第6話 VSゴブリン

緑がかった図体に140センチほどの体長、筋骨隆々で木の枝を研いだのか槍のようなものを持っている。それはどう見てもゴブリンだった。あんなもので刺されたら場所によっては即死だろうな。これが雑魚モンスターの一種なのか。もう奴らには見つかっているんだから倒すしかない。だが俺の足はさっきから、ちっとも言うことを聞いてくれない。何とか自分を奮い立たせているとき、皐月が奴らのうちの一体に向かって走り出した。加勢したいが俺はそれを目で追うことしかできなかった。


一気に距離を詰める皐月。ゴブリンが皐月をめがけて槍を突く。それを寸前のところで体を左にそらして何とか躱す。さらにゴブリンに近づき、皐月は奴の口と鼻を目掛けて手を伸ばす。


「ウォーター5ペンテ

能力を使い奴の鼻と口に勢いよく水をまき散らす。呼吸ができなくなり、奴はパニックで尻餅をついた。その隙を皐月は見逃さなかった。奴の槍を奪いそのまま思いっきり振りかぶり胸のあたりを3度刺すと、奴は動かなくなった。容赦ないな。容赦などしていたらこっちがあのゴブリンのように殺されていたんだろうが。


その時、もう1体のゴブリンが皐月に向かっていくのが見えた。ここでようやく俺の足は動き出した。無我夢中で走る。足がもつれそうになるが何とか耐える。完全に皐月しか見えていないそいつに向かって俺は側面から思いっきりタックルをかました。なんとか奴を転倒さして、手から離れた武器を奪い取る。そのまま刺し殺そうかと思ったが既に奴は起き上がってこちらとの間合いを取っていた。武器を持っている俺のほうが有利なのは頭ではわかっているがまた、恐怖心が込み上げてくる。じっと奴の様子を伺っていると、また皐月が走り出し奴の顔面目掛けて腕を伸ばし能力を使う。奴が皐月に気を取られているうちに一気に近づき首元めがけて槍を突く。一突きで動かなくなったが念のため胸も刺しておく。何とか2体共倒せたようだ。



どっと疲れが押し寄せてきて俺はしゃがみ込む。

「はあ、はあ、しんど」

皐月がこちらに来る足音がする

「助けてくれてありがと。お疲れ様」

助けるというのは2体目のゴブリンが皐月を襲おうとしたとき俺がタックルしたことを言っているのだろうか。だったら礼を言われるのは変だ。そもそも俺が最初から戦っていればこんなことにはならなかった。


「すごいな皐月さんは、俺には一歩を踏み出す勇気がなかった」

「でも私を助けようとしたときは走り出せたじゃない。嬉しいものよ、そういうのって」

そう言った皐月の声は涙ぐんでるように聞こえた。よく見ると足も震えている。

そっか皐月も怖いに決まってるよな。自分が情けなくなる。



そのまましばらく休憩しているとふいに皐月がゴブリンの死体に寄って行く。

「どこ行くんだ?」

「ゴブリンを解体するのよ。もちろん食べるためにね」

振り返りながらそう答える。

冗談じゃない、あんな気持ちが悪いもの食べるわけあるか。腹をこわすに決まっている。


「俺はいいかな。皐月さんも止めといたほうがいいんじゃない」

「道中の魔物を食べないと餓死するわよ。それに伊織君の能力はレヴェル3なんだから焚火くらい作れるでしょ。良く焼けばきっと美味しいわよ」

魔物を食べなければ餓死するという理屈はわかるが気持ちがそれを受け入れてくれない。どちらにせよ皐月は食べる気満々なので焚火の用意をしておこう。

枯れ木を集め焚火を完成させたとき、皐月が気持ち悪い物体を持ってきてこちらに来る。


「それどこの部位?」

「足と手を一本ずつ。とりあえず焼いてみましょ」

あまりにもグロテスクのそれに思わず目を背ける。だがこの旅をしているとこういうことの連続だろうから少しでも慣れていたほうがいいだろう。俺は薄目を開けて見てみる。やっぱり気持ち悪い。

