第8話 VSコボルト
「ウォーター
もう一度皐月は唱えるがやはり能力は出ない。
そうしてる間にもコボルトはアーラとの距離を確実に縮めている。
「サンダー
何度も能力を使うアーラ。それを喰らうたびに少し歩くスピードが遅くなるが、もう俺も皐月もここから走っても間に合わないだろう。
「やめて!!!その子はやめて!あなたの相手は私たちでしょ!!」
皐月が絶叫するがその願いむなしくコボルトはアーラに向かっていく歩みを止める気配すらない。皐月のほとんど悲鳴に近い叫び声が辺りに響き渡る。
アーラは逃げることなく能力を使い続けていたが、ついに腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。これでは逃げ出すことも難しいだろう。
これしかない、頼む、何とかなってくれ。俺は言うことを聞かない右腕を諦め、利き手じゃない左手でそれを掴みコボルトに向かって夢中で投げつける。コボルトが今足を踏み出そうとした地面にそれが落ちる。その粘り気に足を取られたコボルトは前のめりになり四つん這いのような格好で転倒する。無我夢中で投げた、濡れたスライムがいいところにコントロールできた。その間に俺は右肩をかばいながら走りコボルトに刺さっている剣を思いっきり深くえぐる。コボルトが絶叫するがお構いなしに力を籠め、ようやくコボルトの図体を貫通させる。コボルトの絶叫は止み動かなくなった。
チリン。
近くで金属製の何かが触れ合うような音がした。それは貫通したコボルトの腹から出た二つの青みがかったリングだった。アーラと同じリング。
アーラが這うようにして近づき、優しい手つきでリングを2つ拾い上げる。
「パパ.....ママ.....」
アーラはようやくここで泣いた。もう意地を張る必要もなくなったのだろう。
大声を上げてぷつんと糸が切れたように大号泣した。
これが普通なのだろう。まだ8歳の女の子が泣くのを我慢している方がおかしい。
皐月に目を向けると、彼女も少し涙ぐんでる様子だった。
泣き疲れてぐったりしたアーラを皐月が負ぶって俺たちはカーソンの家に戻るとカーソンに事情を説明しスキルで俺たちの怪我をあらかた治してもらい、久しぶりにぐっすり寝入った。
翌朝まだ寝ているアーラを起こさないように皐月と二人でリビングに行くとカーソンがコーヒーを入れてくれた。
「ありがとう君たち。これでアーラは少しは楽になるだろう。本当に本当にありがとう」
カーソンは今にも泣きそうな表情だ。
「いえ、俺たちが勝手にやったことですから」
「そうは言っても何かお礼はしたい。金で済むような話ではないかもしれないがいくらか持っていってほしい」
いきなりお金とは予想外だ。本当に勝手にやったことなので何だか逆に申し訳なくなる。
「結構ですよ。誰かに頼まれたわけでもないですし」
「そんなわけにもいきません、それでは私の気持ちは収まりません。20万ケルマほどしかありませんがどうぞ持って行ってください」
カーソンが慌ててお金を持ってくる。度々断ろうと思ったが皐月が俺の耳元でささやく。
「貰いましょ。くれるって言ってるんだし私の貯金もいつまでもつかわからない。この先街に着いたとき本を買ったり宿屋に泊まるにはお金がかかるから少しでも多いことに越したことはないわ」
それはそうなのだろうがお金を直接貰うのは気が引ける。それに額も額だ、20万ケルマも貰ってこの家の財政は大丈夫なのだろうか。カーソンは村長と言っていたからそこそこ稼ぎはあるのか、そもそも村長は職業ではなくただの役職なのか、など思案していたら、早く貰え、と皐月に背中をはたかれたのでありがたく頂戴することにする。
「私たちはそろそろ旅路に戻ることにします。泊めてくださりどうもありがとうございました」
そう言って頭を下げる皐月に俺も倣う。
