第7話 アーラ

しばらく待っていると二人が風呂から出てきた。

ぐったりした皐月となんとも楽しそうなアーラの表情が対照的だ。

「このお姉さんと二人は楽しかったかい?」

面白半分で聞いてみる。

「皐月ちゃんのお胸大人なのにあんまり大きくなかった」

この短時間で仲良くはなれたようだ。お姉ちゃんから皐月ちゃんに呼び方が変わっているのがその証拠だ。

「そんなことないわよアーラ。みんなこんなものよ」

見たことのない表情で皐月がアーラを諭す。

カーソンは最後でいいというのでお言葉に甘えて先に風呂に入ることにする。



風呂を上がると皐月とアーラが楽しそうに話している。


「そっちの部屋に布団を用意してあるからそこで寝るといい」

それだけ言い残してカーソンは風呂に入っていった。


「何話してるんだ?」

「伊織君には関係のないガールズトークよ」

なかなか良好な関係のようだ。

「あっちの部屋に布団が用意してあるって。そろそろ寝ようか」

アーラが悲しそうな顔をする。

「私も一緒に寝ていいかな?」

仕方がないという感じで皐月は了承する。


アーラを真ん中に置いて三人で川の字になって寝転ぶ。

「アーラあなた大変だったのねいろいろと」

「うん、パパとママ死んじゃったの。このピンキーリングはパパとママとお揃いなの。今はもう形見みたいになっちゃてるけど」

アーラは神妙な面持ちで小指にはめた青色のリングを眺める。

「2年位前にね魔物に襲われて死んじゃった。今でも悔しくて悔しくて仕方がない。何とかして仇を取ってあげたいから毎日特訓してるんだ」

今朝見た光景が思い出される。あんなに必死になっていた理由はそういうことか。何だか胸が締め付けられる。


「他の人がそいつを倒すのはダメなの?やっぱり自分で仇を討ちたい?」

皐月が優しい口調で尋ねる。初めて聞いた声色だ。

「ううん、そういうわけじゃないの。でも代わりに仇を討ってほしいなんて言ったらNPや強い人たちは立ち向かっていく。それでやられちゃったら私もっと悲しくなる。それが怖くて誰にも言い出せなかった」

そう語るアーラの目には涙が貯まって今にも零れ落ちてしまいそうだがアーラなりの意地なのだろう、ついに最後まで泣くことはなかった。まだ幼い少女が泣くことも我慢して必死で強くなろうとしてるこの世界に怒りを覚える。そう思ったのは俺だけではないようだ。皐月も顔つきが険しい。

アーラは喋り疲れたのかいつの間にか眠ってしまっていた。


横から何やらごそごそと音が聞こえる。皐月だ。布団からそっと抜け出そうとしているようだ。

「行くのか?」

「ええ、仇を討つことにする」

「そうは言っても勝てる相手なのか?」

暗くて皐月の表情がよく見えない。

「知らないわよそんなこと。でも、今ここで動かなかったら私は一生後悔する自信がある。伊織君だってそう思わない?」

「まあ、しばらく寝つきは悪いだろうな」

「決まりね」


俺たちは気づかれぬようにそっと家を出た。村は静まり返り、外を出歩く人は俺たち以外にいなかった。

「コボルトって犬型のゴブリンみたいなやつだよな」

「そうよ。ただゴブリンとは比べ物にならないくらい強いらしいわ」

それを聞いても不思議と怖気づく気持ちは沸いてこない。アーラの両親の仇を討ってやりたい気持ちが相当に強いようだ。


この村に来た時に隠した槍を回収して俺たちは村の周りを捜索した。だが一向に見つかる気配がない。

「どの辺に出るのか村の人に聞いておけばよかったな」

そう言った瞬間奥の茂みで葉がかすれるような音がした。かすかな音だったがこの静寂の中でははっきり聞こえた。声を押し殺して2人で音源に近づく。3メートルほどにまで距離を縮めたとき、何かが茂みから飛び出した。濃い緑の膝丈ほどの体長。スライムだ。


「はぁー、スライムか、びっくりした」

俺は持っていた槍でスライムを一突きする。まだ動いている。どうやら一撃では倒せなかったようだ。渾身の力でもう一突きしてやっとそいつは絶命したようだ。

「伊織君逃げて!!!」

皐月の金切り声が聞こえて顔を上げると170センチほどの体長をした犬型の魔物がこちらに飛び掛かろうとしていた。急いで間合いを取る。焦っていて槍はスライムに刺さったままだ。皐月が俺の横に駆け寄る。


「ありがとう。助かったよ」

「礼は後でいいからあいつを、あのコボルトをどうにかしないと」


コボルトは右手に剣、左手に木製の盾を持っている。体格もゴブリンより二回りほど大きい。

「なんであいつあんな武器持ってるんだ?」

「大方NPから奪ったんでしょうね。盾のほうはお手製みたいでけど」

なるほど、ならそのNPもあいつに殺されたんだろうな。流石に敵を目の前にすると恐怖心が出てくるがアーラのためにもここで逃げ出すわけにはいかない。だがどうすればいい。勝機が見えない。まともに戦って勝てるわけがないのは明白だ。それに皐月は今日1日でかなりの魔力を使ってるはずだ。あと何回能力が使えるのか。


