「全次郎、志尽玖と出会う」三ノ段

 そう言い放つ野盗の頭領に全次郎は刀を構えながら答えた。


「二刀流じゃねえ。師匠は二元流と言っていたな」


「関係ねえ!」


 頭領は手下に目配せをした。それが合図だ。頭領は腰の刀を抜き放つや、全次郎へ突進する。手下たちは少女たちへ向かった。


 頭領は右に左に走りながら全次郎へ近づいてきた。


 ほぉ、一応、鉄砲への対処方法は出来ているようだな。鉄砲は狙いを定められぬよう、左右に動く事が鉄則!


 頭領はそれを分かっているようだ。しかし分かっているからといって、それを有効的に実行できるわけでもない。


 全次郎は頭領が近づいてくるのを待って、顔へ向けて拳銃を撃った。狙いは適当だ。当てるための銃撃ではない。


 ダンッ! 破裂音と共に銃撃の閃光が走る。人間は大きな音や閃光を目の当たりにすると、一瞬、行動が止まる。 


 それを見過ごす全次郎では無かった。


 まず頭領の足を撃つ。これで動きを封じる。そして続いて眉間に一発、たたき込んだ。


 頭領はぐぇっとくぐもった悲鳴を上げて事切れた。


「三発も使っちまったぜ」


 しかし全次郎が弾丸三発を費やして頭領にとどめを刺したのには理由がある。先ほど野盗一人が焙烙玉を使ったからだ。頭領が無策で突っ込んでくるとも思えない。


 こいつも……。


 念の為、距離を置いた瞬間、頭領の懐で何かが爆発した。


 案の定だ。全次郎とあれこれ話している間に、こっそり火を付けていたのだろう。抜け目のない奴。しかし詰めが甘かった。


 さて、続きだ。


 全次郎は素早く拳銃に弾を込めながら少女を取り巻く野盗の方へ向かった。


 少女は野盗が全次郎とやりとりをしている間、後ろから襲いかかる事はしなかった。逃げる事も出来たはずだ。


 少女は侍、武士ではないが、相手が自分を拐かそうとしている野盗であっても背後から斬りつけぬ矜持はあるようだ。


 ここで逃げたら、野盗たちが一斉に全次郎に襲いかかる事にもなりかねない。それは余りに無責任と判断する余裕もある。


 なるほど、ただの町娘、餓鬼ではなさそうだ。それなりに家柄が良いなら、助けた場合の報酬も期待できそうだな。


 そしてもう一つの興味もある。


 少女が野盗を斬り捨てた技だ。どういう理屈だ。両手に持った小太刀では、到底、男一人を斬り裂く事は出来ないはずだ。


 全次郎は興味津々で、少女と取り巻く野盗の方へ向かった。


「お、おい! お頭がやられたぞ!」


 野盗の一人が叫ぶ。野盗たちも少女を警戒してなかなか近づけに居たが、後ろから全次郎も迫ってくるとあってはもはや道はない。


 前門の虎後門の狼!


 それなら刀と銃を持った男より、少女の方が組みやすそうに思える。すでに三人、少女に斬り殺されている事まで、もう頭が回らなくなっていた。


「くそ! 餓鬼を攫って退散するぞ!」


 野盗の一人が少女に襲いかかった。


 む、やるか? 少女が身構えるのを見て、全次郎は足を止め、その様子を見守った。

 襲いかかる野盗の一人があっさりと真っ二つにされる。今回も少女は野盗を蹴り飛ばしたようだ。


 これは……! 刀! なんと! 足でもう一振りの刀を操っている!! その刀は大人が振り回すものと遜色のない刃渡り! 両刃である事から剣と言っても良い。


 一般に人の足の筋力は、腕のそれの三倍とも言う。これならば少女でも野盗を一刀のもとに斬り捨ててもおかしくはない!


 もちろん、足で剣の柄は握れない。ここから良く見えないが、剣は鎖か何かで少女の足に繋がれているようだ。


 先ほど鎖の音を聞いたが、これだったのか。全次郎は納得した。


 これで野盗の数は半分。残った連中は激しく視線を巡らせて、各々考えを巡らせているようだ。


 すでに頭領は倒された。今までの状況から察して、少女や全次郎が逃げる自分たちを追いかけて斬りつけてくる事はなさそうだ。


 そうなると結論は一つ。命あっての物種だ。


「畜生、覚えていやがれ!!」


 そう言い捨てると残った野盗は、散り散りに逃げ出した。覚えていやがれと言っても、連中は全次郎や少女の顔は二度と見たくはないだろう。

 捨て台詞は決まり文句だ。


「一昨日来やがれ!」


 全次郎も決まり文句で返す。


「さて……」


 頭を巡らせる。少女は未だ臨戦態勢を解いていない。自分を助けてくれたのは事実だが、この武士、全次郎の本心が分からないのだろう。


 全次郎は腰の鞘に刀を戻し、そして拳銃も懐のホルスターへ戻した。しかしまだ少女は上目遣いに全次郎を睨み付けているだけだ。


 こうしてみるとなかなかの美少女だ。顔立ちもよく整っている。鼻筋は通り目はぱっちりとして、戦いの後の興奮で頬は少し紅潮していた。


 少女がすぐに襲いかかってくる様子はないので、全次郎はその足下を確認した。確かに大ぶりな剣が鎖で少女の足首の辺りに繋がれている。よく見ると剣の柄は足を掛けられそうな作りになっていた。


 先ほど、野盗の群れから少女が頭を出した時、剣を地面に突き立て柄に足を乗せて立っていたという訳か。


 全次郎は得心した。


 そんな全次郎へ、少女は射るような鋭い視線を送っている。


「そう、睨むな。娘子。別に何かしようって訳じゃねえ。お前を助けて、あわよくば褒美でも貰おうかと虫の良い事を考えていたくらいだ」


 全次郎の言葉に少女は嘆息を漏らした。


「わたくしを助けても、褒美は出ませんわ。天涯孤独の身ですから」

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