第6話 苦手なことを押し付けられる

真一が定時制高校に通い始めて2週間が経った。少しずつ学校の雰囲気には慣れてきたが、自分のペースで生きることの難しさに直面し始めていた。


この日の授業は美術だった。真一は教室に入ると、机の上に大きな画用紙とクレヨンが置かれているのを見て、一瞬緊張が走った。

「今日は自由に絵を描いてみましょう。好きなものでも、頭に浮かんだものでもいいですよ」

美術の先生はそう言いながら教室を見渡す。自由に描いていいと言われても、真一は何を描けばいいのかわからなかった。


クラスメートたちは早速手を動かし始めているが、真一の手は止まったままだ。

「絵なんて、まともに描いたことないし……」

中学校の頃、美術の授業でうまく描けない絵を笑われた記憶が蘇る。クレヨンを手に取るのすら怖かった。


隣に座る良平がチラリとこちらを見てきた。

「お前、何描くんだ?」

「……まだ考え中」

「まあ、適当にやりゃいいんだよ。俺なんか適当すぎて先生に怒られるかもな」

良平はそう言って笑いながら手を動かしている。それを見て、真一は少し気が楽になったが、それでも画用紙の白さが怖かった。


先生の言葉と心のざわめき


授業が進む中、真一がほとんど手を動かしていないことに気づいた美術の先生が声をかけてきた。

「真一くん、どうしたの? 描けそう?」

「……なんか、思いつかなくて」

「大丈夫、思いつかなくても何か適当に描いてみればいいんだよ。失敗してもいいからね」

その言葉に、真一は少しだけクレヨンを握る勇気を出した。しかし、次の瞬間、先生の追い打ちのような言葉が降ってきた。

「できるだけ描き切らないと、提出しないといけないからね。頑張ってね」


その一言が真一の胸に重くのしかかる。「自由に描いていい」という言葉はどこかに消え、ただ「描け」と命じられているように感じた。


周囲の目と焦り


他の生徒たちが色とりどりの絵を完成させる中、真一は焦りと苛立ちで手を動かした。クレヨンの先が紙に触れるたびに、「下手だ」「何これ」という中学校時代の声が耳の奥で響く。気づけば、画用紙に無理やり引いた線がぐちゃぐちゃになっていた。

「もう無理だ……」

真一はそう呟いて手を止めた。


授業が終わる頃、先生が再びやってきて、真一の画用紙を見て少し困った顔をした。

「うーん……これ、もう少し何か描けそうじゃない?」

真一は下を向いたまま何も言えなかった。

「まあ、次の授業で続きをやる時間をあげるからね。それまでに考えておいて」

そう言い残して先生は去った。


帰り道の葛藤


その日の帰り道、真一は溜息をつきながら歩いていた。美術の授業はただの苦痛だった。

「苦手なことを無理にやらされるのって、こんなに辛いものなんだ……」

中学校時代も、苦手な発表や運動を無理やりやらされ、できない自分を笑われた経験が蘇る。その記憶がまだ体のどこかに刻まれているようだった。


「この学校なら、もっと自由にできると思ったのに」

真一の中で、小さな希望がまた揺らぎ始めていた。


自分に問いかける


家に帰り、自分の部屋で一人、真一は画用紙を広げてじっと見つめた。クレヨンを持つ手が震える。

「僕には、できないことだらけだ。でも、それをずっと隠して生きていくのか?」

心の中に小さな問いが浮かぶ。答えはまだ出せない。それでも、次の授業では何か少しでも描いてみようと思った。そうしなければ、また自分の中で何かが壊れてしまう気がしたからだ。


夜間高校の生活は、思った以上に試練の連続だった。しかし、その試練を乗り越えるための小さな一歩を踏み出す覚悟が、少しだけ芽生えた日でもあった。

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