不憫かわいい密着系後輩りとちゃんは、大好きな先輩の心が読める 〜心を読んで完璧なアプローチをしてるのに先輩が全く本気にしてくれません!〜
【第5話】これ……似合ってっかな? 買い出しタイムはラッキーデート・後編(side:柚香)
【第5話】これ……似合ってっかな? 買い出しタイムはラッキーデート・後編(side:柚香)
「ねぇ石冷君! このパステルピンクのシャツはどう?」
「ま、まぁいいんじゃないですか……」
「もう! せっかく2人で来てんだから、ちゃんと考えてよ〜!」
「す、すみません」
私が手に取ったシャツを見もせずに答える石冷君。いつも以上にオドオドしてるみたいだ。
「てかさ、さっきからずっと下向いてんじゃん」
「いや、レディースコーナーって入った事ないんで……そ、それに俺なんかが柚香さんの服を選ぶなんて、恐れ多いですよ」
「あのさぁ石冷君。服ってのはね、自分で選ぶよりも他の人に選んでもらった方がいいんだって!」
「そ、そういうもんですかね」
私は攻め手を緩めないように、目についたフリルのブラウスを手に取った。
「じゃあ、こういうヒラヒラのはどう? りとちゃんが着てるみたいなさ……あっ」
言った瞬間に気づいた。
--マズった! やらかした!
2人きりでいんのに、他の女の名前を出すヤツがあるか。なにやってんだ私。
しかし石冷君は、意外にも興味を示してきた。
「え? 柚香さんもそういうの着るんですか?」
さっきまで下を向いていた石冷君がじっと見つめる。私じゃなくてブラウスのほうだけど。
私もテキトーに取ったからちゃんと見てなかった。えーっと……
首元に大きなフリルのリボンが付いた白いブラウスだ。けど、よく見たらそれだけじゃない。
フリルは襟にも袖口にもついていて、しかも肩の部分にはスリットが入っている。
腰にかけて細くなった形状で、ボディラインがはっきり分かりそう。おまけにボタンは赤いチェック柄のフェルト素材だ。
おい、メルヘンすぎだろ。まるでお人形さんの服じゃないか。
「い、いやぁ着たことないんだけどね。せっかくの機会だし、1着くらい持っててもいいかな〜なんて! 軽いノリだよ!」
あせってテキトーにごまかす。こんなの恥ずかしくて着れっかよ。
私は慌ててハンガーラックに戻した。すると--
「めっちゃいいと思いますっ!」
「えっ!?」
石冷君が反射的に声を上げた。さっきまでのオドオドした反応とはまるで違う。
私は突然の勢いに、しばらく固まってしまう。
「ふ、ふ〜ん……石冷君ってこういうのが好みなんだ。意外だわ〜」
からかうつもりが、ちょっと嫌味みたいになってしまった。
「す、すいません! 勢いでつい……今のは忘れてください!」
ついさっきの私と同じように、石冷君は慌ててすぐに訂正する。
「そ、そう……勢いでつい、ね」
私はそのまま繰り返した。
でも待てよ。『勢いでつい』って事は、それは本心なのか? 石冷君って冗談言うタイプじゃないしな。
私は彼の心を探るため、意を決して言ってみた。
「やっぱりちょっと……着てみっかな……」
「!?」
石冷君の表情は驚きつつも明るくなっている。
確信した。本気で良いと思ってるんだ。
「うん、ちょっと待っててね……」
これ以上話してっと、恥ずかしさが勝ってしまう。
そう思った私は、もう一度服を手に取り、急いで試着室に入った。
「こ、これを着るのか……」
改めて見たら本当にすごいデザインだ。さすがにりとちゃんだって、ここまでのは着ないんじゃないか?
そんなメルヘン全開の服を、人生で初めて着る。それを初めて見るのが石冷君というわけか。
--ヤバいヤバい! 緊張で何も分かんない!
シャツのボタンを外す手が震えていた。
あと、それとは別なんだけど、このすぐ向こうには石冷君がいるわけで。
いくら見えないとは言え、カーテン1枚を挟んで服を脱いでいると思うと、それも緊張する。
むしろそっちの方が一層ドキドキしてっかもしれない。
耐えられなくなりそうで、私は急いで袖を通し、ボタンを閉めた。
まるで私のために採寸して作ったかのようにサイズはぴったりだった。
そして、おそるおそるカーテンを開けた。
「これ……似合ってっかな?」
顔を見られたくない。絶対真っ赤だ。
下を向いたまま聞いた私は、さっきの石冷君よりオドオドしている。
「かわいい……」
「えっ?」
石冷君の言葉に撃ち抜かれた。
今が一番ドキドキしてると思ってたけど、それでも心臓の鼓動は速くなっていく。
か、かわいい? 私が?
戸惑う私に、石冷君は続けて言った。
「柚香さん……お人形さんみたいでかわいいです」
「お、おい! 何言ってんだ!」
--バチーン!
ドキドキが最高潮にまで達した私は、思いっきり石冷君を突き飛ばしてしまった。
【30分後】
会社への帰り道。石冷君の顔を見るのが恥ずかしかった私は、3歩後ろを歩いていた。
「普通のシャツも買うんですね」
「だって、また会社戻んなきゃいけないし」
結局私は、いつものビジネスシャツを買って着ていた。
いや、さっきの服も買ったけどさ。さすがにあんなのを着て戻ったら何を言われっか分かんないわ。
「別に全然良いと思いますよ」
「何言ってんだよ。みんなはどう思うか分かんないじゃん。やっぱ人前じゃ恥ずくて着れないよ」
「じゃあそれ、いつ着るんですか?」
私の持ってる紙袋を見つめながら言う石冷君。
そんなに着て欲しいのかよ。じゃあ……
「2人の時だけ」
「え?」
立ち止まり、振り返る石冷え君。
「石冷君の前だけでしか着ないから」
「そ、それって……」
「だ、だから……その……き、着てほしかったらプライベートで私の事誘ってよね!」
「えっ、ええっ!?」
「ふふっ! なーんてね! 冗談だって!」
イタズラに笑いかけてみた。
こんな事は普段絶対に言わないし、こんな態度も石冷君の前でしか見せないけど、さっきのドキドキを経験したらなんとも思わなくなっていた。
「そ、それは……あの……」
そう言うと石冷君は無言になった。
また2人で歩きだす。
いやいや、やっぱ冷静になったら、また恥ずかしさが込み上げてきた。
心がムズムズする。なんか言わないと。
「あ、あと……今日の事、みんなには内緒ね!」
「は、はい……」
「じゃあ帰ったら、そのまま蛍光灯変えてね!」
「は、はい!」
勢いで押し切った後は、もういつも通りの私たちに戻っていた。
今日はガラにもなくはしゃぎすぎたわ。嬉しかったけど、やっぱ素直になれなくてごまかしちゃったな。
--でも、やっぱり……
最後に、私は石冷君に聞こえないように、そっと一言だけつぶやいた。
「誘ってよね……冗談じゃないからね……」
そんなこんなで、買い出しという名のデートは幕を閉じた。
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