【第9話】あたしが癒してあげますねぇ〜 サービスの意味が違う!一夜限りの残業マッサージ店・前編(side:りと)


 あたしは贅沢な子です。

 先輩の心が読める素敵な力を持っているのに、それでも全然足りません。


--先輩にもっと求められたいっ!


 と、こう思うわけです。エブリスィング。


 先日の先輩とのお夕飯。

 あたしがはしたなかったせいで大失敗しました。はい反省。


 普通なら「先輩に嫌われちゃったかも……」とか思うかもしれません。

 でも先輩の心が読めるあたしには、そんな心配はま〜ったくもってありませんね。


 もとい……柚香さんめぇ!

 あの悪魔がいなければ確実に上手くいっていたのに!

 あたしがいるのに人目も気にせず先輩を誘惑をするなんて、いったい何を考えてるんですか!羞恥心とかないんですか!


 と、自分の事は棚に上げる棚橋です。

 それはともかくとして、今日こそは先輩と2人きりで楽しいお夕飯に行くんですからね!




 お仕事が終わりました。

 あたしはすぐさま先輩の元へ駆けつけます。


「せ〜んぱいっ! お疲れ様です! 今日はこのあと空いてたりしますか?」


 先輩は怪訝そうに答えます。


「あ、棚橋さん。お疲れ様。今日はねぇ……この後残業なんだ」


 ガッデム! 開幕ノックダウン! リベンジマッチは早くも敗れました。


 それでもあたしはめげずに挑みます。


「先輩、ちなみに今日はどれくらいかかりそうなんですか?」


「う〜ん、あと2時間はかかるかなぁ」


「え〜大変! 先輩は偉いなぁ。じゃあ明日はどうですか?」


「それは明日にならないと分からないかなぁ……」


 うん、まぁそうですよね。

 その日に終わるか分からないから残業なんですよね。


「ちなみに、なんのお仕事なんですか?」


「取引先に送るチラシなんだけど、明日の朝すぐに送らないといけなくて、今印刷してるんだ」


「あと何枚くらいですか?」


「だいたい8000枚」


「はっ! はっせんまいっ!?」


 多いっ! 多すぎますっ!


「それ先輩が1人でやるんですか?」


「まぁ印刷だけたし2人もいらないかなって」


 偉いっ! 偉すぎます!

 けどいくらなんでも、かわいそうすぎますっ!


 あっ、そうだ。いい事を思いつきました。


「えへへ〜。せ〜んぱい。あたしお手伝いしましょうか?」


「えっ、本当に? でも1人でできるし……」


「それでも2人でやった方が早く終わりますよね〜」


「まぁそれはそうだけど、棚橋さんもうタイムカード切っちゃったよね? サービス残業になっちゃうよ?」


「先輩と一緒ならへっちゃらぽんですよぉ〜。それとも……あたしと2人で居残りするの嫌なんですかぁ……」


 あたしはわざとらしく悲しい顔をしてみました。


「そっ! そんな事ないよ! けど……」


「けど、なんですかぁ?」


 先輩の心の声を聞いてみましょう。


(気持ちは嬉しいけど、こんないつ終わるか分からない作業をりとちゃんにさせるわけには……)


 ああ、先輩っ! 

 優しいっ! 優しすぎますっ!


 先輩はとってもマジメなので、これじゃ残業はさせてもらえませんね。


「じゃ〜あ〜、お仕事じゃなくて、先輩を応援するために残るって言うのはどうですか〜?」


「どうって……」


「働きません。勝手に残るだけですよぉ〜」


「いや、それも良くないと思うけど……」


「先輩お疲れみたいですし、あたしが癒してあげますねぇ〜。サービス残業でぇす」


「サービスの意味が違う!」


 そんなこんなで、とまどう先輩の心情をそっちのけで(むしろ無理やり叩きのめして)あたしはサービス残業する事にしました。




 さてさて、みんな帰ってしまいました。

 残った先輩はたくさんチラシを印刷します。

 あたしはたくさん先輩を応援します。


「頑張れせ〜んぱいっ!」


「うん、ありがと」


(ああ……)


 なにやら先輩が心の中でつぶやいてます。


「ファイトッ! せ〜んぱいっ!」


「うん、頑張る」


(もう……)


 なんですかぁ〜?


「偉いぞ! せ〜んぱいっ!」


(くっそ! かわいいなちくしょう!)


 あぁっ! 先輩っ! 愛してま〜す!


 いつもは柚香さんや周りの人がいる中で働いているので、気をそらされちゃうばかりですが、今はあたしの事だけ考えてる先輩。

 無限に続くラブコールはもう最高です。なんで今まで気づかなかったんでしょう。

 これからは先輩が残業する日は、毎日サービス残業しなければ!


