チャンバリックファンタジー! ゴールデンエッジ/ブラッドムーン

庄司卓

第一章 黄金の刃

「全次郎、志尽玖と出会う」一ノ段

 ここは世界の東の果て。やまと大陸。


 ひのもとノ国が支配する、いささか小ぶりな大陸だ。


 将軍が君臨する帝都では蒸気機関車が走るようになり、電灯が夜を照らす。帝がおわす皇都では今だ公家や陰陽師による儀式が厳かに行われていた。


 躍進する帝都や雅やかな皇都とは対照的に、遠く離れた僻地では盗賊や悪党、魑魅魍魎、妖怪変化さえも跳梁跋扈していた。


 そんな時代、そんな国。


 そしてそんな僻地、やまと大陸中央部にある火山帯近くの湯仙の国。山を越え宿場町へ向かおうとしている、旅装束の一人の武士がいた。


 名を全次郎ぜんじろう。姓はと敢えて尋ねられれば芝楽しばらく全次郎ぜんじろう


 年の頃は二十歳と少し。もともとは戦乱の中で親兄弟を失った天涯孤独の身だが、人買いに捕まったところ、剣豪しばらく斉に助けられ弟子となったのである。芝楽の姓も師匠から賜った。


 暫斉は剣豪というものの、かなりの俗物。


 孤児を集め、男子には剣術を教え、ある程度の腕前になった所で、各地へ旅に出す。のたれ死にするも良し、それもまた運命。各地で腕を揮い、実力を評価されれば、そこで暫斉の弟子だと触れ回る。それで将軍家や大大名などから、誘いがあれば乗りたいという算段だ。


 無論、暫斉の引き取った子供たちが、すべてがすべてそれなり腕前になるわけでもない。そういう子供たちは、暫斉の所有する田畑で農作業に従事する事になる。そして女子たちはそんな男たちの嫁としていた。


 いつの間にか暫斉は剣豪というより、ちょっとした地主いや領主となり、藩主からも一目置かれるようになっていた。その為、仕官の話があっても、なかなか腰を上げなくなり、各地へ弟子を送り出すのも、今や単なる売名行為になっていた。


 全次郎は暫斉の俗物っぷりを苦々しく思っていたが、剣術を授けられたのは事実。そしてその腕前だけ世渡りが出来るのもまた事実だ。

 あのクソジジイと思いつつも、旅路の先々で剣術の腕を揮い暫斉の弟子だと吹聴するのは忘れなかった。


 ◆ ◆ ◆


「何とか日が落ちる前には、湯馬ゆまの宿場町には着けそうだな」


 全次郎は思わず独り言つながら山道を急ぐ。


 この辺りは風向き次第で火山ガスが滞留する場所。草もまばらにしか生えておらず、鳥の姿もない。辺りもうっすらと靄が掛かっている。旅慣れた全次郎にとっても心地よいとは言えない場所だ。


 早めに通り過ぎるに限る。

 そう思い足を速めようとした時だ。時ならぬ怒声が飛び込んで来た。


 野盗か? 全次郎は反射的に近くの大岩の影に隠れて、声がした方へ視線を巡らせた。


 靄を通して見ると確かに野盗のようだ。十人程度のボロを纏った野盗が、誰かを中心に声を荒らげている。


「黙って来いと言ってるんだよ! 別に生かして連れてこいとは言われてねえんだ! なんだったら、お前の首だけ持って行ってもいいんだぜ!」


「下手に出てりゃあいい気になりやがって、このクソ餓鬼!」


 野盗の間から、殺風景な光景の中では否応なしに目を引く鮮やかな着物の柄が見えた。


 女か? いや、小柄だ。子供だ。少女だ。拐かしだろうか。着物の柄から察して、そこそこ良い家の子のようだ。そんな子供がなぜここに居るのかは分からないが、供のものはすでに野盗に殺されたのかも知れない。


「これはちょうど良い」


 全次郎はほくそ笑んだ。この少女を野盗から助ければ、それなりの礼金も貰えそうだ。師匠の名を売る好機にもなる。


 全次郎は近くの岩に腰掛け様子を見る事にした。助けるならもう少し窮地に陥ってからで良いだろう。野盗も見るからに雑魚だ。全次郎の腕前ならば恐るるに足りないのは一目瞭然。


「止めて下さい! 離して!!」


 少女の声が響いた。なかなか気は強そうだ。


「止めないと……。こちらにも考えがあります!!」


 じゃらんという鎖が触れるような音がした。すると野盗の間から、少女の頭が現れた。背丈が高い。いや何かに乗っているのだろうか。そう思う全次郎だが、それ以上に目を引く事があった。


「金色の髪……。異人の子か? いや顔立ちは、ひのもとの人間だ。混血か」


 商人や敗残兵などの異人が、やまと大陸に流れ込むようになってから、もう百年以上。暫斉が面倒を見ている子供の中にも、金色、赤色の髪、赤銅色、褐色、黒色の肌を持つ者がいた。


 今更全次郎も金髪くらいでは驚かない。驚かないが、この生命感のない灰色の世界では、金色の髪は否応なしに目立った。


 少女は何か薄い布のような物を取り出し、それを頭からかぶる。そして両の手には小太刀が二振り、握られていた。


「二刀流か」


 面白い。こんな子供が二刀流を使うとは。しかし小ぶりな刀だ。本人も小柄だしこれでは満足な立ち回りなどできないだろう。


 適当な所で加勢に入るか。全次郎は己の刀を握りしめた。

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