不憫かわいい密着系後輩りとちゃんは、大好きな先輩の心が読める 〜心を読んで完璧なアプローチをしてるのに先輩が全く本気にしてくれません!〜
みきぜんつっぱ
【第1話】愛してま〜す!
「せ〜んぱいっ! 石冷(いしびえ)先輩っ! おはようございますっ!」
出社すると同時に、隙だらけの背中を見つけて駆け出す。
そして見事に石冷先輩の背後を取り、そのまま視線の先に回り込むように声をかける。
驚いた先輩はすぐさま視線を逸らして、こちらを見もせずに挨拶をする。
「あぁ、おはよう棚橋(たなはし)さん」
「髪色変えたんですよ〜! どうですか?」
そんな恥ずかしがり屋さんの先輩のために振り向いて、襟足だけを見せてあげる。
「ん、まぁ……いいんじゃない」
後ろから声がする。さっきとは違って視線が首元に集中しているのを感じる。
私はすかさず振り向いて言う。
「えぇ〜! それだけですか〜!」
急いで振り向いたはずなのに、先輩にパッと視線を外されてしまう。
あーあ、今日も素っ気ない石冷先輩。目線も合わせてくれません。
この髪型だって先輩のために早起きして頑張って巻いたのに気づきもしないなんて……
でも全然イヤな気持ちになんかなりません。
「おい石冷! 棚橋ちゃんがすねてんぞ!」
「もっとちゃんと見てあげなよ〜」
みんなが先輩をからかいます。
「棚橋ちゃん気にしちゃダメだよ! アイツいつもあんなだから!」
「ほんっと淡白すぎてたまにムカつくよね〜」
みんながあたしをなぐさめてくれます。
みんな知ってます。
あたしが先輩の事大好きだって。それなのに先輩はいっつも素っ気ないんです。
でも知ってるんです。
あたし、棚橋 梨都(たなはし りと)は知ってるんですよ。
先輩もあたしの事が大好きなんだって!!
AMエージェンシー宣伝部広告課。
あたしと先輩はこの会社で、宣伝用のポスターやホームページを作っています。
仕事は大変で疲れるけれど、毎日先輩と会えるって思うと、そんな悩みもへっちゃらぽんです。
(はぁ……)
おや、来ましたよ。
(今日も……)
うんうん、今日も……なんでしょう?
(りとちゃんはバツグンにかわいいなぁ!)
っしゃあ! おらぁ! これだよ! これこれ! これを待ってた!
私は心の中で、固く拳を握りしめる。
(インナーカラーめっちゃ似合ってるし! そもそも髪型も俺が好きなゆるふわウェーブのショート! おまけにフリルのシャツとカジュアルのセットアップ! マジでドストライクにかわいいんだよなぁ!)
あぁ……至福っ! 愉悦っ! 感無量っ! 愛の言葉のフルコース! 最高に豪華な朝ごはん! ごちそうさまです! 先輩!! 愛してま〜す!!
もちろん周りにバレないように、平然を装って知らん顔をしています。
こ〜んな具合に、あたしには先輩の気持ちが手に取るように分かります。
--そう、だってあたしは先輩の心が読めるんです!
ストライクなのは当然です。この髪色も髪型も服装も、全部先輩の心を読んで好みに合わせてるんですから。
それに先輩は普段、あたしの事を『棚橋さん』って呼びますけど、心の中では『りとちゃん』って名前で呼んでくれるんです。
もぅ〜! 照れ屋さんでかわいいんですから! 今日も先輩からのラブコールが鳴り止みませんね!
