第17話 VSガーゴイル

ものすごい羽音をたてながら5体の魔物が迫ってくる。

「こいつらは何て名前の魔物なんだ?」

皐月に聞いたが返事が返ってこない。この騒音で声が搔き消されたようだ。もう1度同じ質問を、今度は声を張ってしてみる。


「多分ガーゴイルのはずなんだけど…。どうも私の知っている情報と違う気がするの。おそらくまだ子供なんだと思う」

大きさは、タカやワシなどと同じようなものだ。これで子供なのか。

魔物にも子供とか大人とかあるのか、と思ったがよくよく考えてみれば当然か、こいつらも生き物なんだしな。


ガーゴイルの子供たちは5体固まったまま俺たちに突撃してくる。

「ディフェンス6エクシー

ダイヤのバリアに3匹はぶつかり食い止めたが、残りの2匹は洞窟の天井とバリアの隙間を潜り抜け俺たちの背後に飛んだ。つまり俺たちはガーゴイルに挟まれてしまったわけだ。


「どうしよ、私の能力では、あんなに高く飛ばれたら届かないわよ!」

皐月が声を張り上げる。

確かに、あんなに天井すれすれの距離では近距離の皐月やダイヤの能力では当てられない。ぎりぎりまで近づいてきたところで皐月に能力を使ってもらうか。いや、それでは当たらなかった時の危険が大きすぎる。

大丈夫、俺の能力なら届く。


「ファイアー3タリア

届くが、当たるわけではない。背後を取られた2体のうちの片方に能力を使ったが、簡単に避けられそのままこちらを襲ってくる。それが合図だったかのように残りの4体も一斉にこちらに迫る


「ディフェンス7エプタ

ダイヤが両側にバリアを出し防いでくれる。またしても1体バリアと天井の間を搔い潜ってくるのがいた。その行動を予想していた俺は、すでにそいつに狙いを定めていた。


「ファイアー3タリア

当たった。しかも羽に命中して思ったよりもよく効いている。

「ファイアー3タリア

続けざまに何度か攻撃して、その半分ほどが当たった。確実にダメージは入っている。


俺が1体のガーゴイルと格闘している間にも、残りの4体は何度も攻めてきているが、ダイヤのスキルによってそのたびに防がれている。

こちらの戦況のほうが有利だというのに皐月はさっきから苦々し気な表情だ。恐らく自分が役に立っていない現状が腹立たしいのだろう。


俺と戦っていたガーゴイルは、羽の一部が焼けてうまく飛べないのか、徐々に高度を落とし動きも緩慢になってきている。まさかレヴェル3の能力がここまで効くなんて思わなかった。羽がある魔物には火の能力が有効なのだろう。魔物と能力には相性がいろいろあるのか。


