第3話 家

動かなくなったそいつを見つめる。急に動き出したりしないかと心配したが大丈夫なようだ。


「こいつってもしかしてスライムなのかい?」

「どう見たってそうでしょ」

「俺の認識が間違ってなかったらスライムって一番の雑魚モンスターなんだけど」

皐月が不思議そうな顔をする。

「そうよ断トツで一番弱い魔物よ。もっとも私はスライム以外の魔物は図鑑でしか見たことないけど」

これで最弱かよ、この先のことを思うと絶望感が増す。


「やっぱり怖気ずいた?」

皐月が意地悪なことを聞く。

「私もねすごく怖いよ。怖くて怖くて仕方がない。でもさっき伊織君が言ったように元の世界に帰れないほうがよっぽど怖い。意外と同じ感情なのよ。 さっ、帰ろっか」

そう言うと皐月はおもむろにスライムに近づき中身をほじくっている。


「何してるんだ?」

「中身を取ってるのよ。後で食べるから」

「は?本気で言ってるのか?なんか病気になったりしないのか?そもそも美味いのか?」

「普通に美味しいわよ、刺身みたいな感じかしら。この世界に動物はいないの、だから魔物を食べるしかない。野菜や果物はあるんだけどね、それだけだとどうしても栄養が偏るし。それとね、魔物も人間を食べるの。だから人間を襲う。食うか食われるかの命がけの戦いよ」

魔物が人間を食う?考えただけで気分が悪くなる。だがよく考えてみれば納得できるような気がした。危険を冒してまで魔物が人間を襲う理由になるからだ。


「伊織君も持って」

そういうと皐月はスライムの肉片でふさがった両手の代わりに顎でスライムの死体をしゃくった。

そっと近づく。もう動かないとわかっていたが、さっきのしかかられた光景が一瞬フラッシュバックする。ゆっくり腰を下ろしそっと手を伸ばし触れてみる。思っていたよりも粘りっけがあり不快だ。勇気を出して両手一杯に掬う。

「早く帰るわよ」

完全にビビりきっている俺の感情など知ったことではないという言葉で皐月が俺を急かす。


二人で両手一杯にスライムを抱えて歩くというのはなかなかシュールな光景だ。これだと目立つのではなかろうかと不安に思ったが街の人からすればこんなの見慣れた光景なのか特に誰も気に留めなかった。

道中俺は疑問に思ったことを皐月に聞いてみた。

「なあ、さっきスライム倒したとき、俺はパニックになっていてすっかり忘れてたんだがなんで皐月さんも能力を使わなかったんだ?」

「一回見たでしょ私の能力。あれが今の私の最大の力なの。能力のレヴェルで言うと5よ。あんなのが当たったところでどうにもならないわよ。殴ったほうが何倍も効果があるわ」


俺は最初に皐月に会った時、この世界が異世界だということを俺に信じさせるために見せてくれた光景を思い出す。ホースにつないだ蛇口を思いっきり捻ったような水の威力。あれがこの世界にきて5年の賜物。そしてあれで10段階のうちの5段階目。


「もしかして能力ってあんまり役に立たない?俺、剣とか使おうかな....」

皐月がため息をつく。

「剣を使いたきゃ使えばいいわよ。ただあなたより何倍も体格がいいNPたちが毎日死ぬほど剣の訓練をしても倒せない魔物が山のようにいるわ。ただの大学生がNPより腕がいいとは到底考え難いわ。それに魔物は人間ほどやわじゃない。その魔物を倒すための武器なんだから、私たちの世界にあった剣とは重さが桁違いよ。持ち歩くことすら困難だと思うな。」

確かにそうだ。ちょっと考えてみればわかるはずだ。さっきすれ違ったNPの背格好を思い出す。俺より1周りほどの大きさ、筋骨隆々な腕。あいつらでも倒せないなら俺が剣を使ったところでどうしようもないだろう。この世界の主人公でもない俺がどうして奴らを超えられようか、俺の考えが浅はかだった。剣も能力もあまり使い物にならないとなると先が思いやられる。落ち込んでる俺に皐月が口を開く。