「そうか、もっとゆっくりしていってもいいんだが、何やら急いでるみたいだな」
再度お礼を言い俺たちはカーソン宅を後にした。
「いいのか?最後にアーラちゃんと話さなくて」
「ぐっすり寝ていたもん。起こすのは申し訳ないわ」
アーラのことになると皐月は心なしか優しい声になる。
「この村の教会に行きましょ。コボルトを倒したから相当ポイントが貯まってるはずよ。もしかしたらレヴェル上げれるかも」
「この村にもあったんだな教会。いつの間に見つけたんだ?」
「どんなに小さな集落でもひとつは教会があるらしいの。ここのは昨日の昼間のんびり散歩してた時に見つけたの」
やっぱり皐月は俺がアーラを相手に四苦八苦して遊んでいた時のんびり散歩してたのか。文句の一つでも言ってやろうかと思ったがなにやら上機嫌のようだしまた今度の機会にしよう。
「中に入りましょ」
教会に着くと皐月はそう言い扉を開け台座の前まで早足で移動する。
皐月が予想していた通りレヴェルを上げるのに必要なポイント数が貯まっていた。
俺はスキルをレヴェル
用を終えたところで教会から出ようと扉を開けるとそこにはアーラが立っていた。
「あら、いつの間に」
俺も皐月も少し驚いた。
アーラが決心したような顔になる。
「ありがとう、伊織君、皐月ちゃん。ほんとうにありがとう。これでパパとママも少しは報われたと思う。だからどうしてもお礼を言いたくてここまで追いかけてきちゃった」
そう言いながらアーラは少し涙を流した。本当は意外と泣き虫なのかもしれない。
「礼には及ばないわ。それにアーラが途中で来てくれなかったら私たち死んでたでしょうね。むしろお礼を言いたいのは私たちの方よ」
その後もアーラは大粒の涙を流しながら何度も感謝を伝えてきた。
少し落ち着いたアーラに向かって俺たちはそれぞれ別れを伝える。
「じゃあねアーラちゃん。1日だけだったけどたくさん遊べて楽しかったよ。アーラちゃんは将来、パパとママのような立派な大人になれるよ」
「さようならアーラ。あんまり抱え込まないように困ったことがあったら何でも周りの大人に相談するのよ」
そう言うと皐月はアーラのピンクがかった髪をそっと撫でた。
「またどこかで伊織君と皐月ちゃんに会えるよね」
「約束はできないけど会えるといいね」
こういうところで絶対また会えると簡単に口にしないのが皐月らしい。芯がしっかりしてるというか、不器用というか。
村を出ようとする俺たちの背中に向かったアーラは何度もお礼を言い続けた。
「皐月さん意外と子供好きなんじゃないか」
「アーラだけ特別なのよ」
そう言って皐月は照れくさそうに笑った。
村を出て槍を再び回収してしばらく歩くと10月だというのにやけに暑いような気がしてくる。
「なんか暑くないか?」
「プーカに近づいてる証拠ね。あの街は常夏なの。もうすぐ先に砂漠が見えてくると思うわ、それを超えると目的の街プーカよ」
皐月の言った通りさらに1時間ほど歩くと砂漠が見えてきた。初めて見る砂漠に感動し辺りを見回すと遠くに何やら人影のようなものが見える。
「あれって人だよな?」
俺は人影のようなものを指さしながら皐月に尋ねる。皐月は俺の指先がさす方へ目を凝らす。
「そうみたいね。ずいぶん弱っているように見えるわ」
言われてみれば確かに歩く速度がかなり遅いような気もする。
「どうする?行ってみるか?」
「まあ、私たちの進行方向にいるんだし、ついでに声をかけてみましょうか」
俺たちはあまり音をたてないように警戒しながらそいつに近づく。近くなるにつれ何となく容姿がはっきり見えてくる。髪は背中くらいまでの黒髪長髪、俺と同じくらいの身長と年齢でやや細身の女性。どこか気弱そうな雰囲気が漂っている。そしてかなりの美人だ。
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