第16話 洞窟
「ケイブゴブリンね」
皐月曰く、ケイブゴブリンとはゴブリンの一種で見た目はゴブリンより一回り小さいが、パワーはゴブリン以上。耳が良く、音を頼りにして、暗い場所で生活しているゴブリン、だそうだ。皐月がこの魔物の特徴を説明してくれている間にも、そいつは徐々に俺たちとの距離を詰めてきていた。暗くて狭いこの洞窟においては向こうに圧倒的に地の利がある。
「ファイアー
俺の遠距離能力が届く間合いに入ってきたので、とりあえず俺は近づいてくる奴の顔面目掛けて能力を使ってみたが、簡単に避けられる。パワーだけでなくスピードも通常のゴブリンよりも上なようだ。
「伊織君、あいつがもう少し近づいたら、もう1度能力を使って。あいつが避けた先に私が能力を使って当てるわ」
俺は右手に持ったランタンを、あまり動かさないように注意しながら左手で能力を使う。
「ファイアー
またケイブゴブリンは左に飛んでいとも簡単に避ける。ケイブゴブリンが飛んだ瞬間、皐月は能力を使う。
「ウォーター
流石に空中では避けられず皐月の能力をもろに喰らう。すごいパワーだ。直撃したケイブゴブリンは腹から若干血が滴っている。皐月が能力のレヴェルを上げたのはプーカに来る前の村の教会だったと思うが、そういえばレヴェル
感心している俺をよそに、ケイブゴブリンは痛みに怒ったのか猛ダッシュで皐月に向かう。その様子を見たダイヤが狭い横幅を縫うようにして先頭に立ち、ケイブゴブリンに正対する。
「ディフェンス
いつものようにバリアを張って俺たちを守ってくれる。だがそのバリアがいつもと違う。初めは単にバリアが大きくなったのかと思ったが、違うみたいだ。よく見るとバリアは2枚出ていた。ダイヤもレヴェル
「ちょっと試してみたいんですけど、」
ダイヤは敵と戦っている最中だというのに呑気に言って、ケイブゴブリンに体の側面を見せるように、洞窟を正面にして両手を横に広げる。そんな悠長なことをしている間に、ケイブゴブリンは体勢を立て直しダイヤに向かって走り出した。
「ディフェンス
またしてもダイヤが能力を使うとバリアが右手と左手から、それぞれ出た。レヴェル7のスキルはどうやら片手ずつ、自在な方向に出せるらしい。
バリアを見て、今度はケイブゴブリンは先ほどのように突撃はしてこず、直前で止まった。どうしようか考えあぐねているようだ。
「ウォーター
皐月が能力を使うのと同時にダイヤはスキルの発動をやめる。まさに阿吽の呼吸だ。この2人なかなかいいコンビじゃないか。俺は2人が戦いやすいように洞窟全体を照らしてあげることしかできない。突然消えたバリアに気を取られていたケイブゴブリンに、皐月の能力が今度は顔面にヒットする。怯んだケイブゴブリンとの距離を一気に詰めた皐月は鼻と口に向かって手を伸ばし、ゼロ距離でもう1度能力を使う。皐月のお決まりのパターンだ。相手を呼吸できなくし、そのまま溺死させる。そんな作業を惚れ惚れするほどのスピードでやってのける。
「ふう」
戦った後のため息すらも絵になるな。
「普段もかっこいいですけど、戦ってる皐月さんって一段とかっこいいですね」
ダイヤは目を輝かせながら皐月に駆け寄る。
「あら、ありがと。誰かさんと違ってダイヤさんはよく褒めてくれるから嬉しいわ」
俺も思ってはいるが、わざわざ口にしないだけだ。
ホッと一息ついた俺たちの耳に、またかすかな物音が聞こえた。ランタンを向けてみると、もう1匹いた。同じケイブゴブリンだ。
「今度は俺が戦うよ」
俺がそう言うと、「伊織君は辺りを照らすことに専念して、私の方が強いから」と返され、またダイヤと皐月の2人で危なげなくケイブゴブリンを倒した、と同時に前方にまたもう1体出てきた。またしてもケイブゴブリン。だが今度は立派な剣を片手に持っている。
「あれ、NPの剣だよな」
「そのようね、どうやらここに調査に来たNPたちが帰ってこないという、あの長の話は本当だったようね」
ダイヤはいつの間にか自主的に先頭に立ち俺たちの話を聞いている。いくら内心で怖がっても、みんなを守りたくなるのがディフェンダーの性なのか、それとも本来のダイヤの性格なのか、なんとなくだが俺には後者のように感じる。
