第2話 出会い

「早くこんなところからおさらばしましょ」


「私ね伊織君が最初に日本語を話したとき信じられない気持ちと、良かったこの世界に来たのは私ひとり一人じゃないんだっていう安堵感があったの。それで少し泣きそうになっちゃった」

皐月と最初に会話した時目が潤んで見えたのはそういう理由かと納得した。


「伊織君も帰りたいでしょ元の世界に」

「そりゃー、大学もあるし親や友達も心配しているだろうし帰りたい気持ちはやまやまだけど、どうやって帰るの?」

「さっきも言ったでしょ帰り方は知らないって」

そう言いながら皐月は地面に腰を落とし君も座れば、という視線を向けてくる。


皐月に倣って座ろうとした俺を横目に皐月は続ける。

「でも仲間が一人増えた。二人なら元の世界に帰る方法を見つけられるかもしれない。」

「皐月さんも帰りたいの?元の世界に」

そう聞くと皐月は少しむすっとした顔になった。

「当たり前でしょ!私にも愛する恋人や友達や家族がいるもの!寂しいに決まってるじゃない!」

語気を強めた皐月に対して無遠慮なことを聞いてしまったなと反省した。そりゃそうだ。こんなところに一人放り出されて5年も過ごすなんて早く帰りたいと思うに違いない。


「元の世界に帰る方法なんてどうやって見つけるんだ?文献でも漁るとか?」

「もうさんざん漁ったわよ。本屋の本も図書館も調べつくした。元の世界に戻る方法はもちろん、穴のことも何の記述もなかった。私と同じような状況の人がいないかも調べてみたけど日本人らしき名前すら載っていなかった。」

「日本人?別に元の世界から穴に落ちてきた人が全員日本人とは限らないんじゃないか?そもそも俺たち以外にそんな人がいるのかもわからないけど」

「穴に落ちた人が私たち以外に誰もいないことはあり得るわ。もし、いたとして海外の人の可能性もあるでしょうね。でも私には海外の人の名前とこの世界の人の名前との区別がつかない」

なるほどねー、それなら打つ手なしなんじゃないか、それどころか帰る方法なんて本当にあるのだろうかと考え込んでいると皐月が呟いた。


「だから私ね旅に出ようと思うの。5年間この街を離れたことはないから、この街のことしかわからない。だから色んな街を巡ると何か手掛かりが見つかるかもしれないし、私たちと同じような状況の人がいるかもしれない。それにここにはない本もたくさんあると思う。そこに何かヒントが書いてあるかもしれない。ほんとはずっと前から思ってたことなんだけど一人じゃ心細くて勇気が出なかった。でも二人ならいけると思う」

「二人って俺も行くことになってるのか?」

「もちろん!断るなら私はあなたを置いてこの街で暮らすわ。伊織君はこの世界のルールや決まり事も言語も何も知らない状態で彷徨うことになるけど」

「もちろんついて行くに決まってるじゃないか」

こんなところで一人にされたら俺は1週間も生きていけない自信がある。

「でも今すぐってわけにはいかないわ。伊織君にはこの世界のルール的なものを教えないとだし言語も習得してもらわないと。半年で覚えてね。できるよね?」

なんとなく皐月の性格がわかってきた。ボーイッシュな見た目に違わず勝ち気でS気がある。


「さ、行くわよ。この街を案内してあげる」

そういうと彼女は立ち上がり、ずいずいと街のほうに歩を進める。

俺は急いで彼女を小走りで追いかける。


「街に入ったら小声で会話しましょ。異国の言葉で話してると変に注目を浴びるかもしれないし」

「わっかた」

早く言語を覚えないと会話をするのもいちいち気を遣うわけか。だから皐月は半年で覚えろなどと無理難題を。


数分歩くと街の入り口が近づいてきた。人も街並みもすべてがゲームの中みたいだ。街の人々の髪色は十人十色。もちろん俺たちのような黒髪も少なくない。服装は女性はワンピースのような形で地味な色合いの服装が多い。男性はワイシャツに腰にベルトのようなもの巻いてタイトなズボンを履いている人が多くちらほらとtシャツの人もいる。皐月に目をやるとワイシャツに黒のタイトめなズボンという出で立ちだ。イメージ通りだななどと考えていると俺のパーカーにジーンズは相当浮くんじゃないかと思い始めた。


「<ホーク>よ」と唐突に皐月は呟いた。

「ホーク?」

「この街の名前よ。平和で平凡な街。結構いい街よ」

「平凡って、皐月さんこの街以外に行ったことないんだよね?」

皐月は少し唇を尖らせた。

「本で読んだから他の街のことはなんとなくはわかってる」

そんな返答を聞いていると、対面から険しい顔をして刀を携えた男が歩いてくるのが目に入った?

