【第6話】先輩の隣に座っちゃお〜 個室居酒屋で密着バトル!・前編(side:りと)

 お仕事終わりの午後7時。


 なんとなんとなんと!

 今日は先輩と2人でお夕飯なんですっ!


 大抵の場合。(フランス語だとル・プリュス・ヴァン)

 みんなが帰っても、とっても偉い先輩は1人で残ってお仕事をしています。

 なのでお夕飯なんて行けません。


 でも今日は、珍しく先輩が定時に終わったので、思い切ってお誘いしてみました。


 そしたらなんと一発OK!

 だからワクワクが限界突破しています!

 興奮すっぞ! 宇宙へGo!




「せ〜んぱいっ! どこ行きます?」


「ん、そうだね……」


(どうしよう……りとちゃんの好きな食べ物も、好きなお店も分かんないぞ……)


 ふっふん。こういうのは素直に聞いていいんですよ〜。


「先輩は食べたいものとかありますかぁ?」


「な、なんでも……棚橋さんは?」


「そうですねぇ〜。あたしもなんでもいいですよ〜。先輩と一緒なら!」


(うっ、どうしよう。なんも分かんない……)


 ああっもうっ! かわいいなぁちくしょう!


「じゃあ……前に歓迎会で行った居酒屋さんにしませんか?」


「う、うん。いいよ」


 消極的で受け身。これが先輩です。

 その辺の女の子なら、ちょっと頼りないと感じるかもしれません。

 

 でも、あたしは一向に構いませんよ!

 先輩は今までに1度もデートした事がない(と思われる)ので、もちろんあたしがリードします!


 ここでお店選びのポイントです。

 初めてのお店だと、緊張しちゃって上手く楽しめません。

 でもお互いに知ってるお店だと、安心感があって会話に集中できるんです。

 これ超重要デート戦術ですから覚えておいて損はないですよ。


 それにあの居酒屋さんは個室もあるので、より距離が近くなりますね〜。




「はいっ! もう着きましたね!」


「あ、うん」


 いつもなら先輩との時間を楽しむためにゆっくり歩きますが、今日のお楽しみはこれからです。

 石になって重くて落ちちゃう前に、急いで来てしまいました。


「すみませ〜ん! 2人で予約した棚橋です!」


「え? 予約してたの?」


「満席だったらイヤじゃないですか〜」


「いつの間に……」


「あのあと、すぐにアプリで予約しましたよ〜」


「あ、ありがと」


 う〜ん。お仕事ではとっても気遣いできる優しい先輩ですが、こう言う時にはまるで気が利きません。

 世間だと男性にこそ求められるスキルらしいですよ。


 でもあたしはへっちゃらぽん! 先輩が慣れてないからサポートができる!

 むしろそのギャップもいい! あぁ先輩! 愛してま〜す!



 なんて事を考えていると……



「ん? りとちゃん?」


カウンターに座っていた女性が、あたしに声をかけました。


「え? あぁっ! ゆ、柚香(ゆか)さんっ!?」


 ガチャメラェェェェエ!

 なんでココに柚香さんがっ!?


「お、お疲れ様ですね」


「お疲れ! お、石冷君もいんじゃん。せっかくだし一緒に飲もうよ!」


「あ、はい。いいよね、棚橋さん」


(……)


 先輩の心の声は聞こえません。

 柚香さんの登場で、そっちに持っていかれちゃいましたか。


「むぅ……も、もちろんですね」


「ははっ! なんだよその喋り方!」


 2人きりの楽しいディナーのはずが、まさに悪夢!

 長い髪を振り乱して、死神の鎌を振るう柚香さん! マジ許すマジ!


 そのまま3人であたしの予約した個室へ向かいます。4人掛けのボックスシートです。

 もうこうなったら切り替えましょう。柚香さんよりも有意に立つしかありません。



「柚香さん! どうぞこちらへ!」


 まずは柚香さんの席を指定します。

 上司は上座(かみざ)へ。そして後輩2人は向かいに座る。つまり、あたしと先輩は密着できるわけです。

 普段は息苦しいビジネスマナーですが、人生で初めて感謝しましたよ。


「ん、ありがと。石冷君、そっちに荷物置いていい?」


「あ、はい」


 先輩は柚香さんのカバンを受け取って席につきます。


「じゃあ、あたしは先輩の隣に座っちゃお〜」


 っと……あれ?

 先輩が手前に座ってます。奥側に詰めてもらわないと、あたしが座れないじゃないですか。

 えへへ、本当に気が利きませんねぇ〜。かわいいですねぇ〜。


 すると柚香さんが一言。


「あ、そっか! そっちに荷物置いたら、りとちゃん座れないか!」


 あ、まさか……


「りとちゃん、こっち座りなよ!」


 この女ぁ! 死神かぁ! 

 天然じゃなくて策略だった! 先に荷物を置いて先輩の横に座れなくした!

 ただ邪魔するだけじゃなく、風車のようにあたしの首を刈ろうと言うわけですね!


「むぅ……では失礼しますね」


 仕方ありません。

 こうなったらトコトンやってやりますよ。



 可能性のドアはロックされたままですが……やれやれ、今度も壁をブチ破るとしますか!

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