「流石にじっくり火を通さないと、生の部分があったら気持ち悪いしね」

良かった、皐月にもそういう感情は少なからずあるみたいだ。


1時間ほどかけてじっくり焼いたところでいよいよ食べようかという話になった。

「やっぱり俺はやめとくよ。まだそんなにお腹も減ってないし」

皐月が不思議そうにこちらを見る。

「なんで?もったいないじゃん。意外と美味しいかもしれないよ。まずは私が一口食べてみるから大丈夫そうだったら伊織君も食べなよ」

そう言うと皐月は肉片の一部をちぎり取り、ためらわずに口に入れた。


「うん、意外においしい。鶏肉みたいな感じよ」

皐月がこちらを見つめる。君も早く食べなよというプレッシャーを感じる。

どうにでもなれという気持ちで肉片を口に放り込む。確かに鶏肉っぽさを感じる。ゴブリンだということを除けば意外といけるかも。


「どう?美味しいでしょ」

「まあまあかな」

手放しに美味しいとは言えずそう答える。

そこから俺たちは無言で食べ進める。


「よし、じゃあ行きましょうか。あ、そうだこいつらの武器使えそうだから貰っていこ。ちょうど2つあるし」

立ち上がって焚火を能力で消しながらそう言う。

「そうだな。あれは意外と使えるしな」

それぞれ武器を持って俺たちは旅路に戻った。



道中何度かゴブリンやスライムに出会ったが1体ずつだったので、皐月が能力を使って気を惹いてその隙に俺が槍で奴らを突く、というお決まりの戦法で戦ってきた。

途中の休憩で何度か交互に仮眠を挟みながら3日ほど歩き続けたところで小さな集落にたどり着いた。


「あれは村かな」

「そうみたいね。あそこでゆっくり一泊したいわ。お風呂も入りたいし」

同感だった。仮眠では寝た気にならないし体もべたべただ。

「この槍は村に入る前にどこかに隠したほうがよさそうね。物騒だし、盗賊かなにかと勘違いされるかも」

俺たちは村から少し離れたところに槍を隠した。


村に入ると、じろじろと視線を向けられる。どうやらよそ者が来ることがよっぽど珍しいらしい。皐月が目についた初老の男性に声をかける。


「この村に宿はあるかしら?」

男性は怪訝な顔をする。

「ないね、この村に誰か来ることなんてめったにないからね」

「そう、ありがとう」

困ったことになったな。ゆっくり休憩ができると思った期待が萎んでいく。皐月も俺と同じ気持ちらしい。大きなため息をついた。


「サンダー3タリア!!サンダー3タリア!!」

声をしたほうに目をやると小さなピンク髪の女の子が必死に能力の練習をしていた。この村にとっては日常なのか、村人たちはさして気にする様子もない。

「何してるの伊織君、早く行くわよ」

あまりにも少女が必死だったので思わず見つめてしまっていた。


皐月は今度は老人男性に声をかけた。

「この辺りで宿屋はないかしら?」

「残念だけどないねー。わしの家に泊まれんこともないがお嬢ちゃんたち何者なんだ?なんでこんな辺鄙な村に?」

「ちょっと旅をしていてプーカという街を目指してるの。私は皐月で彼が伊織よ」

老人が俺たちを値踏みするように見つめる。

「なるほどね。ま、長年のわしの勘だが悪い人たちではなさそうだな。アーラの相手をしてくれるのなら1日くらい泊めてやってもいいぞ」

アーラ?この老人の孫の名だろうか。


老人がアーラ!と呼ぶと先ほど熱心に能力の練習をしていた少女が駆け寄ってきた。

「カーソンさんどうしたの?」

アーラと呼ばれた少女が無垢な顔で尋ねる。

「アーラこのお姉さんたちに遊んでもらいなさい」

老人がそう言った瞬間皐月が引き攣った顔で俺の耳元でささやく。

「伊織君お願いね。私子供はあんまり得意じゃないの」

そう言われても困る。俺もどう接していいのかいまいちわからない。だがこんな時くらいは皐月の役に立ちたい。

「わかった」

気が付けば俺はそう答えていた。


「君アーラちゃんっていうの?俺は伊織、こっちの怖い顔をしたお姉さんは皐月っていうの。宜しくね」

皐月が背中をつねってくる。怖い顔をしていたのは事実だからそれくらい言ってもいいだろう。カーソンさんと呼ばれていた老人は「いっぱい遊んでもらえよ」と言い残してどこかに向かった。