「あれは?」と顎でその男をしゃくりながら皐月に聞いた。

「NPよ。私たちの世界でいう警察みたいなもの。少し荒っぽい人が多い。余り関わらないのが無難ね。」

NPと呼ばれるその男とすれ違う時睨まれたような気もするが特に何かを言われることもなかった。ホッとして皐月に離されないように速足な彼女を追った。


「そういえばこれってどこに向かってるの?」

「教会よ。そこに行けば伊織君に何の能力があるのかわかるの」

「俺に能力、俺にもさっき皐月さんがやっていたような魔法が使えるってこと?」

「そういうこと。この世界には私の知る限り3つのスキルと3つの能力があるの。スキルはディフェンス オフェンス ヒール。能力は火 水 電気よ。稀にこれら以外の能力、特殊と言われる能力を持っている人がいるという噂もあるけれど本当かどうかはわからない。スキルも能力も何を持っているのかは生まれつき決まってるの。そして、スキルも能力も10段階の強さがある。基本は一人1種類ずつ、才能のある子だと2種類持っていることもあるわ。」

流石にワクワクする。ファンタジーRPGは子供のころにはよくやったし、魔法が使えたらと妄想したのも1度や2度ではない。俺にはどんな能力があるのか楽しみで仕方がない。思わずにやけてしまった俺の顔に一瞥くれた皐月はため息をついた。

「あなたはこの世界の主人公なんかじゃないんだから特別なスキルや能力なんて期待しないことね」

いきなり出鼻をくじくようなことを言われた。そんなことは俺だって薄々気づいてはいるけど期待くらいはしてもいいじゃないか。


前方に目的地らしき建物が見えてきた。木造の三角屋根。入り口には重厚なドアにところどころにあるガラス窓。俺のイメージする教会そのものだ。


「ここよ」

中に入ってみると外見からイメージした印象よりも狭いように思う。狭いというか窮屈。少し息苦しい感じがする。それに若干の埃っぽさと黴臭さを感じる。そんな匂いすらもこの教会には似合っている感じがするから不思議だ。

中を見渡しても人の気配がない。どうやら俺たちしかいないようだ。


「能力やスキルを獲得するとき以外に用はないから人は基本いない。熱心な教徒は毎朝祈りを捧げに来るけど」

「皐月さんはその熱心な教徒なのかい?」

「まさか、元の世界でも無宗教なのにこの世界の宗教を信じるわけないでしょ」

教会で言うには憚られるようなことを平然と言う皐月に少しひやひやする。


皐月は鼠色の薄汚れた四角い台座のようなものの前で足を止めた。何か異質な雰囲気を纏っているようにも思えるそれは、高さは俺の腰ほど、大きさは縦横15センチほどの代物だ。


「何これ?」

「これに手を翳せば自分のスキルや能力が分かるわ」

さっき皐月にはああ言われたが自分には何か特別な力があるんじゃないかと期待せずにはいられない。生唾を飲み込みはやる期待を抑えながら台座に手をかざす。すると台座が柔らかな青緑に光り、何かが表示される。


<■■■■■■■■■■■■■……………..>

「あの、翻訳してもらってもいいかな」

皐月が面倒くさそうな表情をして表示された文字を覗き込む。


「スキルはヒール。能力は火よ。一番よくある組み合わせね」

やっぱり特別な力なんてなかったか。いや、考えようによっては手から火を出したり怪我を治せるんだから十分特別か。


「もうこれで能力を得られたの?」

「そうよ」

ずいぶんあっさりしてるんだな。拍子抜けする。

「よかったわねオフェンスじゃなくて」

「オフェンスだと何かまずいの?」

「オフェンスは攻撃的な人が多い。オフェンスだってだけで犯罪者予備軍に見られる場合もある。実際のところはほんとに攻撃的なのかどうかは知らないけれどそんなイメージや偏見がこの世界にはあるの」

