第5話 夜間高校のリアル

夜間高校に通い始めて一週間が過ぎた。夕方に登校し、日が沈む頃には授業が始まり、学校が終わるころには夜の静けさが街を包んでいる。最初は新鮮だった夜間高校の雰囲気にも、真一は少しずつ慣れてきた。


しかし、この学校には想像以上に独特の苦労があることを知り始める。


授業の静けさと孤独


夜間の教室は静かだ。昼間の学校のような活気があるわけではなく、生徒たちはそれぞれのペースで授業を受けている。真一も授業に集中しようとするが、どこか物足りなさを感じる。中学校ではうるさいクラスメートに悩まされていたはずなのに、この静けさが逆に心に空虚感を与える。


ふと時計を見ると、夜の8時を過ぎている。外は暗く、教室の蛍光灯の白い光が余計に目に刺さる。

「普通の高校生は、もう家でくつろいでいる時間だろうな……」

そんなことを考えながら、ノートを取り続ける。


バイト組との温度差


同じクラスの生徒たちの多くは、昼間にアルバイトをしてから学校に来ている。昼間働いているため、夜になると疲れが見え、授業中にうとうとしている人もいる。

「仕事終わりで学校って、キツいよな」

隣の席の良平がぼそっと漏らす。彼も昼間は飲食店で働いているらしく、授業中に疲れて居眠りしてしまうこともある。

「お前、学業専念なんだよな? それ、逆にすごいわ」

良平がそう言ったが、真一には素直に受け取れなかった。アルバイトができないのは、朝起きるのが苦手で、マルチタスクが苦手だからだ。それを「専念」と言い換えたところで、自分の無力感は拭えない。


疲れの中での人間関係


夜間の授業が終わる頃、真一はクラスメートたちの帰り際の会話を耳にした。

「明日はまた朝からバイトかよ、マジでしんどい」

「わかる。でも、バイトしないと生活きついからな」

彼らの声は疲労と現実に満ちていた。その中に、自分は少し違う孤独を感じていた。昼間何もせず、ただ学校に通うだけの自分が、彼らと同じ舞台に立てているのだろうか。


ある日、授業が終わった後、先生が声をかけてきた。

「真一くん、少し話せる?」

職員室に呼ばれた真一は、椅子に座り、先生の話を聞いた。

「昼間にアルバイトをしている生徒が多い中で、君は学業に専念している。それはそれでいい選択だと思うけれど、どうだい? 少しアルバイトをしてみようと思わない?」

その言葉に、真一の心がざわついた。中学校時代と同じように、自分の「できない」を否定されるのではないかという恐怖心が湧いてくる。


「僕は……朝が弱いので、多分、バイトは無理だと思います」

絞り出すように言うと、先生は静かにうなずいた。

「そうか。でも、社会に出る準備として、少しずつ挑戦するのも大事だから、いつでも相談してね」

表面上は優しい言葉だったが、真一にはその裏にある「やるべきだ」という圧力を感じていた。


帰り道の不安


夜の学校を後にし、真一は一人で歩いて帰る。暗い道を歩くとき、心も少しずつ暗くなっていく。昼間もバイトをして頑張るクラスメートたち、そしてアルバイトを勧める先生。自分だけが何もできていないような気がして、ふと立ち止まる。


夜空を見上げると、満月が静かに輝いていた。

「僕は、ここで何を得られるんだろう……」

そんな疑問が頭をよぎる。自分だけが抱える空腹や無力感、そして馴染めない孤独。それでも、どこかでこの日々に意味を見つけたいと思っている自分がいる。


「とりあえず、明日も行こう」

小さく呟き、再び歩き出した。夜間高校のリアルは、まだ真一にとって未知の世界だった。

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