【第2話】抱きしめたいっ! 必殺のハグ大作戦!・前編(side:りと)


 あたしは贅沢な子です。

 先輩の心が読める素敵な力を持っているのに、それでも全然足りません。


 愛し合う男女なら、手を繋いだり抱き合ったりなんかしてコミュニケーションを取るんでしょう。

 心なんて読めないくせにね。言葉を使わなくてもそれだけで十分なんですから。


 なのにっ! あたしは逆に心が読めるだけ!

 それ以上は先輩と何もないじゃないですか! ああ、悔しいっ!


 つまり……


--先輩と触れ合いたいっ!


 と、まぁこう思うわけです。エブリデイ。


 もとい……


--先輩を抱きしめたいっ!


 と、まぁこう願うわけです。エブリタイ。


 そんなある日。

 先輩と課長が話しているのを見ました。


「おい石冷、ちょっといいか?」


「はい、馬場(ばば)課長。どうしました?」


「いやぁ、先月の案件で石冷が作ったデザインな。先方がえらく気に入ってくれたんだよ」


「え!?」


「それでな……」


 先輩の肩をしっかりと掴む課長。


「今後もウチの会社でお願いしますって話だ」


「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」


「いや、礼を言うのは俺の方だ! よくやってくれた! ハハハ!」


 そのままがっしりと抱擁して、先輩の背中をバンバン叩く課長。


「は、ははは……課長、ちょっと痛いです」


「ん? あぁすまん。俺も嬉しくてつい、な。本当お前はよくできた部下だよ」


「いや、課長の支えがあってこそですよ」


「そうかぁ? まぁこれからもよろしく頼むよ。」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って課長はご機嫌で席に着きます。

 いいですねぇ、男同士の熱い信頼。まるで少年漫画のような友情です。

 働く男性(主に先輩)はカッコよく見えますね。


 いいですねぇ……


 あぁ! 課長ズルい! 男はズルい!

 あたしだって先輩とハグしたい! エブリウェア!


 あたしもマネして先輩に抱きしめてもらいましょう。

 そう思って声をかけます。


「せ〜んぱいっ! お疲れ様です!」


「あ、棚橋さん。お疲れ様」


「聞きましたよ〜。先輩のデザイン気に入ってもらえて、次からもウチでやるんですよね〜」


「あ、うん。そうなんだよ」


「先輩すごいなぁ〜! ホント尊敬します!」


「あ、ありがとう……」


「いや、お礼を言うのはあたしの方ですよ! よくやってくれました! ハハハ!」


 さっきの課長と全く同じように、先輩を抱きしめようとします。


 すると……


「ちょっ!」


 あたしの腕が思いっきり空振ります。

 そして、突如先輩は視界から消えました。


「あ、あれ?」


 確実に目の前にいたはずです。

 先輩、この一瞬でどこへ行ったんですか? 


(り、りとちゃんっ! はぁ、びっくした……)


 先輩の心の声です。どこからか聞こえてきます。


「は、ははは……棚橋さん。どうしたの?」


 今度は普通の声です。うしろから聞こえてきました。

 振り返ると、そこには先輩が立っていました。


「え? えぇ!? 先輩なんでうしろに!?」


「い、いや……棚橋さんが急に来たから、驚いて」


「驚いて……うしろに?」


 理論がよく分かりません。もう一度心の声を聞いてみましょう。


(驚いて思わず避けてしまった……)


 避けた、って……

 それだけぇ!? 今の一瞬で!? 目にも止まらぬ超高速で!?

 瞬間移動ですか! そこは少年漫画みたいじゃなくていいんですよ!



「あいっ! そこまで! りとちゃん仕事中だよ!」


 あ、バレた。柚香さんです。

 結構怒ってます。


「むぅ……すみません……」


 ガッデム! あたしとした事が、はしたなかったですね。

 普段は品行方正を貫いていますが、先輩の事となるとどうしてもこうなっちゃいます。

 確かに今のはとてもよくありませんね。はい反省。


(くぅ……りとちゃん今、確実に抱きつこうとしたよな)


 あ、先輩の心の声が。

 もしかして……嫌でしたか?


(あのまま動かなかったら最高に幸せだったかもしれないのに……)


 最高に幸せ、って……あぁもう! 

 先輩! 愛してま〜す!


 先輩もあたしとハグしたかったんですねぇ〜! 本当に照れ屋さんですねぇ〜!


(無意識とはいえ、なんで避けちゃうかな。露骨に傷つけちゃったかな……)


 なるほど。無意識なんですね。

 そりゃあもうめちゃくちゃ傷つきましたけどね! 無意識なら仕方ありませんね!

 っていうかそれはもう達人の域ですね!


 それならこっちも、なんとしてでも抱きついてみせますよ。

 あたしも幸せ、先輩も幸せ。幸せマシマシ。


 その先輩の瞬間移動能力を絶対に攻略してみせます。

 少年漫画の主人公のように!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る