第12話 苦手を克服する一歩
新しい一日が始まり、真一は教室の自分の席に座っていた。いつもと同じ風景のはずなのに、どこか心が軽い。前日の授業で得た小さな自信が、彼の気持ちを変え始めていた。
美術の再挑戦
その日は、美術の授業があった。前回の授業で「自由に描いていい」と言われたにもかかわらず、何も描けずに終わってしまった真一にとって、苦手意識が強く残る時間だ。
「今日は前回の続きです。まだ完成していない人は自由に仕上げてくださいね」
先生がそう言うと、生徒たちは一斉にクレヨンや絵筆を手に取り、思い思いの作業を始めた。
真一は机の上に置かれた画用紙を見つめた。白紙のままのそれが、まるで自分の心の中を映しているように感じた。
「何を描けばいいんだろう……」
ペンを握る手が震える。
良平の一言
隣で作業をしていた良平が、ちらっと真一の画用紙を見てきた。
「おい、まだ真っ白なのかよ。描くの苦手?」
真一は小さくうなずいた。
「まあ、適当でいいんだって。お前が好きなもんとか、何でもいいじゃん」
良平の軽い一言に、真一はふと自分の好きなものを思い浮かべた。何気なく考えたのは、自分が落ち着ける場所――夜の空だった。
「夜空……描けるかな」
呟きながら、真一は黒と青のクレヨンを手に取った。
手を動かす時間
黒いクレヨンで夜の暗闇を、青でその中に溶け込む微かな光を描き始める。最初はぎこちない線ばかりだったが、手を動かしているうちに少しずつ楽しくなってきた。星空を点々と描き入れ、月を配置し、最後には少し温かみを感じさせる黄色を混ぜてみた。
完成した絵を見つめると、それは決して上手とは言えないものの、自分の心を映し出したような作品だった。
先生の言葉
授業の終わりに、先生が教室を回りながら生徒たちの作品を見ていた。真一の机の前に立ち止まると、少し驚いた表情を見せた。
「真一くん、これは夜空? とても雰囲気があるね。あなたらしさが出てると思うよ」
その言葉に、真一は少し顔を赤くしながら「ありがとうございます」と答えた。自分が認められたような気がして、心が温かくなった。
小さな成功の意味
授業後、良平が真一の絵を見て笑った。
「お、やればできんじゃん。何だ、結構いい感じだな」
その言葉には揶揄の要素はなく、ただの純粋な感想だった。
「なんか、描いてみたら意外と楽しかった」
真一は自然と笑顔になっていた。苦手だと思っていた美術の時間が、少しだけ楽しいものに変わった瞬間だった。
帰り道の変化
帰り道、真一はまた夜空を見上げていた。そこには、描いた絵と似た景色が広がっている。いつも見ていた風景なのに、どこか違って見えた。
「苦手なことでも、やってみたら意外と面白いのかもしれない」
そんな新しい感覚が、真一の中に芽生えていた。
夜空には相変わらず少ない星しか見えなかったが、それでも一つ一つの光が心に届いてくるような気がした。そして、その星々は彼に「次の一歩を踏み出せる」と静かに語りかけているようだった。
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