「ウォーター5ペンテ

いきなり皐月が相手の顔面目掛けて能力を使うが盾で簡単に防がれる。流石の反射神経だな、今までの魔物とは俊敏さが違う。だが盾で顔を守るとき視界が極端に悪くなるはずだ。何とかその隙をついて取り残した武器だけでも回収できれば少しはこちらにも勝機があるかもしれない。

じりじりと、ゆっくり間合いを詰めてくるコボルト。それに合わせて俺たちも奴に正対したまま後ろに下がる。皐月が手を伸ばしたのが分かった。今だ。

「ウォーターペンテ

その声が聞こえる前には俺はもう走り出していた。


予想通りコボルトは盾で顔面を守った。相当視界が悪いはずだ。その隙に奴の横を縫ってすれ違う瞬間、気づかれた。猛スピードで俺に向かって剣を横に振るう。走りながらなんとか避けようとしたが刃先が右腕に触れる。服が破け血が飛び散る。それでも俺はがむしゃらに走り何とか槍を回収した。皐月と俺でコボルトを前後で挟む格好となった。


「はぁはぁはぁ....。いっっっってーー」

さっきは夢中で感じなかったが少し冷静になると右腕に激痛が走る。刃先が触れただけでこれならまともにくらったら即死だろうな。


「ヒール3タリア、ヒール3タリア、ヒール3タリア

奴を警戒しながらスキルを3度唱えると何とか出血は収まった。まだ痛むがとりあえず今はこれくらいでいいだろう。

皐月のほうに目を向けこちらに背を向けている状態のコボルトに向かって思いっきり石を投げつけ、その瞬間俺もコボルトに向かって走り出す。俊敏な動きで振り返るコボルト、だがこの距離なら届く。半年間の訓練で俺の能力は1メートル離れた場所に撃てるようになった。


「ファイアー3タリア

盾に向かって俺は能力を放つ。だが木製でできている盾は燃えなかった。しまった!皐月の能力を防いだ時に濡れているのを失念していた。至近距離まで詰めてきたコボルトが俺の頭めがけて頭突きをする。とっさに体を左に逸らしたが右肩に直撃した。

「ぐあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

気を失いそうなほどの痛みに悲鳴が漏れて膝から崩れ落ちてしまう。吐き気が込み上げ視界がゆがむ。あまりの衝撃に今しがた拾った槍を落としてしまう。とどめを刺そうと考えてるのか身動きが取れない俺にコボルトが近づいてくる。その時皐月がコボルトの背後から飛び掛かり羽交い絞めのような格好になる。そして右手を奴の顔の前に差し出す。


「ウォーター5ペンテ

最初に倒したゴブリンと同じように窒息させるつもりらしい。暴れるコボルト。何とか引き剝がされないように必死に踏ん張る皐月。コボルトの肘うちがもろに皐月の腹部に入る。

「ゴホッッッ!!!」

皐月の口から唾液と胃液が混ざった液体が出るがそれでも皐月はコボルトを離そうとはしない。暴れるコボルトに狙いが定まらないのか周囲に水が飛び散る。そのまま30秒ほど格闘し、もう一度肘うちがまともに入り、ついに皐月は引き離されその場に蹲ってしまう。


「サンダー3タリア!!」

ふいにそんな声が聞こえるとコボルトはダメージを食らったように少しよろめいて膝をつき、武器を落とした。声の方に目を向けるとそこにはアーラが立っていた。信じられない。コボルトとアーラの距離は10メートルはある。それにほんのわずかだがコボルトがダメージを喰らった。8歳の女の子がここまでの能力を使えるなんて、よっぽどの才能か日々の練習の賜物か。

なんにせよ今がチャンスだ。俺は痛む右肩を抑えながら奴に近づき、奴がさっき落とした剣を拾い上げる。想像よりかなり重い。持った瞬間に右肩に激痛が走るが気合で持ち上げる。思い切り振りかぶり奴の背中に向かって振り下ろす。刺さったが、刃先だけだ。どうやら致命傷には程遠いらしく、剣が背中に刺さったままコボルトは立ち上がり俺に突進をする。2メートルほど吹き飛ばされ地面に落ちる衝撃に備えたがお尻や背中に衝撃は来ない。不思議に思い背中側を確認するとそこには先ほど倒したスライムが下敷きになっていた。通常のスライムに比べて妙に粘々する。そうか皐月が暴れるコボルトに能力を使った時かなりの水が周囲に飛び散った。それでスライムが濡れ、こんなに粘りっけが出てるのか。


「サンダー3タリア!!!」

またしてもアーラがコボルトに向かい能力を使う。また少しよろめいたが体勢を立て直しアーラのもとに向かうコボルト。皐月がうつ伏せの体勢のまま手をコボルトに向ける。コボルトを濡らしてアーラの電気をより効果的にくらわすつもりなのか。

「ウォーターペンテ

皐月がそう唱えるが能力は出ない。どうやらこの最悪なタイミングで魔力が切れたようだ。

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