第14話 依頼

「長!だめですよ、出てきては。変な奴らがこの城に入りたいと言って聞かないんですよ。一応避難しておいた方がよろしいかと」

NPが城から出てきた男に恭しく話す。この人が長なのか、すらりと背が高く細身だが筋肉質で、皺1つないワイシャツを身に纏っている。長というからにはどんな仰々しいものを身に着けているんだ、と思ったが意外に質素だ。やはり俺の貴族像とは違う。髪は短い金髪をオールバックにしていて、生え際が少し怪しい。堀が深く、いかつめの出で立ちだ。男は興味津々といった様子で俺たちに近づいてくる。


「ホナウド様危険です。得体のしれない奴らなんです」

どうやら長の名前はホナウドというらしい。


「様はやめてくれ。居心地が悪い。で、何があった。この子たちはこの街の人たちかな?」

「いえ、私と彼は違います。隣のホークから来ました」

長を目の前にしているというのに皐月は緊張した様子など微塵も感じさせない。

「隣の街から、いったいこの城に何の用があるんだ?」

「この城の中には貴重な書物があると聞きまして、ぜひそれを読んでみたいと思いここを訪れました」

皐月の言葉を聞いたとたん、ホナウドは顔をほころばせる。いかつい顔立ちだと思ったが、笑うとなかなか優しげに見える。このギャップを武器に若いころはさぞモテたのではないだろうか。いや、今でも十分にモテるだろうが左手の薬指は光っている。この人を惚れさせた女性はどんな人なんだろうか。


「本を読みたいのか、それは素晴らしい心がけだ。だが、おいそれと誰でも入れるわけにはいかないんだよ」

心底嬉しそうに皐月に話す。読書好きだと言ったダイヤの話はどうやら本当だったようだ。同じ趣味の人に会えて嬉しいのだろう、あからさまに声が弾んでいる。そんな態度といい、話し方といい、今のところ長の感じはまるでしない。そこら辺にいる気のいいおっちゃんのようだ。


「そこを何とかお願いします」

何と皐月は長にまで食い下がっている。見ているこっちがひやひやする。門番のNPたちが「失礼だぞ!」と声を荒げるが当のホナウドは皐月の態度など全く気にしていないようだ。


「そう言われてもなー」

それっきりホナウドは何か考え込むようにして黙ってしまった。ご迷惑をおかけしました、と言ってもう帰ろうかと思ったが突然ホナウドは口を開いた。


「そうだ1つ頼みがある。その頼みを聞いてくれたら中に入れてやる」

NPたちがピクリと反応したが何も言ってくることはなかった。

「頼みというのは何でしょう」

「実はな、ここから1時間ほど北に歩いたところに洞窟があってね、その洞窟付近で度々人が姿を消しているんだよ。何事かとNPたちを何人か調査に向かわせたがそのNPたちは帰ってくることはなかった。そしてその洞窟の周りには人が寄り付かなくなってしまった」


人が寄り付かないと何か困ることでもあるのだろうか。そんな俺の疑問を察したのかホナウドは付け足す。

「その洞窟の付近に広大な畑があるんだが、そこで誰も作業したくないのか、今は手付かずになってしまったんだ。この街はその畑に食料を依存しているんだ。そこで君たちにはその洞窟を調査してほしい。人々が消えた原因がわかれば、そこで働いていた者も安心できるだろうからな。もちろん無理にとは言わない。危険な目にあう可能性もあるだろうしな、嫌なら断ってもらって構わない」


「いえ、行きます。原因を突き止めれば中の本を見せてくれるんですよね」

そう言うと思った。正直今の話を聞いて俺は怖くて仕方ないがこれで元の世界に帰る方法が見つかるかもしれないなら皐月は迷わず行くだろうな。そして俺が皐月に付いていくことは決まっている。ダイヤは何か言いたげに口をパクパクさせたが結局は黙っていた。


「何日でもじっくり見てくれて構わん。約束する」

ここでようやく事の成り行きを見守っていたNPたちが声を上げる。

「だめですよ。こんなわけのわからない連中を中に入れては」

「そうですよ。またお父様に怒られますよ」

そんなNPたちにホナウドは一睨みする。腐っても長だ、今までの笑顔で皐月と話していた表情から180度変わった顔はなんとも迫力があり委縮してしまう雰囲気があった。それなりの修羅場を経験してきたものの雰囲気だ。


「父に怒られるくらい別に構わん、いつものことだ。それに勉強をする権利は長だろうがNPだろうが農民だろうが皆に等しくあるはずだ」

どすの効いた低い声にNPたちはたじろぐ。ダイヤはまるで自分が怒られているかのように今にも泣きだしそうな顔をしている。


「ちょっと待っててくれ」

俺たちにそう言い残してホナウドは城の中に戻り数分後にまた出てきて俺たちに紙を手渡した。その洞窟までの地図のようだ。ホナウドはわざわざ地図を描いてくれたが俺たちがそれを有効に活用できることはないだろう。なぜなら3人とも超がつくほどの方向音痴だからだ。


城から離れたところで皐月は貰った地図を俺に見せる。

「一応聞くけど、伊織君、この地図見て洞窟までたどり着ける自信はある?」

「無いね。現在地がどこなのかもわからない。長には悪いけど役に立ちそうにないな」

手書きのその地図は見る人が見ればわかりやすいのだろうが俺たちには豚に真珠のようだ。

皐月はため息をつきながら貰った地図を畳んでポケットに入れる。


「北にあるとは言ってたしとにかく太陽の方向を頼りに北に行きましょうか。長に洞窟の見た目とか聞いておけばよかったわね」

そんなことでたどり着けるのか不安だが、俺たちにはその方法しかないので仕方がない。


「あたしにも見せてください。もしかしたら読めるかもしれません」

皐月は呆れ顔でダイヤに目線をやる。

「隣街を目指して出発地点に戻ってくるような人に読めるわけないでしょ。それに、」

皐月は一旦そこで言葉を切る。この後何を言うのか何となく俺には想像できた。


「私たちとダイヤさんはここでお別れよ。今まで楽しかったわ、ありがとう」


やっぱりか。俺もどこかでダイヤとは別れるべきだと思っていた。いてくれるのはありがたいし心強い、なにより大幅な戦力アップになる。だがいつまでも一緒にいると、いつまでたっても元の世界に帰る方法を、こそこそと話さなければならない。俺たちの最終目標はこの世界からの脱出なんだからいずれダイヤとは別れることになる。そういえば、ダイヤの旅の目的ははぐらかされたままだ。だがダイヤにも目的があるはずだ。プーカに向かおうとしていたんだから目的地は俺たちとは真逆だ。いつまでも俺たちに付き合ってもらうのは申し訳ない。


「へ?」

ダイヤは皐月の言った言葉の意味が理解できなかったのか不思議そうな表情をしている。


「何言ってるんですか皐月さん?」

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