第25話 見えてきたもの
季節が移り変わり、夜間高校に通い始めてから半年が過ぎようとしていた。真一の日々は、少しずつ安定してきていた。最初は不安と孤独の連続だった学校生活も、今では授業やクラスメートとの会話に、どこか楽しさを感じられるようになっていた。
進路調査票
ある日、先生から配られた「進路調査票」に、真一は悩まされることになる。「卒業後の進路について考えを書いてください」と書かれたその用紙に、彼はペンを持ったまま、ただ空白を見つめていた。
「進路なんて、まだ分からないよ……」
つい声に出して呟いてしまう。授業が終わった後も、その用紙を鞄に入れることすらできず、机の上に置いたままだった。
「何か悩んでるのか?」
後ろから声をかけてきたのは良平だった。彼も進路調査票を片手に持ちながら苦笑いを浮かべている。
「俺もこれ、何書けばいいか分かんねえよ。正直、今の仕事続けるしかないし」
「良平でもそう思うんだ」
「そりゃそうだろ。でも、これ書けって言われた以上、何かしら書かねえとな」
良平の軽い言葉に、真一は少し気が楽になった。
先生との相談
次の日、進路相談の時間が設けられた。生徒一人ひとりが先生と話をする時間があり、真一の番が回ってきた。職員室の机に座り、先生と向き合うと、少し緊張した。
「真一くん、進路調査票のことだけど、何か書けそうかな?」
先生の穏やかな声に、真一は正直に答えた。
「まだ全然分からなくて。自分が何をしたいのかも、何ができるのかも見えていないんです」
先生はうなずきながら言った。
「それでいいんだよ。今は分からなくても、少しずつ自分の得意なことや興味のあることを見つけていけばいい。それが分からなければ、選択肢を広げるために勉強を続けるのも一つの手だね」
「選択肢を広げる……」
その言葉が、真一の中に小さく響いた。
初めてのアルバイト
先生との相談を終えた後、真一は一つの決断をした。少しずつ自分を広げるために、何か新しいことを始めてみようと。それが「アルバイト」だった。
母親に相談し、家の近くにある小さな書店で週に数回働くことになった。仕事内容はシンプルで、商品の整理やレジ打ち。初めての職場での経験に、真一は緊張していたが、どこか新しい景色を見るような感覚があった。
「いらっしゃいませ」
ぎこちない笑顔でお客さんを迎えながらも、仕事を終えたあとには小さな達成感があった。
良平との会話
学校で良平にアルバイトを始めたことを話すと、彼は驚いた顔をした。
「マジかよ! お前がバイトするなんて、なんか感慨深いな」
「なんだよそれ」
「いや、最初会ったときは、学校だけで精一杯って感じだったからさ。でも、なんかお前、最近変わってきてるよな」
その言葉に、真一は少し照れくさそうに笑った。
見えてきたもの
夜、書店での仕事を終えて帰り道を歩く中で、真一はふと立ち止まった。街灯に照らされる道路が、どこか自分の未来の道のように見えた。
「選択肢を広げる……か」
先生の言葉を思い返しながら、真一は少しだけ未来に希望を感じていた。まだ何がしたいのかは分からない。でも、少しずつ自分の世界を広げていけば、いつかその答えが見つかる気がしていた。
夜空にはまた小さな星がいくつも輝いている。真一はその星々を見上げながら、自分の中に芽生えた小さな変化を感じていた。
「今はこれでいい。少しずつ歩いていけば、いつか未来が見えてくる」
そう心に言い聞かせながら、真一は家へと足を進めた。
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