「伊織君がどう考えてるのか知らないけど別に私は5年間でスキルや能力を極めようとして、未だにあの威力ってわけではないから。一般市民があんまり高威力の能力を持ってるとそれだけでNPに目を付けられる危険性があるの。だからみんな生活が便利になるくらいで十分だと考えてる 。高レヴェルの能力を使っているのなんてNPか犯罪者やそれを企む人、もしくは変人。それにね、ちゃんと高レヴェルの能力は魔物に効く威力になるから」

「慰めのつもり?」

皐月がむすっとした顔になる。

「事実を言っただけよ」


両手に未だ慣れない物体を持ちながら数十分歩き、俺たちは街の中心部辺りに戻ってきた。


「私の家に案内するわ。ここを旅立つまでは伊織君には私の家で勉強をこなしながらスライムと戦って少しでも戦闘に慣れてポイントを稼いでもらうわ。これから半年間二人暮らしよ、嬉しいでしょ。」

最後の一言は無視して気になることだけ尋ねる

「ポイント?」

「言ってなかったっけ。魔物を倒すとポイントが貯まるの。貯まるポイントは魔物の種類によりけりね。基本的に珍しい魔物や強い魔物のほうがポイントが貯まりやすい。ちなみにスライムは1ポイント。貯まったポイントで能力かスキル、どちらかの威力を上げることができるの。レヴェルが上がるごとに必要とするポイント数も大きくなる。最初、1から2に上げようと思うと100ポイント必要ね」

なるほど、どう考えてもスキルのヒールを延ばすことが先決だ。痛いのは御免だし何より死んでは元も子もない。


もう一つ疑問に思ったことがある。二人暮らしとはどういうことか。今、皐月は一人で暮らしていることになる。この世界にきてからずっと一人で暮らしていたのか?急に右も左もわからない異世界に飛ばされていきなり一人で生活するなど可能なのか?

俺には無理だと確信したが目の前の彼女ならそんなの当然よ、と言わんばかりにやってのけそうな気もする。気になったが皐月に聞くのはやめた。何か深い事情があれば気まずいし、それに家につけば少しは何かわかるかもしれない、なにより二人暮らしが嬉しいか?という疑問に俺が何も言わなかったからなのか、心なしか皐月が不機嫌そうに見えるからだ。


「ここよ」

ふいに皐月が立ち止まった。さっきまでの不満げな顔はどこへやら、おもちゃを自慢する子供のような得意げな顔になっていて安心する。どうやら皐月の家に着いたみたいだ。これから二人で暮らす家にでもある。どんなものかと顔を上げると想像よりもかなり広そうな外観だった。相変わらずの中世ヨーロッパ風の建物で1階建て。一人暮らしと聞いていたのでもっとこじんまりしているものかと思っていたから驚いた。


「中に入って、遠慮しないでいいわ」

扉を開け中に踏み入る。外観で抱いた印象通り、中も一人暮らしには似つかわしくない広さだった。小さめの玄関の奥に10畳ほどのリビングキッチンが目に入る、その左右に扉が一枚ずつ。おそらくあの扉の先にも部屋がそれぞれあるのだろう。これなら二人でも十分な広さだ。

「意外と広いんだな」

素直な感想を口にする。

「元々は三人で暮らしていたからね。私一人だとスペースの無駄遣いだったわ」

「三人?」

皐月はそのまま中に入りテーブルに向けられて並んである3つの椅子のうちの1つに腰掛け、手に持っていたスライムの破片を無造作にテーブルに置き、こちらを見つめる。どうやら、あなたも座れば、という合図らしい。


俺も皐月に倣って彼女とテーブルを挟んで向かい合う椅子に腰かけスライムをそっとテーブルに置く。

「私がこの世界に来た時優しい夫婦に拾ってもらったの....」


そこから皐月はこの世界に来てどうやって今日まで生きてきたのかその経緯を話し始めた。

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