第3話 最初のつまずき

翌日、初めての授業が始まった。真一は登校のたびに胸の中にざわつきを感じる。それでも、「今日も頑張ろう」と言い聞かせながら、校門をくぐる。まだ慣れない制服を整えながら教室に入ると、すでに何人かの生徒が談笑していた。真一は静かに席に座り、教科書を取り出す。


一限目は数学だった。中学時代は比較的得意だった科目だが、しばらく勉強から離れていたせいか、最初の問題から苦戦した。先生が黒板に書き出す計算式が、なんだか遠く感じる。

「ここまでわかる人?」

先生の問いかけに、教室のあちこちで「はい!」と手が挙がる。真一は手を挙げるどころか、ノートにペンを走らせることすらできなかった。焦りで手汗が滲む。


「大丈夫、次に進む前にもう一度説明するからね」

先生はそう言ったが、真一の頭の中には全く入ってこなかった。どこかで「わからない」と言わなければいけない。でも、どう言えばいいのかわからない。中学校で「わからない」と言ったときに飛んできた冷たい視線や揶揄が、頭をよぎる。


授業が終わった後、隣の席の茶髪の男子――昨日「よろしく」と言ってくれた彼が声をかけてきた。

「数学苦手なの?」

「……いや、そんなことないと思うけど、今日は全然ダメだった」

正直に言うのは少し怖かったが、彼の表情は意外と穏やかだった。

「まあ、久しぶりの勉強ってそんなもんだろ。俺も結構忘れてるし」

その言葉に、真一は少しだけ救われた気がした。ここでは、「できない」と言っても全てを否定されるわけじゃないのかもしれない。


昼休み、真一は教室の片隅で一人ノートを見返していた。誰かと話したい気持ちも少しはあったが、まだ距離の取り方がわからない。そんな中、また茶髪の男子がやってきた。

「飯食った?」

「……いや、これから」

「じゃ、一緒に食おうぜ」

誘われたことに戸惑いつつも、断る理由も思いつかず、真一は彼についていくことにした。


彼の名前は良平。アルバイトをしながら通っている2歳年上のクラスメートだった。良平の明るい性格に少しずつ緊張がほどけていく真一。しかし、そこで気づく。自分が持参した弁当は、小さなパンひとつだけだった。

「それ、足りるのか?」

良平が心配そうに聞くが、真一は無理に笑って「平気」と答えた。偏食で学校の給食もほとんど手をつけられなかった経験が、今も続いている。家で用意される食べ物にも限りがあり、空腹でもこれが限界だった。


午後の授業が終わる頃には、頭はぼんやりして、空腹が体の中を突き上げてくる。帰り道、校舎を振り返りながら真一は思った。

「やっぱり簡単にはいかないな……」

定時制高校での最初の1日は、期待と現実のギャップが浮き彫りになった日でもあった。しかし、少しずつ、彼の新しい生活は動き始めている。

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