「ファイアー3タリア

俺が能力を使うと、そいつは避けることすらできずあっさりと、また火を喰らいそのまま地面に落ちた。

それを見た皐月はやっと自分の番が回ってきたと言わんばかりに、ガーゴイルに駆け寄り喉を何度か踏みつけ絶命させる。


残りの4体は突撃しても無駄とわかり、その場で躊躇している。さっきの1体がバリアの隙間を縫ったときに能力を当てられたので、隙間から入って来ようともしない。

こちらから動かなければ膠着状態だ。現状前に4体、後ろに1体、とりあえず後ろの方を先にやろう。


「ダイヤ奥の4体がこっちに近づかないように守ってもらっていいか!」

騒音にかき消されぬよう声を張り上げる。

「もちろんです!任せてください!」

負けじとダイヤも声を張り上げて返してくる。

俺と皐月は背中をダイヤに任せて、1体のガーゴイルに正対する。

やはりなかなか近づいてこないのでこちらから攻撃する。


「ファイアー3タリア

素早く避けられる。何度か能力を使ったが逃げ回るばかりで、一向にこちらに近づこうとはしてこない。

これではいくら魔力があっても足りない。

俺は1つの打開策を思いついた。だが果たしてうまくいくかどうか

「どうするの伊織君?このままだと魔力切れになるのがオチよ」

皐月が耳元で声を上げる。


俺は首だけをひねり背後の4体のガーゴイルの様子を窺う。暗くてよく見えないが、あいつらは攻撃してもまた防がれるだけだとわかっているのか、近づこうともしない。

「ダイヤ!スキルはあいつらが向かってきたときにだけ使って!それ以外はなるべく緊張感を解いて、無駄な体力を使わないようにしてくれ!」

魔物を前に緊張感を解くなど無理だとは思うが、一応言っておく。

ダイヤの方に明かりを向ける余裕はないが、かなり暗闇にも目が慣れているはずだ。あいつらの動きくらいはわかるだろう。

さっきのダイヤに向けた言葉で、俺の考えは何となく皐月には伝わったようで、そういうことか、と呟く声が騒音に紛れて微かに聞こえてきた。


その後も互いに動き出さない状況が30分ほど続いた。喧しい羽音が微かに音量を下げる。目の前のガーゴイルは飛びながらも少しふらついている。

どうやらうまくいきそうだ。

さらに10分ほど経つと、そいつはもう飛べなくなると判断したのか、俺たちが歩いてきた洞窟の入り口の方へ姿を消した。流石に飛べないと俺たちに分があると判断したのだろう。後ろの4体も限界なようでぞろぞろと、洞窟の奥へ引き返していった。

どうやらうまくいったようだ。


「ふぅ」

思わずため息が漏れる。ダイヤには緊張するなと言ったが、当の俺は無意識のうちに相当緊張していたようだ。疲れがどっとこみ上がる。

どんな生き物だろうと、ずっと空を飛び続けるなんてことは不可能なはずだ。あいつらは飛んでいるだけで徐々に体力を消耗しているはずだ。持久戦に持ち込めばこちらに分があると思った。


「男らしくない作戦を考えるわね」

横から皐月が難癖をつけてくる。

「あの1体は洞窟の外の方に行ったからいいけど、残りの4体は奥に逃げたんだから、またかち合うわよ」

「その時はその時だ」


奥にいたダイヤもホッとしながら俺たちに近づいてくる。

「それにしてもこの洞窟に入ってからずいぶん魔力を消費しましたね」

「私はまだ大丈夫よ」

涼しげに皐月が言う。

「俺は後2,3回が限度だな」

「あたしは、レヴェル7エプタならあと1回、レヴェル6エクシーならあと2回くらいは使えると思います」

皐月はいいとしても、ダイヤと俺はぎりぎりなようだ。この先大丈夫だろうか。


俺は何となく自分の魔力があとどれくらい残ってるのか把握できるようになっていた。もちろん正確ではないし、戦っているときなど緊張している場面では皆目わからないが、こうしてリラックスして冷静になると何となくだがわかる。それはたぶん2人も同じだろう。


残りの魔力に一抹の不安を感じながらも奥へと進んだ。

奥に進むにつれ不思議なことに、だんだんと縦も横も空間が広がっていき、それに比例して空気も重くなる。2人にも得体のしれない不気味な空気感が伝わったのか徐々に口数も減り、今は3人の足音しか聞こえない。

さらに歩き続けること数分、奥に広々とした空間が広がっているのが見えた気がした。無意識に早足になり近づきランタンを向けてみる。


そこには、これまでの見てきた魔物とは次元が違う化け物がいた。

体長5メートルはあるだろうか、全身に毛が生え、苔むしたような緑色の図体に不自然に大きな鼻。


「ト、トロール」

皐月が震える声で呟く。


トロールは理性を失っているかのように1人で暴れている。まるで見えない何かと戦っているようだ。完全に気狂いのそれだ。太陽の当たらないところに長時間いて頭がおかしくなっているのだろうか。威圧感だけで気を失いそうだ。

近くには、恐らく人間のものと思われる死体がいくつか転がっている。調査に向かったNPのものだろうか、などと考えていたら突然、

「ががぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

耳をつんざく音が聞こえた。トロールがいきなり咆哮を上げたようだ。

果たして鼓膜は無事なのだろうか。

気づかれたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。何やら壁に向かって1人でに叫んでいる。

今すぐ逃げ出したいが、さっきから足が震えるばかりで、ちっとも言うことを聞いてくれない。


ぽた、ぽた、ぽた

水滴が落ちるような音が聞こえたので横を見てみると、ダイヤの股間から雫が滴っている。どうやらあまりの恐怖に失禁してしまったようだ。

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