「全次郎、志尽玖と出会う」五ノ段

 志尽玖は頭を巡らせて、それに目を留めた。


「あれはいかが致しましょう?」


 志尽玖の視線を追った全次郎は答えた。


「自業自得だ。いますぐ死ぬような怪我じゃねえ。運が良ければ人里まで降りられるだろう」


 二人の視線の先には、焙烙玉の爆発で自ら怪我を負った野盗の生き残りがいた。まだ顔を押さえ、倒れたまま呻いている。

 出血はあるが全次郎の言う通り今すぐ死ぬほどの怪我では無いだろう。


「そうですね。では行きましょう。日が暮れる前には湯馬の町へ着かなければなりませぬ」


 そう言うと志尽玖はすたすたと山道を歩き出してしまった。全次郎は慌てて追いすがり尋ねた。


「旦那さんは亡くなられたそうだが……。どうした。病か?」


 きゅっと志尽玖が唇を噛みしめるのを見て、全次郎は慌てて付け足した。


「いや、これはすまぬ。いらぬ詮索だった。話したくなければ……」


 しかし言い終える前に志尽玖はその唇を開いた。


「殺されました。物の怪、あやかしの類いに……。夫だけではありませぬ。わたくしの村の人々、すべてが……。生き残ったのはわたくしだけです……」


「そりゃあ……、ひでえ話だな」


 全次郎はさすがに絶句した。


 そうだ。この、ひのもとノ国は、やまと大陸は、物の怪、あやかし、妖怪が跳梁跋扈する世界。中には人間とうまくやっている物の怪、あやかしもいるが、人を襲うものも珍しくない。


「それはどこの村の話だい? 村一つが全滅したというなら、噂になってもおかしくはないのだがな……」


 全次郎のその問いに、志尽玖は薄い靄越しの空を見上げた。


「小さな村でございます。人の噂に上らなくとも当然でございましょう」


 話したくは無いのだろうな。全次郎はそう思った。しかし後家というには、着物も喪服では無い。それにやはり外見と本人の言う年齢も合っていないのも気になる。


 暫斉の元で修行を積んでいた時、人の記憶を操る妖術、幻術があると聞いた。よもや志尽玖もそんな被害者なのかも知れない。


「志尽玖さんを狙っている野盗や、それをけしかけている黒幕と関係はあるのか? なにか身に覚えは?」


 志尽玖は全次郎の方へ向き直って一言言った。


「志尽玖で構いませぬ」


「いや、それはいささか馴れ馴れしい。亡くなられたご主人にも申し訳ない」


「そのような事を気にするような人ではございませんわ」


 志尽玖は寂しそうに少し笑った。


「わたくしを付け狙う人間ですが、正直まったくのところ心当たりが無いのでございます」


「ふぅむ。それはまた妙な話だな。志尽玖の目的地とも何か関係あるのかも知れぬな」


 そして全次郎は続けて尋ねた。


「どこへ行こうというのだ。湯馬の町が目的地ではあるまい。あそこは湯治場だぞ」


 せいぜい休息の為に湯に浸かるくらいしか出来ぬ町だ。志尽玖は全次郎の方へ頭を巡らせて答えた。


「帝都央栄都おえとへ向かおうと思っておりまする」


 ◆ ◆ ◆


「くそ、くそ!! 餓鬼一人拐かすだけって話だったのによぉ! お頭もやられたし、他の連中は俺を見捨てたし……! 畜生! 痛ぇよお!」


 焙烙玉を投げつけようとして自爆した、あの野盗はまだ呻きながらのたうち回っていた。結局、逃げ出した他の野盗は彼を助けてくれなかったのだ。


 全次郎が言ったように死ぬほどの怪我ではないものの、痛みが激しくて今すぐに人里へ降りる事も難しい。


 その時だ。


 一陣の風が吹き、周囲の靄を吹き飛ばしていった。その後に突然、人影が現れた。


 侍だ。裃を着けた紋付き袴、月代は青々と剃られており、身ぎれいな若い侍だ。そして山中にしては不釣り合いな格好である。


 野盗はその侍に見覚えがあったようだ。


「旦那! 助けて下さいよぉ!!」


 足下へすがりついた。若侍はそんな野盗には目をくれず、周囲を見回してつぶやいた。


「ふむ、やはりこの程度の連中では志尽玖には歯も立ちませぬか。……いや、助っ人が現れたようですね」


 野盗の腕に残る弾痕を見てそう言った。


「話が違いやすぜ、旦那ぁ! 小娘一人拐かせばいいって話だったのに、あんなに強いなんて……」


「志尽玖がかなりの手練れだとは話して置いたでしょう。舐めた貴方たちが悪いのです」


 若侍はにべもなく言い返した。


「そんなぁ! あんな妙な剣術を使うなんて聞いてないですぜ! なんで俺がこんな痛い目に遭わなければならねえんだ!」


「ふむ、痛いですか」


「痛ぇよお! 薬か何か持ってないのかよぉ!」


「分かりました。いささか荒療治ですが、痛みがすぐ引く手段があります」


 ホッとした野盗だが、すぐさまその言葉の意味に隠された真意を悟ると、悲鳴を上げて若侍から離れようとした。


 若侍の腰の刀が一閃。次の瞬間、野盗の首は飛んでいた。


「これでもう痛くはないでしょう」


 そう言いつつも、若侍は足下を見て舌打ちをする。


「袴が汚れてしまいましたね」


 確かに袴は怪我をした野盗がしがみついた為、血と土埃で汚れていた。


「逃げた連中もいるようですが、私の顔を見られている。念の為、始末しておくべきでしょうな」


 そして再び風が舞うと、若侍の姿は靄と共に消えていた。

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チャンバリックファンタジー! ゴールデンエッジ/ブラッドムーン 庄司卓 @SYOJI-TAKASHI

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