頼もしくも先頭のダイヤが振り返ることなく敵を見据えたまま、俺たちに訊ねる。
「でも、あの強いNPたちがこんなケイブゴブリンたちにやられますかね?」
ダイヤの言うとおりだ。俺は未だにNPたちが戦っているのを見たことはないが、皐月の話ではゴブリン程度、能力やスキルを使うまでもなく余裕で倒せるらしい。嫌な予感がする。
「ウォーター
距離を詰めてきたケイブゴブリンに向かって皐月は能力を出すが、避けられてしまう。すかさず避けた先に能力を使い、今度はうまく当てた。さっきまでのケイブゴブリンに対してはここで一気に距離を詰めていた皐月だったが、流石にこれ見よがしに持っている剣を前にして近づくのを躊躇している。いくらレヴェル
「ファイアー
相手に能力を使うが簡単に避けられる。
「ウォーター
そしてまた避けた先に皐月が能力を使うが、何とそれも寸前のところで避けられ、俺に向かって剣を振り下ろしてくる。
「ディフェンス
敵が1体ならば、わざわざレヴェル
「ウォーター
皐月が能力を相手の剣に当て思わずケイブゴブリンは武器を手放し、その武器は1メートルほど宙を舞い壁に当たり地面に落ちる。
「ウォーター
俺もケイブゴブリンも武器の飛んでいく様子を無意識に目で追っていたが、皐月は違ったようだ。気づいたときにはケイブゴブリンにゼロ距離で顔面に能力を使い溺死させていた。流石の早業だ。
一体全体皐月はどうしてこんなに強いのだろうか。やはり覚悟の差なのか。1日でも早く元の世界に帰りたいのだろうな。
落ちている剣に目をやる。何かと便利だろうから拾っておこう。持とうと思ったが片手がランタンでふさがっているためか、うまく持ち上がらず、たまらず落としてしまう。今度はランタンを地面に置き両手で再挑戦する。持てたには持てたが、あまりにも重すぎる。こんなものを振り回しているこのケイブゴブリンとNPの力にゾッとする。
重さでふらついている様子をダイヤに笑われたので、諦めて俺は剣を捨てた。
またケイブゴブリンが出てくるのでは、と思ったが杞憂だったようで、順調に俺たちは洞窟の奥へ歩を進める。
「1体1体は大したことないけどこんな連戦が続いたら魔力切れが心配ね」
後ろで皐月が呟く。
「そうですね。皐月さんかなり魔力使ってますし」
さらに後ろでダイヤが答える。
「そういえば、あの時飲んだ魔力を回復するポーションはもうないのか?」
後方のダイヤに聞いてみる。あの時とは、もちろん少女を救えなかった時の話だ。
「何それ、アナクティスポーションのこと?ダイヤさん何でそんな貴重なポーション持っているの?あれ、1つ5万ケルマはするわよ」
あのポーションはアナクティスポーションというのか。そしてやはり、貴重なものだったのか。
「たまたま道具屋でセールになっていたから買っただけです。残念ですがあれはもうないです」
慌てたようにダイヤが答える。声の主は1番後ろにいるからわからないが、恐らくダイヤは今視線を斜めに向けているだろう。あの道具屋でセールの商品など存在していなかった。
数分歩いたところで何やら耳障りな音がする。初めは空耳か耳鳴りかと思ったが、どうやら違うようだ。音はどんどん大きくなっている。蜂や虻の羽音のような、とにかく耳障りな何かが、こちらに近づいているようだ。
「何かこっちに来てるぞ。気をつけろ!」
おしゃべりに夢中で音に気付いていない2人に言う。音はどんどん大きくなり会話もままならないほどになる。音源の方に光を向け、俺たちは何かが来るのをじっと待つ。
来た!なんだあれは?空を飛んでいるような、羽が生えているように思う。やはりこの不快な音の正体は羽音だったか。空を飛んでいる1体に気を取られていて気付くのが遅れたが、後ろに同じようなのがまだいる。1、2、3、…。5体だ。合計5体の空飛ぶ何かが、十中八九魔物だろうが、こちらに猛スピードで近づいてきている。
これは厄介なことになりそうだ。
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