でも、そう思っていると
「石冷君おはよっ!」
水を差すように、エネルギッシュな声が響きます。
「あ、先輩おはようございます」
「もう〜! 今は先輩じゃなくて柚香(ゆか)さんでいいって! いいかげん慣れな!」
「ゆ、柚香さん……おはようございます」
「あいっ! おはよっ!」
大東 柚香(だいとう ゆか)さん。
サラサラの金髪にキレ長おめめの美人さん。
スタイリッシュなグレーのスーツはまさにデキる女。先輩と学生時代に同じサークルだったとか。
そんなの知りませんがちょっと先輩と距離が近いんですよね。ムカつきますね。
でも明るくて優しくて良い上司。仕事もできてカッコいいし、いつもおとなしい先輩とは真逆のタイプ。
なのであたしとしてはちょっと困っています。
何が一番困っているかと言うと
(………)
あ、やっぱり……
(………)
あぁ……もう!
(………)
ガッデム! 柚香さんめ!
あたしは先輩の心が読めるんですが……正確には『先輩があたしの事をどう思っているか』が分かるんです。
つまり先輩があたしの事を考えていない時は、なんにも分かりません。
こんな風に気をそらされると、もうおしまい。せっかくの幸せな1日が台無しです。
そんな事はお構いなし。すねているあたしに柚香さんは声をかけてきます。
「お! りとちゃんもおはよっ!」
なんですか! デリカシーないんですか!
先に先輩に挨拶しておいて、隣にいたあたしの事は今気づいたようなフリ。
全くしらじらしい事この上ないですね。
「むっ、柚香さんおはようございます」
あからさまに不機嫌に返します。
「あっ! りとちゃんインナー変えたんだ! すっごいいいじゃん! セットも気合い入ってっし!」
「あ、ありがとうございますね」
「ははっ! なんだよその話し方!」
先輩とは違って細かいところにすぐ気づく柚香さん。う〜ん、悪い人じゃないんですよね……。
なんてモヤモヤしていたら、熱烈な視線を感じました。
(りとちゃんと柚香さんが話してる…)
おっと! ここでまた先輩の心の声が来ましたね〜!
(やっぱり……)
やっぱりこの状況でも、あたしの事を考えずにはいられないんですね〜!
(やっぱり……どっちもかわいいなぁ!)
え?
(………)
先輩……今のって……
(………)
ああっ! この女っ! やったな! やりやがったな! 許すまじ! マジ許すまじ!
モヤモヤが爆発的な怒りに変わります。
更に追い討ちをかけるような柚香さんの追撃。
「よしっ! それじゃ今日も稼ぐぞ石冷君! とりあえず私のデスクまで来なよ!」
そう言いながら、先輩の背中を強く叩く柚香さん。そのまま先輩の腕を引っ張って連れていってしまいました。
先輩と柚香さんは同じチームだから一緒に仕事をする。けれどあたしは違うチームなので、そこには入れません。
1人置いてけぼりのあたしは、まるでリングの上に取り残された敗者のよう。
「あーあ、棚橋ちゃんかなりご立腹だぞ」
「大東さんにその気はないんだろうけどね〜」
「でもさすがに今のは効いたんじゃないっすか?」
まわりがヒソヒソ言ってます。聞こえてますよ。
こんな惨めで不憫なあたしを哀れんでいるんですか?
でもあたしはそんな人たちにニッコリと笑顔で返します。
「キレちゃいないですよ。時は来た、それだけです。」
その言葉に1人がプッと吹き出しました。
なにがおかしいんですか。大まじめですよ、こっちは。
--そう、今この瞬間、あたしの中で闘志の花が咲きました。
これは宣戦布告ですね、柚香さん。
いいでしょう……受けて立ちますよ!
その首を刈り取ってやりますから!
◇ ◇ ◇ ◇
【柚香 side】
出社してから仕事に取り掛かるまでの数十分。
いろんな事を考えなきゃいけないこの時間が、最近は少し憂鬱だ。
今まではただ頑張ればいいだけだったけど、リーダーになってからは責任も増えた。思ってたより大変だわ。
そんな私と一緒に仕事をしている石冷君。学生時代からの後輩で相棒的な存在。
普段は情けないんだけど、本気の時には、なんか妙に頼り甲斐があんだよね。ちょっと……カッコいいっていうかさ。
いや! 本気の時はね! 自分で言って恥ずかしくなってきたわ。
まぁなんだ、私の憂鬱をかき消してくれるような存在ってこと。
ん〜今日はお昼でも誘ってみっかな……
そう考えながらドアを開けた瞬間だった。
(っしゃあ! おらぁ! これだよ! これこれ! これを待ってた!)
