しゅらららば05/保健室と過去
カケルと菫子が出て行った直後、呆気に取られていたリラであったが、
廊下から聞こえるバタバタと慌ただしい足音に、追いかけなければと走り出す。
残された風花は一分ほどチョップされた頭を押さえたまま呆けていたが、我に返ると深くため息。
「…………警告なのかなぁ。それとも――」
静かに一度目を閉じてゆっくりと開く。するとその表情には無があった。
彼女はそのまま保健室に帰る気になれず、朝の見回りと称して遠回りするルートを頭の中で組み立てながら歩き出す。
一方で逃げている最中の二人と言えば、背後から迫ってくる小柄な女生徒、もとい(ゴ)リラの追跡速度に驚きながら新校舎の玄関、下駄箱へと飛び込む。
「二手に別れて保健室に集合でっ! そこでホームルームまで隠れてるってコトでいいっすねセンパイ!!」
「オッケー! リラがどっちに行っても恨みっこなし、無事に保健室に辿り着けよ!」
「――――ちッ、アイツら別々に逃げる気だっ!? くそッ、ボクはどっちを……、カケルから、いやでもあの生意気な在賀ちゃんから――――って早速カケル見失ったし!? アイツ逃げ足早すぎだろ!?」
ならば菫子を追うしかない、とリラは狙いを定め。
菫子としたら己に来るならしめたもの、後ろのゴリラには腕力と握力で敵わないが。
元不良として校舎内でサボる為の、隠れる為の場所の知識では負けないと逃走プランを練り始める。
――――そうして五分後、保健室の奥のベッドでは。
「よし、カーテンを閉めたし。やっちー先生が来ない限りバレないだろ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、……つ、疲れたぁっ、あんのゴリラめしつこいったらありゃしないってーのッッッ!」
「なんかスマン。――いや、ありがとう、だよな。俺を助けるためにウソをついてくれたのに、その上、囮になってリラから逃がしてくれてさ。……はい水、登校中に買ったやつだけど口つけてないから飲みな」
「さんきゅーカケル先輩! ~~ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷはっ! 生き返るぅーー!!」
ミネラルウォーターのペットボトルを一気に半分まで飲み干した菫子は、ベッドの上で大の字に寝転がる。
カケルは苦笑しながらその横に腰掛けて、一先ずの危機は去った筈だ。
可愛くて頼れる後輩も落ち着いた様子であるし、ならばどうして恋人というウソになったのか聞かなければならないのだが、その前に元不良の後輩が安心感のある先輩に問いかけた。
「…………今、幸せですか?」
「急だなその問い、まぁ幸せかって言ったら、うーん、菫子みたいな頼れる可愛い後輩が居て幸せって感じではあるが」
「褒めてくれて光栄ですけど、そうじゃなくて…………その、あんな事故があって、ゴリラ先輩から告白されて……それに……だから、不幸かもしれないって」
「リラの告白は正直戸惑ってる、でも好意は嫌じゃないんだ。ただリラと恋人になるのはなんか違うって気がしてさ、受け入れられないのが心苦しいっていうか」
今までみたいに、親しい異性の、親友と呼んでも差し支えない間柄に戻れないのだろうかとカケルは寂しそうに笑った。
本当に、いきなり告白なんてどういう風の吹き回しだったのか。
思い返してみると、どうも男子だけの腕相撲大会という提案がそもそも仕込みだった可能性すらある。
「ま、ゴリラ先輩もそのうち諦めるっすよセンパイ、それまでワタシが壁になりますから安心して運命の恋人でも探しでもしてくださいよ、案外近くに居るかもっすよ~~?」
「菫子が力になってくれるのはありがたいけどね、先輩としては大事な後輩に一方的に頼ってるみたいで心苦しいんだけど?」
「…………じゃあ、恩返しさせてくださいカケル先輩」
菫子のあっけらかんとした声色が、優しげなそれに変わった。
恩返し、カケルは彼女の言葉に思い当たる節がある。
彼としては、自分のためにやった事なので恩返しと言われると少々複雑な所があるのだが。
「あの時、……一人で産んで育ててくれたママと喧嘩して、自棄になってパパ活しようとしてたワタシを止めてくれたのはカケル先輩だけでした」
「それは――」
「先輩からすれば、夜の町で偶然目にしたウチの制服の女子の援交現場を見過ごすなんて出来なかった、あの時はやっちー先生に頼まれてたからってのもあったでしょうけど……」
パパ活しようとしていた、なんて穏当な表現だ。
彼女が己を傷つけようとした行為は、初めてという事、幸か不幸かその手のノウハウも持っていなかったから。
強引に暗がりに連れ込まれ、制服を破かれ強姦される寸前だったのだ。
「……あの時の先輩、お父さんってヒトが居るならこんなって思っちゃったんです。カケル先輩という父親の子供として産まれて、愛されて育てられてみたかったって」
「菫子……」
「だから、カケっさんセンパイはワタシのパパで、人生踏み外しそうになった所を助けてくれた恩人っすから。せめて……娘として助けさせてくださいっす」
「…………ありがとう菫子」
「へへっ、そうやって優しく撫でてくれるの好きっす」
望んでも得られなかった父親からの愛、それを得るための代償行為である事を二人は理解している。
それだけじゃなく、先輩と後輩、仲の良い友人、部活の仲間として、在賀董子は天城カケルの力になりたいと。
ならば彼としては、受け入れるしかない。
「じゃあよろしく頼む、偽物の恋人としてな」
「よろしくっす、偽物の恋人としてっ!」
二人はそう言いながら笑い合った、――風花とリラがひっそりと保健室に入室しカーテン越しに聞いていた事を知らずに。
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