「全次郎、志尽玖と出会う」四ノ段

 そう言うとようやく全次郎から視線を切り、刀と鎖に繋がっている足首の金具に手を伸ばした。何かを操作するとカチリと音がして、鎖が地面に落ちた。


 少女は刀と鎖を持ち上げ、続いてかぶっていた布を下ろす。どうやら返り血避けのつもりだったようだ。その布で剣を包む。


 そして全次郎を正面から見据えて言った。


志尽玖しづくと申します」


「え、なんだって?」


「わたくしの名前です。志尽玖と申します」


 志尽玖は周囲を見回し、小石を取り上げると、地面に自分の名前を書いた。


「志尽玖? 志尽玖か。妙な名前だな。それなら、しづか、おしづじゃねえのか?」


「余計なお世話ですわ。それで貴方は?」


 なるほど。相手の名を問うから、まず自分から名乗った訳か。ならば名乗らぬ訳にはいかぬな。


「芦州浪人、芝楽全次郎。剣豪暫斉の元で研鑽を積み、いまは仕官を目指して諸国を巡っている武士だ」


「なるほど……」


 少女、いや志尽玖は肯いた。何とも落ち着き払っている態度だ。よくよく見ると歳の頃は14、5歳。いや、13、4歳といった所か。大人びた態度だ。


「それでこれからいかが致します? 褒美と言っておりましたが、わたくしを湯馬の町まで警護してくれれば、些少ですが褒美を出しましょう。まぁ、いま言った通り、わたくしも天涯孤独ですから、さしては出せませぬが」


 ふむ、悪くない話だ。


 しかし先ほどの野盗はなぜ志尽玖を拐かそうとしていたのだろうか。人買いに売り飛ばすだけなら、全次郎が現れた時点で退散していたはずだ。


 相応の身代金でも掛けられていたのだろうか? あるいは誰かに脅されていたのか?


 全次郎のその思考を読み取ったかのようだ。志尽玖は一度、野盗の死体へ視線をやってから言った。


「この連中が何故わたくしを拐かそうとしたのかは、正直分かりません。しかしここまでの旅で、何度かこのような連中に狙われたのは事実です。おそらくわたくしの身に大金が掛けられているのでしょう」


 そして全次郎の方へ向き直ると続けた。


「それとも貴方も、わたくしの身に掛けられている金を欲しますか?」


「いや、止めておこう」


 すぐさま全次郎は頭を振った。


「第一、誰が何の目的で、どれくらいの金額を掛けているのかも分からねえ。お前さんを連れて行っても、誰かが金を払ってくれるという保証は無ぇ。だったら、志尽玖さんだったか。お前さんを宿場町まで警護した方が金になるってもんだ」


 全次郎のその答えに志尽玖は少し笑った。


「全次郎さまでしたね。なかなか利発でいらっしゃいますのね。気に入りましたわ」


「……そりゃどうも」


 子供に言われてうれしい台詞では無い。


 志尽玖は上機嫌だが、全次郎はいささか面白くない。もっとも子供相手に向きになっても大人げない。それに全次郎は志尽玖に色々と尋ねたい事があった。


 なにより足から大剣をぶら下げて斬り着けるあの剣術だ。


 剣豪暫斉のもとで修行した全次郎も聞いた事すら無い。どこで習得したのか、剣の道を志す者としては、やはり興味がある。


 さぐりを入れるか。そう考えた全次郎は話の糸口を捜してみる。


 まずは……。


「天涯孤独と言っていたが、供の者などはおらぬのか?」


 子供一人でこんな山の中というのが引っかかる。

 確かに湯馬の町への近道だが、下の森を抜けていった方が安全なのは確かだ。


「供などおりませぬ。一人旅です……。さて、その女の一人旅。わたくしを宿場町まで送っていってくださるのですね?」


 志尽玖は布で捲いた剣を小脇に抱えた。見た目よりも軽そうだ。


「それは承知した」


 全次郎は肯くが、いよいよもって合点が行かぬ。

 確かに志尽玖の腕前なら自分の身を守る事はたやすいだろう。それにしても……。


「子供の一人旅とは、よほどの事情か……」


 そう言いかけた時だ。志尽玖が色をなして怒鳴り返した。


「誰が子供ですか!」


「いや、子供だろう。歳は幾つだ、13か? 14か?」


 しかし志尽玖の口から出た数字は意外なものだった。


「数えの19です! 子供ではありません。大人です!」


「19!?」


 とてもそうは思えない。


 辛うじて全次郎はその言葉を飲み込んだ。そして志尽玖の口からは、さらに思わぬ言葉が飛び出してきた。


「こう見えても、祝言を挙げた夫がおりました! 夫は鬼籍に入りましたので、いまは寡婦です!!」


 なんだと……? せいぜい13、4歳に見えぬ外見だが歳は19。しかも後家?


「おいおい、大人をからかうもんじゃないぜ。どうみても、お前さん。15くらいがせいぜい……」


 志尽玖は横目で全次郎を睨むと、手にした剣を捲いた布へ手を掛けた。無論、脅しだというのは分かっている。


 しかしこの件では引かぬと言う確固たる意思があるのは確かだ。


 お互いの事をよく知らぬ今の状態で、これ以上、この件に拘るのは良く無い結果になりそうだ。


「分かった分かった。志尽玖さんは19歳の後家。一人旅で今は湯馬の町へ向かうところだ。そういう事だな」


「分かって下されば良いのです」


 志尽玖は嘆息して、さらに一つ付け加える。


「後家と聞いて変な気を起こさないで下さいまし」


「滅相も無い」


 第一そんななりでは、その気も起きねえ。そうは思った全次郎だが、口に出すとさらにややこしくなりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る