うわっ! びっくしたっ! 朝イチからかよ!
(あぁ……至福っ! 愉悦っ! 感無量っ! 愛の言葉のフルコース! 最高に豪華な朝ごはん! ご馳走様です!)
棚橋 梨都(たなはし りと)ちゃん。真面目で素直で元気で明るい私の後輩。
新人時代は石冷君に研修してもらってたらしい。
そんなの知らんけど、ちょっと……いやかなり石冷君と距離が近いんだよね。ムカつくね。
(先輩!! 愛してま〜す!!)
ダミット! やっぱうるせぇなコイツ! 今日もいっちょかましてやっか!
「石冷君おはよっ!」
2人の間に割って入るように、石冷君に声をかける。
「あ、先輩おはようございます」
「もう〜! 今は先輩じゃなくて柚香さんでいいって! いいかげん慣れな!」
「ゆ、柚香さんおはようございます」
「あいっ! おはよっ!」
やっぱ今日も素っ気ないな石冷君は。目線も合わせてくれないし。
(あ、やっぱり……)
お? 来たか?
(あぁ…もう!)
ふふっ……イラついてるイラついてる。
ちょっとテンションあがったけど、もちろん周りにバレないように、平然を装って知らん顔をする。
--そう、私はりとちゃんの心が読める。
正確には『りとちゃんが石冷君の事をどう思ってんのか』が分かるんだけど。
このおかげで私は、この子が石冷君にちょっかいをかけようとしてもすぐに気づく。
でもこれだけで終わったら、私めっちゃイヤな女だな。
りとちゃん今日は気合い入ってるみたいだし、ちょっとフォローしてやっか。
「お! りとちゃんもおはよっ!」
先に石冷君に挨拶しておいて、りとちゃんには今気づいたようなフリ。
自分で思うけど全くしらじらしいね。
「むっ、柚香さんおはようございます」
ふっ、あからさまに不機嫌だな。
「あっ! インナー変えたんだ! すっごいいいじゃん! セットも気合い入ってっし!」
「あ、ありがとうございますね」
「ははっ! なんだよその話し方!」
さっきまでとは打って変わってむくれ面のりとちゃん。まるで子供だな。
まぁ私もこんなことして、人の事言えないくらい幼稚だけどね。
今の所はこれくらいで許してやっか!
(おっと! ここでまた先輩の心の声が来ましたね〜!)
え?
(やっぱりこの状況でも、あたしの事を考えずにはいられないんですね〜!)
嘘でしょ?
私と今話したばっかりなのに、石冷君まさか……もうりとちゃんの事を考えてんの?
なんで? なんで? なんで?
(先輩……今のって……)
ああっ! この女っ! やったな! やりやがったな! 許すまじ! マジ許すまじ!
こうなったら徹底的にやってやる!
「よしっ! それじゃ今日も稼ぐぞ石冷君! とりあえず私のデスクまで来なよ!」
そう言いながら、石冷君の背中を強く叩き、そのまま腕を引っ張ってデスクまで連れて行く。
まるで無理矢理ベルトを奪い取ったヒールレスラーのようだ。
「あーあ、棚橋ちゃんかなりご立腹だぞ」
「大東さんにその気はないんだろうけどね〜」
「でもさすがに今のは効いたんじゃないっすか?」
まわりがヒソヒソ言っている。
聞こえてんぞ。卑怯な私にブーイングしてんのか?
どんな手ぇ使ってでも勝てばいいんだよ。
--今、私の中で闘志が花を咲かせた。
りとちゃん……これは宣戦布告だからね!
もし歯向かってくるんなら、その首を刈り取って叩きつけてやっから!
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