第22話 VSレモロ
無視をされ落ち込んでいた俺だったが、湖を見つめていると、また疑問が湧いてきた。
「この世界って魚とかいるのか?」
動物がいないことは前に皐月から聞いたが、魚はどうなのだろうか? この世界に来てから半年は魚を食べていないのだから、あまり期待はできないがそろそろあの味が恋しくなってくる。
「伊織君が想像するような魚はいないわ。魚型の魔物ならいるけど」
「ふーん。釣りでもしたら食料が手に入ると思ったんだけどな」
俺たちにはプーカで食料を買いためるお金もなかったため、半日ほど何も食べていない。そろそろ空腹だったので思い付きで言ってみた。
「餌も針も釣り糸も釣り竿もないわよ」
ちょっと思い付きで言ってみただけじゃないか。
「ねえ、あれ何でしょうか?あそこだけ色が違いませんか?」
黙って俺たちの会話を聞いていたダイヤが湖の方を指さしながら言った。ダイヤが指し示す方に目をやると、確かに湖の一部の色が違っているようにも見えた。
最初は光の加減で湖が少し暗く見えるだけかと思ったが、よく目を凝らすとその黒い何かは移動しているように見えた。恐らく魚影だろう。それもかなりの大きさだ。2メートルほどの全長だ。
警戒して俺たちは咄嗟に湖から少し離れる。
突如黒い影は、湖から飛び出し空中に跳んで、ようやく全身をお目にかかれた。
全身青紫色で、牙の様に尖った歯が無数に生えている。背鰭の辺りには吸盤のようなものが所狭しと付いている。はっきり言ってかなり気色が悪い見た目だ。
高く跳び上がったその魚型の化け物は、身構えている俺たちと空中で目が合うと、口を大きく開き、俺たちに水を吐き出してきた。
距離があったので、俺たちは何とかその攻撃を避けることができた。俺たちがいた場所に目をやると花は吹き飛び、地面は30センチほど抉れている。当たったら体を貫通していたかもしれない。とんでもない威力だ。
魚の化け物はそのまま水中に落下して再び潜水を始めた。
「何なんだ、あいつは」
「恐らくモレロよ、あいつは水の能力を使えるの。あとすごく美味しいらしいわ」
皐月が解説してくれる。
「ダイヤ、今のあいつの攻撃スキルで防げるか?」
「レヴェル
それならこっちは、死にはしないはずだ。
「戦うつもりなの伊織君?あいつは陸に上がってこれないんだから、簡単に逃げられるのよ」
「わかってるけど魚だぞ。もう半年も肉と野菜しか食べていないんだ。日本人だったら刺身が恋しくなるだろ」
熱弁している俺をどこか冷めた目で2人は見ている。若干引いているようだ。
「伊織君ってそんなに魚が好きだったんですね」
ダイヤが気を使って言ってくれる。
「好きとか嫌いとかではなくて、半年も魚を食べていなかったら、なんかこう、日本人としてのアイデンティティが損なわれるような気がしないか?」
日本以外の国も魚なんていくらでも食べるだろ、と言われればそれまでだが、俺には譲れない何かがあるのだ。
2人はぽかんとした表情をしている。いつもそこまで熱くならない俺が熱弁しているのに驚いているのもあるだろうが、何よりさっきの俺の話に、あまり理解をできていないかのような感じだ。
「全く共感できないけど付き合ってあげるわよ、伊織君のわがままに」
「あたしも伊織君の理論はいまいちよくわかりませんでしたけど、一緒に戦います」
申し訳なさで胸が痛くなってきた。
レモラは再び空高く跳んで能力を俺たちに使う。また俺たちはそれを避ける。この距離では俺の能力は当たらないので、水面に落下するぎりぎりを狙って能力を使う。
「ファイアー
確かに当たったが、あいつは何事もなかったかのようにまた湖を潜水している。全く効いていないようだ。
再びレモロが跳ぶ。今度は跳び上がった瞬間に能力を当てたが、相変わらずノーダメージだ。
「俺の能力では効かないみたいだ。皐月さんお願いしてもいい?」
「はいはい、そんなことだろうと思った。ちょっと危険だけど私の能力が当たる範囲にまで近づかないと」
