第15話 ダイヤの想い

「へ?」


ダイヤは皐月の言った言葉の意味が理解できなかったのか不思議そうな表情をしている。

「何言ってるんですか皐月さん?」


皐月は困ったように言う。

「だってダイヤさんホークに行きたいんでしょ。いつまでも私たちと一緒にいたら、いつまでたってもその街には着かないわよ」

途端にダイヤは瞳に涙をためる。

「何でそんなこと言うんですか?ひどいです」

「ひどいことって、事実でしょ。私たちの向かう方角とダイヤさんが行きたい方角が違うのだから、別れるのは自然なことのように思うのだけれど」


もちろん寂しさはある。それは皐月も同じだろう、さっきからずっと悲しげだ。ダイヤはその何倍も悲しげだ。

「その、別にホークに行きたいわけではないんです。ここではないどこかへ行ければそれでいいんです」

驚く。別に行きたいわけでもないホークを目指してダイヤは旅をしていたのか。この世界で1人で旅をするというのは、日本でするのとは話がまるで違う。危険度が比べものにならない。恐らく命を落とす確率の方が高いはずだ。つまり旅をするというのは、それ相応の覚悟と目的があるはずだ。だからこの世界に旅人なんてめったにいない。その旅をダイヤはしていたのだから、何かしらの強い目的があるのかと思っていた。


「どういうこと?ダイヤさんの旅に明確な目的はないってこと?」

「ええ、そうです」

そう答えるとダイヤは目線を逸らした。俺は咄嗟に皐月と目を合わせる。ダイヤはまた嘘をついている。その確認をアイコンタクトで互いに伝えるためだ。皐月は何か言いかけたが、わずかに早くダイヤが口を開く。


「2人ともっと一緒にいたいです。あたしも連れて行ってください!」

今度は視線は俺たちをじっと見つめたまま全く動かなかった。俺たちと一緒にいたいというのは、本心の全てではないが、嘘でもないのだろう。


「今のは嘘じゃなかったぞ。これから向かう洞窟は正直2人では不安なんだけど。それにダイヤ今にも泣きそうだぞ」

「わかってるわよそんなこと、私も鬼じゃないんだから、泣かれそうになったら心くらい痛むわよ。でも今のは嘘じゃないとしても旅の目的はまたはぐらかされたわ。いつ裏切られてもおかしくないよ、私たち」

「こんな純粋そうな子が裏切るとは考えづらくないか。ダイヤがいなかったら俺は死んでたんだから、無下に扱うことはできないよ。連れて行こう」

「私も最初から反対なんてしていないわよ。目的が違うのだから別行動した方がいいんじゃないかと思っただけ。ダイヤさんが一緒に行きたいって言うなら一向に構わないわよ」


俺たちはダイヤに聞こえない声量でこそこそと会話する。その様子をダイヤは不安げに見つめてくる。

話はまとまった。ダイヤに旅の目的がない以上、少なくとも俺たちにはそう話している以上俺たちが別れる理由などどこにもない。


「一緒に行こう、ダイヤ」

俺の言葉を聞いた瞬間満面の笑みを浮かべる。

「え、いいんですか!」

「ディフェンダーのダイヤさんが一緒にいてくれると正直かなり心強いわ」

「そんな、あたしにはバリアを張るくらいしか取り柄がありませんから。あの、本当にあたしがいて迷惑じゃないですか?」

ダイヤの瞳からはいつの間にか涙は引っ込んでいた。俺は自信をもって大きくうなずく。迷惑なものか、ダイヤは俺なんかよりもはるかに戦力があるのだから。


「それと、ダイヤさん私たちにいろいろ隠してるわよね、別に話したくないなら話さなくていいけど、ダイヤさんかなり嘘が下手だから気を付けたほうがいいわよ」

ダイヤはかなり驚いている。まさか嘘がばれているなんて思いもしていなかったのだろう。あんなに分かりやすいのに隠し通せると思っていることが不思議だ。


「そのうち話しますよ…」

肩を落としながらそう言った。


洞窟に向かう前に教会に行って、スキルや能力を上げられるのか確認した方がいいんじゃないか、という俺の提案で教会へ行き、俺はスキルのヒールをレヴェル5に、ダイヤはスキルのディフェンスをレヴェル7に上げた。皐月は俺たちが魔物と戦いまくっていた時もずっと手がかりを調べていてくれていたため、レヴェルを上げるほどのポイントは溜まっておらず現状維持だ。