「最強無敵のせ〜んぱいっ!」


(……)


 あれ? 急に心の声が聞こえなくなりましたよ。最強無敵は響きませんでした?


「先輩?」


「ん、どうしたの?」


「それはこっちのセリフですよ先輩」


「いや、こっちで合ってるよ」


「あ、そうですね。すみません」


 いけないいけない。

 あたしは先輩の心が聞こえるので、急に聞こえなくなるとつい反応してしまいます。

 でも先輩からすれば、あたしから声をかけてきたように思えますよね。

 これ『心が読める人あるある』だと勝手に思ってます。まぁあたし以外にそんな人いませんが。



「いやぁ〜先輩、あたしが応援してるのに急にしょんぼりしちゃったから〜」


「しょんぼり……してたかなぁ」


 先輩は肩をさすりながら言いました。


「ほらっ! 一撃必愛せ〜んぱいっ!」


(……)


 むぅ、また知らんぷりですか。それともさすがに一撃必殺愛は違いましたか。


「ん〜」


 先輩は首を大きく回しました。

 あ、なるほどなるほど。ふっふ〜ん。


「あのぉ〜先輩もしかしてぇ〜」


「ど、どうしたの?」


「先輩はぁ〜肩こりさんなんですか〜?」


「ぶはっ!」


 先輩が吹き出しました。


「ちょ、どうしたんですか先輩!?」


「い、いや……なんでもない」


 なんでもなくはないでしょう。

 こう言う時は心の声を聞くに限ります。


(肩こりさんって……肩こりに……さんって。なんだ? かわいすぎる! かわいさが爆発しすぎている!)


 うっひゃあ! 来ましたっ! これですよ!

 ハイパー脳汁タイムですっ!


 しかもですよ。これ、めっちゃチャンスじゃないですか?

 先輩が肩こりさんって事は、もうやる事はひとつじゃないですか!


 抱きしめ作戦もお夕飯作戦も失敗したあたしに舞い降りた奇跡ですよ。

 今は奇跡の殺戮者である柚香さんもいません。

 

 待っていたのはこの瞬間!

 勝機を零すな! 掴み取れ!


 

 時刻は午後8時。

 あれから1時間ですね。ちょうど頃合いです。

 思い切ったあたしは先輩に声をかけました。


「先輩! もう1時間経ちましたよ! ちょっと休憩しましょっ!」


「えっ、もうそんな時間か。ちょうど半分くらいだしちょっと休もうか」


「うんうんっ。ほら、ここ座ってください」


「あ、うん」


 先輩は言われるがままに席に座ります。


--ガシッ


「えっ!? なにっ!?」


 あたしはすかさず、後ろから先輩の両肩を掴みました。

 これだと先輩の超絶回避スキル・エアスタナーも使えません。


(りとちゃんが俺に触ってる! なにこれっ!? ヤバいめっちゃドキドキする!)


 先輩が真っ赤になります。

 ああっ! かわいいっ! かわいすぎますっ!


 あたしは畳み掛けるように耳元でささやきます。



「は〜い。いらっしゃいませ〜。棚橋マッサージ店で〜す」



「は!? え!? マッサージ!?」


 先輩は更に爆裂に焦ります。さっきよりも一層とまどっていました。

 だけども、すでにしっかりと肩を掴んでいますので、お返事するだけでなにもできません。



「先輩の肩こりさんをバイバイするために、た〜っぷりサービスしてあげちゃいますねぇ〜」


「いや、サービスの意味が違うって!」


「え? 違わないですよ?」


「あ、そ、そうか……」


 完全にテンパってますね先輩。まったく男の人っていっつもそうなんですから。

 もちろん先輩なら大歓迎ですけどね。ちょっとからかってあげましょう。


「もしかしてぇ……違う意味のサービスだと思ったんですかぁ〜?」


「そ、そんな事っ!」


「もちろん普通のマッサージですよ〜」


「いやいや! いいよ! 大丈夫!」


「照れなくてもいいんですよ〜。それとも普通じゃないマッサージの方がいいんですね?」


「ふ、普通のマッサージでお願いします……」


 うおっし! なんか先輩の口から言わせちゃいました! これぞマジシャンズチョイスッ!



 と、言うわけで……とてつもなく強引に合法的に、一夜限りのしあわせマッサージ店が開業します!

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不憫かわいい密着系後輩りとちゃんは、大好きな先輩の心が読める 〜心を読んで完璧なアプローチをしてるのに先輩が全く本気にしてくれません!〜 みきぜんつっぱ @miki-zentsuppa

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