俺たちはレモロの攻撃を避け再び潜水したのを確認して湖に近づく。
「ウォーター
跳び上がる瞬間を狙って、皐月が見事にやつの顔面に能力を当てる。いきなり高威力の攻撃を喰らって驚いているようだったが、効いているとは言い難い。
またしても上から能力を使われる。今度はさっきよりもずいぶんと距離が近いため、避けるのは難しい。
「ディフェンス
ダイヤがスキルで俺たちを守ってくれる。辺りに大量の水が流れ地面が少しぬかるむ。
心なしかダイヤの表情が苦しそうだ。
ピキ、ピキ。
バリアに少しひびが入っている。このままでは割れるかもしれない、と思った瞬間レモロの攻撃がやんで水中に向かって落下する。
「ウォーター
水中に落ちる直前を狙って皐月が能力を使う。だが、ぬかるんだ地面に足を取られて今度はうまく顔面を捉えられず、体に当たる。当たった瞬間レモロは体をばたつかせたような気がしたが、何せ一瞬のことだったのでよくわからなかった。
「今、すごくダメージを喰らったような気がしたんですが」
どうやらダイヤもそう感じたらしい。
だがいったいなぜだ?なぜ1回目はあまり効かず2回目はダメージを負ったんだ?皐月の能力の威力は1回目も2回目も変わらなかった。それなら当たった場所か?1回目は顔面、2回目は意図的ではないが体に当たった。
「皐月さん今度は狙ってあいつの体に当ててみて」
またまたレモロが水中から飛び出す。
「ウォーター
跳び上がる瞬間に皐月はレモロの左側面に当てた。うまく体に当てたのに、今度はあまり効いていないようだった。
レモロの能力をダイヤが防いでくれ、奴はまた落下する。
それにしても攻撃が1パターンだな。魚型は知能が低いのだろうか。
「ウォーター
またしても体に当てる。当たった瞬間レモロは体をばたつかせた。どうやら効いたようだ。
わかったぞあいつの弱点が。
「もっとぎりぎりまで湖に近づこう。次あいつが出てきたら、背中にある吸盤みたいなやつを狙って!」
皐月は無言で頷くき、俺たちはぬかるむ地面に足を取られながらも湖に近づく。
「ウォーター
見事に背中の気色が悪い吸盤のようなものに当てる。さっきからすごいエイムだ。俺ではこんなにうまく当てれないだろう。流石皐月だ。
吸盤にもろに喰らったレモロは跳び上がりながらも体をばたつかせ、空中でバランスをとれないでいる。そのまま狂ったように暴れたそいつはうまく水中には落下できず体の半分を陸に乗せて落ちた。
こうなったらこっちのものだ。この好機を逃すまいと、3人で寄ってたかって殺しにかかる。
「この量は流石に多いわね」
言いながら皐月は、今しがた死んだばかりの新鮮なレモロを、カバンから取り出した包丁で切り落としている。
「皐月さんのその包丁武器にしたらいいんじゃないですか?」
焚火の準備のために木の枝を拾いながら、ダイヤが言った。辺り一面水浸しだから湿気っていない枝を探すのは大変だ。
「嫌よ、包丁1個しかないんだから、もしなくしたり魔物に壊されたりしたとき、これから魔物を料理するのに困るから」
魚なんて捌いたことがないと文句を言っていた皐月だったが、流石の料理の腕前で、あっという間に刺身と焼き魚が出来上がった。
俺は半年ぶりに魚を食す。
「うっまい」
「そう、良かったわね」
軽くあしらわれた。
「皐月さんって料理まで上手なんですね。増々憧れます」
口いっぱいに放り込みながらダイヤが言った。
「ありがと」
相変わらず素っ気ない。いや少し機嫌が悪いようにも思える。
「どうしたんだ、皐月さん。何の代償もなく魚にありつけたんだから」
元気出しなよ、と続けようとしたが、皐月が遮るように言葉を発する。
「代償ならあるわよ」
そう言うと泥まみれになった自分の足をこれ見よがしに見せつけてきた。
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