どの世界にも理不尽な思いをする人はいるんだんな。


ん?まだ下のほうに何か書いてあるのを見つける。

「これは?」

「ああ、最初に能力を獲得した時にだけ近距離か遠距離を選べるの。左下に書いてあるのが近距離、右下が遠距離よ。さっき私が見せたような手から直接能力を出すのが近距離で少し離れた何もない空間から能力を出すのが遠距離よ。遠距離はかなり威力が落ちるからよっぽどの変わり者以外普通は近距離を選ぶわね」

その言葉を聞き終えるのと同時に俺は迷わず右下の文字に手を触れる。

そんな俺の行動を皐月は呆れた様子で見つめる。

「伊織君ってよっぽどの変わり者だったんだね。ちょっと不安になってきた」

「だってモンスターと戦うなんて当たり前に怖いじゃん。少しでも離れて戦いたいと思うのは普通だと思うけど」

「かなり威力が落ちるって私の言葉聞いてなかったの?それに伊織君が思ってるほど遠距離じゃないわよ。」

「それを加味してもだよ」


早速スライムを倒しに行くと言う皐月に連れられ、俺たちはまた街の入り口まで引き返してきた。


「魔物を倒しに行くのはいいんだけど能力やスキルってどうやって使うんだ?」

「精神を集中させると体の真ん中が熱を持つような感覚になるわ。それを一気に解き放つようなイメージで能力やスキルの名前を発するの。まあ実際やってみなきゃ説明を聞いたところで理解不能だと思うけど」

「名前って?」

「さっき取得した能力、伊織君だったら火ね。それにその能力のレヴェルを合わせるの。さっき言ったでしょ、能力やスキルは10段階あるって。伊織君はまだレヴェル1だから、<ファイアーエナ>って名前ね。」

そこまで説明を受けたところで街の入り口を抜け人がまばらになってきた。


この世界にやってきてまだ1匹も魔物など見ていないが一体どこにいるのだろう。

そんなことを考えながらさらに10分ほど皐月に付いて歩く。いつまで歩くのかと完全に気を抜いていた瞬間右足に痛みが走り思わず後ずさるとその拍子にしりもちをついた。


何事かと思い前方を見ると、そこには濃い緑の大きさ50センチほどの体格をした丸みを帯びた生物がいた。

「は、は、はああ」

パニックになってうまく言葉が出ない。何とか逃げようと起き上がろうとした瞬間そいつは俺の腹にのしかかってくる。鳩尾に衝撃が来たことでうまく呼吸ができない。じたばたともがくことしかできず情けない気分になる。この時俺の頭からは能力のことなんてよぎりもしなかった。

「あ゙あ゙あ゙ーー!!!!!!」

雄たけびにも似たその声を聞いた瞬間俺の体に乗っていた重みが消えた。


皐月が緑の生物に馬乗りになっていた。どうやら皐月が体当たりをかまして助けてくれたようだ。皐月はその状態のままそいつに向かって何度も拳を振り下ろす。その猛攻が20秒ほど続いたところでそいつは完全に動かなくなった。

「はぁはぁはぁ...」

皐月の息切れの音だけがその場に響く

「大丈夫?伊織君」

「痛かったけど怪我はないみたい。皐月さんのほうこそ手怪我してる」

皐月の拳から血が数滴滴っている。

「ヒールタリア」「ヒールタリア」「ヒール3タリア

皐月がスキルを使うたびに傷が治っていき3回目で擦り傷程度になった。


「どう?初めての魔物とのバトルは」

「こんなに恐ろしい経験をしたのは初めてだよ」

「伊織君はもう私の仲間だから今更怖気ずいて逃げ出すのは許さないからね。どうしても怖いなら大丈夫だけど...」

「怖いけど元の世界に帰れないほうがよっぽど怖いよ。だから逃げ出しはしないよ」

そう言うと皐月は安心したように笑った。

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