度は俺の顔をまじまじと見つめる。美人なダイヤに見つめられると照れ臭くて視線を逸らしてしまいそうになるが、ここで逸らすと何だか不誠実なような気がしてダイヤの瞳に視線を集中させる。
「伊織君も」
すっと右手をこちらに差し出してきた。
「ああ、よろしく」
気恥ずかしさを感じながらもダイヤと握手をする。思っていたよりも力強く握られ、ダイヤの覚悟のようなものを感じる。
改めて誓い合った俺たちは再び静かで綺麗な湖畔を見つめる。そうしていると、思い出したことがある。
「あの時、あのトロールがいた洞窟の中で、魔力を全回復するポーション、名前なんだったけな」
「アナクティスポーション」
皐月が横から教えてくれる。
「そうそう、そのアナクティスポーション。なんで道具屋でセールになってたから、たまたま買った、何て言ったんだ?」
あの道具屋にはセールの品なんてなかった。つまりダイヤは、確か1つ5万ケルマほどしたものを2つも買ったことになる。
ダイヤは気恥ずかしそうに下を向いている。
「気づいてたんですか。実は、本当は伊織君と皐月さんにプレゼントしようとしたんです。2人はあたしを砂漠で救ってくれた命の恩人ですから。1つは伊織君に渡せましたけど、もう1つは自分で使っちゃったので、内緒にしておこうと思ったんです。ごめんなさい」
ダイヤが謝る理由なんてどこにもない。
ダイヤがポーションを使うか迷っていたのを思い出す。あの時は危機的状況だったので、仕方のないことだ。あの時ポーションを使っていなかったら、2人とも死んでいただろう。
それに俺もダイヤに何度も助けられた。感謝しないといけないのは俺たちの方だ。
プレゼントをもらえなかった皐月は、全く気にしている様子もない。
「ついでに私も1つ言っておきたいんだけど」
ダイヤに向かって話している。良かった、俺に何か言われると思ったが、そういうわけではないらしい。
「はい、なんでしょう」
ダイヤの様子は、怯えた小型犬のようだ。彼女を見ていると、どうも庇護欲を掻き立てられる。とても妹がいる長女がいるとは思えない。魔物と戦っているときはすごく頼りがいがあるのだが。
「ダイヤ、敬語はやめない?私たちもう仲間なんだから」
ダイヤは安心したように微笑んでいる。何かダメ出しでもされるのかと身構えていたから、何だそんなことか、とでも思ったのだろう。
「はい、わかりました」
「わかってないじゃない」
皐月は呆れ笑いのような表情を浮かべながら言った。
「年上の人にタメ口使うの苦手なんです」
「じゃあ、好きにしたらいいわ。ダイヤが楽な方でいいわよ」
「はい、わかりました」
これはしばらく敬語だろうな。
「そうだ、もう1つ言わなきゃいけないことがあるんだった」
ダイヤはまたしても小型犬の様に怯えている。
「昨日プーカのお城で面白いものを見つけたの」
皐月は俺に視線をよこす。あとは俺が説明しろと言うことだろう。
俺は昨日見た日記の内容をダイヤに教える。ずっと考えていたことなので内容はほとんど覚えている。
「そんな日記が…」
「ダイヤは、何か元の世界に帰るための手がかりとか見つけていないのか?」
「旅に出たのは伊織君たちに会う1週間くらい前のことなので、プーカにある本しか読んでいないんですよ。もちろん城にも行ってませんから、図書館の本と家にあった本くらいしか見ていないんですけど、そこにはあたしたちに関係がありそうなことは、何も書かれていなかったです」
ダイヤは心底申し訳なさそうに言う。
「誰にもあたしが異世界から来た、なんてこと言ってないですから、誰かに聞くこともできずで、だから情報は何も持っていないです」
まあそうだろうと思った。そうそう簡単に手掛かりが見つかるとは思えない。根気強く探すしかないだろう。
「ホークにも何もなかったわ。もちろん城の中までは探せていないけど」
長い旅路になりそうだと思った。恐らく皐月とダイヤもそう思っているだろう。
これからは怪しまれるのも覚悟の上で、人に聞くのもありかもしれない。
「俺も1つダイヤについて気になることがあったんだけど」
「はい、なんでしょう」
今度は怯えていない。どうやら皐月のときだけのようだ。当然と言えば当然か。
皐月は優しいが怖い。
「おとなしいダイヤが、妹と取っ組み合いの喧嘩をするなんて想像できないな。どんな感じなんだ?」
無視された。
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