つまり、俺は能力の火がレヴェル3。スキルのヒールがレヴェル5。皐月は能力の水がレヴェル6。スキルのヒールがレヴェル3。ダイヤは能力の火がレヴェル2。スキルのディフェンスがレヴェル7。というのが今の俺たちの現状だ。



レヴェル上げも終えたところで俺たちは街を出てとりあえず北に向かう。あの後、一応ダイヤにもホナウドから貰った地図を見せたが、やはりだめだった。とにかく勘で歩き続け、本来なら1時間で着くと言われていた洞窟に紆余曲折在り3時間ほど要して何とかたどり着いた。洞窟を目の前に3人に緊張感が漂う。


もっとこじんまりしているのを想像していたが、天井は4メートル近くあり、中を覗くと奥行きはどこまで続いているのか確認できないほどには深い洞窟だ。

皐月はランタンをカバンから取り出し「伊織君、火」とだけ言ってこちらに渡してくる。言われた通り火をつけ、そのランタンを皐月に返そうとしたが、無視されたので仕方なくダイヤに渡そうとしたが、それも無視された。どうやら全員先頭にはなりたくないようだ。仕方がない、この洞窟は明らかに異様な雰囲気が漂っている。はっきり言って今すぐ引き返したいくらいだ。あの皐月がびびっているのだから、俺やダイヤは恐怖で足がすくまないようにするのに精いっぱいだった。そして今、誰が先頭を行くのかの話し合いが行われている。


「ディフェンスの人が先頭を行くのが定石だと思うの」

皐月が神妙に言う。

「いやいやいや、今までも皐月さんが先頭でみんなを引っ張って来てくれたじゃないですか。今回もお願いしますよ。それに皐月さんが1番年長者ですし」

ダイヤは自分に矛先が向いてかなり焦っているようだ。早口で捲し立てる。

「いやいやいや、今まで私が先頭だったんだから今回は別の人が経験してみたらいいんじゃないかしら」

皐月も焦っているようだ。こんな様子の皐月はなかなか見れないので貴重だ。

「いやいやいや、それは無茶苦茶ですよ。そもそもこの洞窟に行くのを決めたのは皐月さんですし……」


そんな不毛な話し合いが小一時間も続いた末、結局、伊織君は男なんだから先頭に行け、という皐月の無茶苦茶な意見にダイヤも賛成し、2対1で状況が悪くなった俺が先頭を行くことになってしまった。後で皐月には、今の日本がどれだけ男だから、女だから、という発言が危ないのかを教えてあげよう。


街を出発してから4時間、ようやく俺を先頭に皐月、ダイヤの順番で洞窟に入る。

異様な雰囲気に恐怖心が心を支配してくる。やっぱり今からでも順番変わってもらおうかなと思ったが、そんなことを言うとまた不毛な議論が始まり、いつまでたっても洞窟に入れなさそうなので俺は勇気を出して歩きだす。


「伊織君、そんな足元ばっかりじゃなくてもっと全体を照らしてください。どこから魔物が来るのかわかりませんよ」

「伊織君、もっと早く歩けないの?こんなペースでは、いつまでたっても奥までたどり着かないわよ」

やっぱり先頭変わってもらおう。その時「ザザッ」と奥の方から音がした。全員が一斉に押し黙る。俺は怯えながら音がしたと思われる方向へランタンの光を向ける。最初はよくわからなかったがよく見てみると、何かいる。そいつは全体的に茶色がかっている。だからすぐには気付けなかったのか、洞窟の壁と色合いが同じなのだ。


「ケイブゴブリンね」

皐月が俺の肩から覗き込むようにして言った。

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