【第7話】私だって……隣に座りたいよ 個室居酒屋で密着バトル!・中編(side:柚香)


 仕事終わりの午後7時。

 いつもはジムに行って身体を鍛えているけれど、今日は違う。


 私は月に一度『たらふく飲んで食べる日』を決めている。

 カロリーを気にせず、なんでも好きなものを飲んで食べて自分を許す。それが今日だ。


 「お疲れっした!」


 居ても立ってもいられない。

 退勤した私は、ダッシュでいつもの居酒屋に向かう。

 

 すると……


(ああっもうっ! かわいいなぁちくしょう!)


 りとちゃんの心の声だ。

 って事は、石冷君と一緒にいるな。


 りとちゃんはずっと石冷君にべったりだ。

 前は気にしてなかったけど、心の声が聴こえるようになってからは、妙に意識してしまう。


 私は足を止めて少し聞いてみる事にした。


「じゃあ……前に歓迎会で行った居酒屋さんにしませんか?」


 今度は心の声じゃなくてはっきり聞こえた。

 2人で晩飯行くのか? 歓迎会で行った居酒屋って、私と同じ店じゃん。


 誰にも邪魔されずに1人で楽しみたかったのに。

 りとちゃんに心をかき乱されて、思わず呟いてしまった。


「ダミット……」


 石冷君と2人でご飯、か。

 私はこないだの買い出しの事を思い出していた。カフェ行って、服を選んで……本当に楽しかった。

 

 今日は月に1度の待ちに待った特別な日。

 それを石冷君と2人で一緒に過ごせたら……もっと楽しいかも。


 そうだよ。

 1人で楽しむなら他の店に行きゃいいんだよ。

 でもそう思わないのは、やっぱり……単純に……


--うらやましいから?


「ふふっ、私りとちゃんがうらやましいんだ」


 心が読めるまでは考えた事もなかったな。

 私がこんなにも、男の子にムキになるなんて。

 

 そして、もし2人が今日のご飯で進展でもしたら……


--マズい。


 別の理由で居ても立ってもいられなくなった。

 私は先回りするために急いで居酒屋へ向かった。





「いらっしゃいませ! お1人様ですか?」


「あ、はい。ここでいいです」


「はい! カウンター席、1名様です!」


 私は一番入り口に近いカウンター席に座った。

 ここならすぐに気づくだろう。



 しばらくすると……


 

「すみませ〜ん! 2人で予約した棚橋です!」

 

 お、来やがったな。さぁ気づけ!


(あぁ先輩! 愛してま〜す!)


 またそれか。石冷君に夢中で気づいてないな。

 もうこっちから声かけるか。



「ん? りとちゃん?」


 うん、我ながらしらじらしい。


「え? あぁっ! ゆ、柚香さんっ!?」


 うるせえっ!

 っと……ここは抑えて偶然を装うんだ。


「お疲れ! お、石冷君もいんじゃん。せっかくだし一緒に飲もうよ!」


「あ、はい。いいよね、棚橋さん」


「むぅ……も、もちろんですね」


「ははっ! なんだよその喋り方!」


 相変わらず態度に出るなこの子は。

 石冷君の前だってのに、露骨にすねちゃって。ホント子どもみたいだ。



 そのまま3人で、りとちゃんの予約した個室へ向かう。



「柚香さん! どうぞこちらへ!」


 上座(かみざ)に案内された。

 子どもっぽいのに一応そういうビジネスマナーは心得てるんだよな、りとちゃん。

 普通はそんな言い方で案内しないけど。


(…………つまり、あたしと先輩は密着できるわけです。)


 はぁ、そういう事ね……

 考えてる事が丸分かりすぎて、こっちも恥ずかしくなる。

 共感性羞恥ってやつ?


 まぁ密着するつもりなら、こっちにも考えがあるよ。


「ん、ありがと。石冷君、そっちに荷物置いていい?」


「あ、はい」


 石冷君にカバンを渡す。


「じゃあ、あたしは先輩の横に座っちゃお〜」


 そのまま座ろうとするりとちゃん。

 いや、気づいてないのか?


(先輩が手前に座ってます。奥側に詰めてもらわないと、あたしが座れないじゃないですか。)


 お、気づいたか!


(えへへ、本当に気が利きませんねぇ〜。かわいいですねぇ〜。)


 気づいてねぇ! ウソだろ!?

 この子はどれだけ脳みそお花畑牧場なんだ!

 私の先輩的優しさで、一発かまして気づかせてやるか。


「あ、そっか! そっちに荷物置いたら、りとちゃん座れないか!」


 いかんいかん。わざとらしすぎ。

 私も脳みそお花畑公園で笑いそうだわ。


「りとちゃん、こっち座りなよ!」


(……!)


 お、心の声が聞こえない。

 って事はやっと気づいたな。


「むぅ……では失礼しますね」


 しぶしぶと私の隣に座るりとちゃん。私にムカついてるな。

 くっつこうと思ってたみたいだけど、これで状況はイーブンだよ。

 てか、私だって……隣に座りたいよ。


 さぁ、どっちが石冷君を落とせるか……正々堂々勝負といこうじゃんか!

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