「全次郎、志尽玖と出会う」二ノ段
少女は襲いかかる野盗をまず手に持った刀でいなす。それだけでは到底、野盗の群れを捌ききる事は出来ない。
大柄な野盗の一人が、少女の背後から覆い被さるように襲いかかってきた。その瞬間だ。
少女の姿が全次郎の視界から消えた。野盗たちもそうだったのだろう。困惑する気配がうかがえる。
そして背後から襲いかかった野盗が、突然、腸を巻き散らかして、鮮血と共に倒れ込んだ。
なんだ、どんな妖術を使った!?
離れていた所から見ていたとはいえ、全次郎も剣豪暫斉から免許皆伝を認められた腕前。当然、刀を、剣筋を見逃すはずがない。しかしまったく全次郎の目では確認できなかったのだ。
野盗たちも同じようだ。うろたえる、慌てる! そしてやけくそになり、また別の野盗が少女へ襲いかかる。
結果は同じだ。違いと言えば、頭から真っ二つ。まるで三枚に下ろされた鰺のように切り裂かれたくらいだ。
なんだ、どうなった!?
全次郎が辛うじて理解したのは、少女が蹴りつけるような動作をした所、野盗が真っ二つになったという事くらいだ。
無論、小柄な少女が蹴るだけで、自分より何倍も大きな男を真っ二つに出来るはずがない。
焦るな。
師匠が言っていただろう。世の中の事、大抵は理で説明できる。特に人間のやる事は、すべてが理の中だ。必ず理由が、原因がある。
野盗から少女を救うよりも、全次郎にとっては少女の技への疑問がいや増していった。
「畜生! 大人しくしていれば、つけ上がりやがって、この餓……」
そう叫んで襲いかかる野盗は、言い終えぬうちに首がすっ飛んでいた。これもどうやら少女の足の動きに関係しているようだ。
「むぅ!」
ちらりと見えた。
剣筋! 金属の刃! それは少女が手に持つ二振りの刀よりも大ぶりに見えた。しかしどこにある? どこに持っている? 少女の手はふさがっているはずだ。
その時だ。一人の野盗が少女と仲間から距離を置いた。その態度に全次郎は剣呑なものを感じて次の行動を見守った。
その野盗は懐から何かを取り出し、やはり懐に忍ばせていた種火らしきものから火を付けた。
いかん、焙烙玉だ!
それは火薬を詰めた陶器。火を付けて投げつける武器だ。
飛び道具、それも仲間ごと吹き飛ばそうとは、卑怯千万! こうなっては、ただ見ている訳にもいかぬ。手段も選んではいれらぬ!
全次郎は懐からそれを出すと、焙烙玉を投げつけんとしている野盗へ向かって声を掛けた。
律儀に声を掛ける事も無いのだが、そこは武士としての矜持があったのだ。
「おい、そこのお前! 焙烙玉とは卑怯なり!」
「なんだと!」
野盗はそこで初めて全次郎の存在に気づいたようだ。焙烙玉を少女に投げるか、全次郎の方へ狙いを変えるか迷う。その隙を見逃す全次郎では無かった。
手にしたそれが火を噴く!
「ぎゃあ!」
野盗は悲鳴を上げて、火の付いた焙烙玉を取り落としてしまった。
「ああ、やばい!」
野盗は逃げだそうとしたが、その前に焙烙玉が破裂する。火薬といっても大した量ではない。それだけで爆死する事もない。しかし焙烙玉の陶器や、殺傷力を高める為に中に入れていた小石が古釘が野盗を襲う。
「ぎゃああ!」
野盗は血まみれになってのたうち回る。自業自得だ。全次郎は少女と彼女を取り巻く野盗の方へ向き直った。
「何をやっている。武士」
野盗の頭領とおぼしき男が声を掛けてきた。
「
にやりと笑い全次郎は、今だ硝煙を棚引かせるそれを野盗へ向けた。
「短筒か」
野盗はせせら笑った。
短筒! 野盗がせせら笑うのも当然! 主に馬上で使用する為に作られたもの。その為、小型で取り回しは良いが、威力は鉄砲としては物足りない。射程も短い!
「ただの短筒じゃねえよ。こいつは西洋から輸入した『はんどがん』って代物を俺の師匠が改良したんだ。ひのもとの言葉なら、そうさぁなぁ。拳銃ってところだ」
事実、全次郎の手にあるものは、回転式拳銃とそっくりなものだった。見慣れぬ形状の鉄砲に野盗たちは一時ひるんだが、今更後には引けない。
頭領は手下に命じた。
「おい、ゲンの字。お前は餓鬼を連れて先へ行け。俺たちはこの短筒使いを始末してから行く」
ゲンの字と呼ばれた手下は、金髪の少女と全次郎を交互に見てうろたえた。
「そんな、あの餓鬼を俺一人で拐かせと言うんですかい! せめて二、三人手を貸して下さいよぉ」
少女はすでに野盗の仲間を三人、瞬く間に切り捨てている。一人で相対しろと言われても、怯えるのは仕方が無い。だからと言って突然、現れた短筒使いの武士も、一人二人でどうにか出来そうにない。
「死にたくなけりゃ、さっさと消えろ」
選択肢は全次郎の言葉だけだ。しかしまだ野盗は少女と全次郎を交互に見ながら逡巡している。
そんな野盗に、全次郎は拳銃を左手に持ち替え、右手で腰の刀を抜いた。
「け、今度は刀と短筒の二刀流って訳かい」
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