【第4話】私に似合うの選んでよね! 買い出しタイムはラッキーデート・前編(side:柚香)

「あいっ! できたっ!」


 午後2時。

 お昼も食べずに朝からパソコンで作業をしていた私は、大きく伸びをした。


「ん〜、あとは印刷したら一段落(ひとだんらく)だな!」


 こり固まった身体をほぐしながら、コピー機の前まで来た私は、ある事に気づく。


「ん? おい……嘘だろ。用紙がないじゃんか」


 いつもはコピー機の横にまとめてある用紙の束が、ひとつもなくなっていた。

 ダミット! きっと他の部署のヤツが勝手に持って行きやがったな!

しょうがない、昼食がてら買ってくっか……。


 そう思っていると、女子社員の声がした。


「柚香(ゆか)さん! ちょっときて欲しいんですけど!」


「ん? 出居(でい)ちゃんどうしたの?」


「蛍光灯が切れちゃって。新しいのってどこにあります?」


「そういやなかったんだっけ。ちょうどコピー用紙買いに行くつもりだったから、ついでに買ってくるよ」


「ありがとうございます! でも1人で持って帰れます?」


「あー、確かに。出居ちゃん今から時間ある?」


「ちょっと今から会議で……ごめんなさい」


「そうかぁ……」


 そう言いながら当たりを見回す。すると向こうから歩いて来る石冷君と目が合った。

 すぐに目線を外されたが、彼もちょうど仕事が一段落したような様子だった。


「あいっ! 石冷君! 今から時間ある?」


「え、あ……はい。だ、大丈夫です」


「よしっ! そんじゃ買い出し手伝って!」


「わ、分かりました」



 こうして、私たちは2人で買い出しに行く事になった。



 ついでに他の足りないものも買うために、少し離れたショッピングモールに行く事にした。あそこに行けばなんでも揃う。

 必要なものを一通り買った私たちは、店を出ようとする。


 すると……


--グゥ。


「あ、柚香さ……」


「えっ!? な、なにっ!? なんか言った!?」


「い、いや。なんでもないです」


 お腹が鳴った。絶対聞こえたよな。恥っず……。

 そういや昼食まだ食べてなかったんだっけ。



「い、石冷君! ちょっとお茶でもしてかない!?」


「あ、はい。そうですね」


 ちょっ、石冷君ってば……普段ならこんなお誘いは遠慮して断るのに、今日はすぐにOKしてくれるじゃん。

 変なところ察しがいいな。余計に恥ずかしいわ。


「なにか食べたいものとかある?」


「いや、特に……柚香さんが行きたいところでいいですよ」


「じゃあカフェにしよっか! ちょうど新作のジュースが気になってたとこなんだ!」


 そうして私たちはカフェに入った。

 平日の昼間だってのに、店にはカップルが何組かいる。


 いや、これじゃさ……なんか、私らもデートしてるみたいじゃん。


 2人用の席に向かい合わせで座った。相変わらず緊張してんのな。

 ずっとそっぽを向いている石冷君に声をかけた。


「石冷君は何頼んだの?」


「あ、普通のコーヒーです。柚香さんは?」


「私は期間限定の抹茶メロン! これ飲みたかったんだよね〜! んん〜美味しっ!」


「ま、抹茶メロンですか? えぇ……」


「気になる? ちょっと飲んでみ!」


「いやいやっ! いいですっ!」


「え〜! こういう系って苦手だっけ〜!?」


「いや、そうじゃなくて! それ、柚香さんが飲んでたの……そのままだと……」


「え? あぁ、ふっふ〜ん。そういう事か。石冷君そういうの気になるんだ〜」


「そ、そりゃ……気になりますよ」


「私のは……イヤなの?」


「か、からかわないでくださいっ!」


「あははっ! 冗談だって! 赤くなってんじゃん!」


 ヤバい。めっちゃ楽しい。買い出しとはいえ一応仕事中なんだけど、そんな事はすっかり忘れていた。


 私はいつも通りのテンションで、石冷君もいつも通りの反応。でも、ちょっとからかってみたり、反応を楽しんでみたりして。

 会社にいる時には絶対に言わないような事でも、2人きりでいる時は自然と言ってしまう。

 石冷君の反応も、いつもと違うように感じる。


 だから訂正するわ。デート『みたい』じゃなくて、これはどう考えても本当のデートだ。

 完全に気持ちは恋人気分。そんな風に浮かれていると……


--パシャーン


 隣の席で子どもがジュースを倒した。


「ママー、こぼしちゃったー」

「こら! 気をつけなさいって言ったでしょ!」

「ごめんなさーい」

「帰ってすぐお洗濯しなきゃ……」


 母親はジュースまみれになった子どもを連れて、そそくさと店を出て行った。


「はぁ……苦手なんだよな、子どもって」


「そ、そうなんですか? 意外です」


「私さ、理不尽な事が嫌いじゃん? 子どもってめっちゃ理不尽なんだよ。でも怒れないから調子が狂うっていうか……」


「あ、柚香さん! シャツにっ!」


「え? あっ!」


 石冷君に言われてを目線を下にやる。

 すると、胸ポケットのあたりには飛び跳ねたジュースが付いていた。


「ダミット! やられた!」


 かなり大きなシミになっている。オレンジ? 

 せっかくのデート気分がぶち壊しだぞ。


「す、すぐ洗わないと」


「いやいや……洗っても着替えどうすんのさ。あぁ、マジで子どもって……」


 理不尽で苦手……そう言いかけて止まった。


 思いついたんだ。

 このデート気分をまだまだ味わう方法。


「そうだ!」


「ゆ、柚香さん?」


「今からシャツ買えばいいんじゃん! せっかくだし石冷君が選んでよ!」


「え、ええっ! 俺がですか!?」


「これもデザインの仕事の一環だと思いなよ! 私に似合うの選んでよね!」


 こんな時でもないと、石冷君の好みの服を着れるチャンスなんてそうそうないぞ。


 そう思った私は、戸惑う石冷君を連れ出してレディースファッションのフロアへと向かった。

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