「私はアーラ。8歳。お兄さんたちカーソンさんのお知り合い?」

「まあそんなとこかな」


なぜアーラは先ほどの老人を名前で呼ぶのだろう。ひょっとして祖父と孫の関係では無いのだろうか。よく見るとアーラと名乗った少女は小指に青いリングをはめていた。

どう遊んだらいいかわからなかったがとりあえずだるまさんが転んだや、かくれんぼをして夕方まで遊んでいた。アーラが終始楽しそうだったので何よりだ。その間皐月はどこかに行っていたようだが日が暮れかかるころに合流した。



「案外楽しそうね」

皐月が涼しげな顔で言う。

「楽しいけどやっぱり気を遣うよ。皐月さんはのんびりお散歩でもしてたの?」

皮肉を込めて言うとむすっとした顔になった。

「のんびりはしてないわよ。この村にも本屋の類はないか探してたの」

そう言われるとこれ以上追撃のしようがない。普段辛辣なことを一方的に言われているからせっかくの反撃のチャンスだっただけに残念だ。


「それで、あったのか本屋は」

「あるにはあるけど、大分こじんまりとしてた。蔵書も私たちのいたホークにあったものばかりだったわ」

要するに進展なしか。


「伊織君とお姉さん何話してるの?」

いつの間にか俺のことを伊織君と呼ぶようになったアーラが無邪気に尋ねる。

「なんでもないよ。このお姉さんも一緒に遊びたかったって言ってる」

またしても背中をつねられる。

「君たちアーラの相手をしてくれてありがとう。家に来るといい、晩飯作ってやろう」

いつのまにか現れたカーソンが嬉しそうに俺たちを見て話す。

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


カーソンに案内されこじんまりとした家にたどり着いた。中に入っても人がいないことから恐らくこの家でカーソンとアーラの二人暮らしなのだろう。



リビングで3人でカードゲームをしていると「できたぞ」とカーソンの声が響いた。

テーブルに並ぶ料理はどれも美味しそうだった。おそらく大半は魔物の肉なのだろうがあまりそれは考えないようにしよう。4人で皿を空にすると遊び疲れた上に満腹で眠気が来たのだろうアーラが夢の中へ入っていった。


「すまないね、初対面だというのにこの子の相手をしてもらって、今日はゆっくり泊っていってくれ」

「いえ、俺も楽しかったですから」

カーソンの表情が曇る。

「そう言ってもらえると助かる。この村に小さな子供はいなくてな、この子は一人だったから寂しかったはずだ。あんなに楽しそうにはしゃいでるアーラを見たのは久しぶりだよ」


空気が重くなる中、皐月はまっすぐにカーソンを見つめて口を開く。

「あの、失礼ですけどこの子の両親は?」

本当に失礼だな。どう考えたって訳ありなんだから聞かなきゃいいのに。今の話を聞いてアーラのことを不憫に思ったのだろうか。皐月も恩人の2人をなくしてからずっと1人だったからどこか自分と重ねているのだろう。


カーソンはそんな直球に聞かれると思わなかったのか一瞬驚いた顔をする。

「2年前に死んだよ。魔物に襲われてな。コボルトという恐ろしい強さをした魔物がこの村の近くに1体だけいるんだよ。わしはこの村の村長で一人になったこの子を引き取って一緒に暮らしているんだよ」

それでアーラはカーソンのことを名前で呼んでいたのか。

もうこの話はしたくないとでも言うかのようにカーソンは手をたたいた。


「さっ、起きろアーラ、お風呂の時間だ。このお姉さんと一緒に入るか?」

アーラは眠そうに眼をこすっている。

「ん、いいの?お姉ちゃん」

皐月の顔がとんでもなく引き攣っているが流石に本人を目の前にして嫌ですとは言い出せなかったようで不承不承という感じで二人は風呂場に向かった。


両親が魔物に殺された。皐月と同じような状況だ。魔物が跋扈しているこの世界では往々にしてこんな状況があるのか。そう思うとやるせなくなる。異世界転生は子供のころに憧れたこともあるが現実はこんなものか。早く元の世界に帰りたい気持ちが一層強まった。

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