しゅらららば06/保険医と女友達、そして事故
「…………」
「――――ぁ」
二人の話を結果的に盗み聞きする事になった風花は、その場で立ち尽くしていた。
隣を見るとリラは唇を強く噛かみ、揺れる眼差しでカーテンを見つめていて。。
彼らの事情を知っていた風花といえば、大人として教師として平然とした表情をしていたつもりであったが。
「……?」
やっちーセンセ? と喉から出かかった疑問をリラは飲み込んだ。
いつも明るく優しげな風花の表情は、どこか寂しそうに、切なそうに目を軽く伏せているように見えたからだ。
――でも、そんなコトにかまってはいられないと、リラは息を思いっきり吸い込み力強く踏み出し。
「……――――その偽恋人! ちょおおおおおおっと待ったああああああああ!!!」
「ッ!? リラ!? そこに居るのかよ!?」
「しまった聞かれてた!?」
カーテンをばっと勢いよく開いて、リラは二人の前に仁王立ちをし立ち塞がった。
「おうよおうよ、悪いけどばっちり聞かせて貰いましたとも。――ねぇ有賀、キミがカケルを大切に思って守ろうとしてるのは分かったよ」
「なら引いて貰えません? ぶっちゃけカケル先輩の重荷になってますよね(ゴ)リラ先輩のキモチ」
「――それでもっ! 引けるもんか!! こっちだってなぁ、引けるようなら引いてるんだよ!! でもカケルが悪いんだからな、カケルが――――」
リラの目から、大粒の涙がこぼれ始める。
頬を伝い、ぽろぽろ、ぽろぽろと流れるままに、激情のままに彼女は言った。
「惚れちゃうだろぉ! 自分の命も省みずさぁ、ボクが車に轢かれて死ぬかもしれないって所を救ってくれたんだから!」
(何それ聞いてないんだけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)
カケルは咄嗟に風花と菫子の顔を見るが、彼女たちは目を合わせてくれない。
事故のことは全くもって覚えていないが、二人が否定しない以上、己はリラを助けたという事で。
「元々さぁボクらは仲がよかったじゃんか、親友だって思ってたし、もしかしたらそれ以上の関係でも……って思ってたよ、どうなるにせよゆっくりとって、――でも」
「…………俺は、頭を打って忘れてしまった」
「それだけじゃないッ! 頭から血を流してるキミを見てボクがどれだけ心配したことか! どれだけ怖かったことか! 死んじゃうかと思ったんだからな!!!」
「なんかスマン」
「謝るなよぉ!! 不注意で赤信号で渡ろうとしたボクが悪かったんだからさぁ!!! キミは忘れてしまったけどボクは覚えてるッ、キミは親友以上にボクの命の恩人になって、……気づいたんだ、バカみたいにベタな話だけど気づいたんだ、喪いかけて、キミを本気で好きだってことに」
「……リラ、お前――」
「だからさ、絶対に認めない! ボクは偽恋人なんて認めないからな! カケルはボクが完全無欠のハッピーにしてみせるんだ! ちゃんと胸に刻んどけ!」
リラはそう言い捨てると、真っ赤な泣き顔で走り去って。
(――――これ、マジでどーりゃいいんだ???)
困惑、混乱、今のカケルの頭の中を表現するならばその様な単語がしっくりくる。
どうして事故で忘れていた事を、誰も教えてくれなかったのか。
菫子も、風花も、親だってそうだ、医者からも己がリラを助けたなんて聞いていない。
(しかもさ、……目を反らしたよね、やっちーも、菫子もさ)
二人とも、知っていたのに、話さなかったのだ。
(――――まてまて、早合点しすぎだ。無理に思い出させても頭痛が発生するからって医者が止めてた可能性が高そうだよな)
ふぅとカケルは深呼吸を一度、あらためて風花と菫子を見ると。
「理由を聞いてもいいか?」
「……ま、ワタシは事故の件とは完全に部外者ってのもありますけど。お医者さんから自然に思い出すまで言わないようにってセンパイの親御さんにもヤッチー先生にも言われてましたっすから」
「ああ、やっぱりそういう事なんだ」
「ごめんね天城くん、退院してからもずっと気にかけていたのはそういう事情もあったんですよ。事故の後、目を覚ました天城君は記憶の混濁が激しくて、無理に思いだそうとして強い頭痛により意識を喪うこともあったから……」
「思ったよりマジでヤバそうなんだけど!? 俺の頭大丈夫なの!?」
もしや脳に重大なダメージがあるのではと、カケルは途端に青ざめて冷や汗を額に浮かべる。
そんな彼を見て、風花は優しく微笑んで。
「精密検査では後遺症はないって結果だから、その点は安心して。でもそうなると、どうして思い出せないかってなるんだけど……」
「なんでも心因性って話っすよセンパイ、――もしかしたら、(ゴ)リラ先輩の告白を断ったのも何か影響があったからかもですね」
「影響してるなら告白を受け入れてそうな気がするけどなぁ、守ったって事はそれだけ大切に思ってるって事だろうし」
「なんか他人事っぽく言ってますけど、自分のコトですからねカケっさんセンパイ」
「覚えてないからなぁ、なんか自分のことに思えないというか、恋愛感情で守ったのかなー? って感じがあるんだけど」
複雑そうな顔で首を捻るカケルに、風花は優しそうな顔を向けた。
――だがそれはあくまで風花自身の認識で、彼女の表情を見ていた菫子からすれば泣きそうな顔だと思ったのだが。
ともあれ。
「さ、そろそろホームルームが始まる時間じゃない?」
「うん? あ、マジじゃん! 早く行かないと!! またなっ!」
「じゃあセンパイ! やっちー! また放課後の部活で!!」
「はーい、行ってらっしゃーいっ!」
どたばたと保健室を退出する二人に、――遠ざかるカケルの背中に風花は泣きそうな顔で。
「――――カケル」
と、小さく小さく、誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いた。
引き留めてしまいそうな手を、伸ばそうとした手を、ぎゅっときつく握って白衣のポケットに入れて扉を閉めて。
一方でカケルといえば。
(今まで気にしてなかったけど、他にも忘れてるかもしれないってコトだよな…………いったい俺は何処で事故にあって、リコを助けることになったんだ???)
それに。
(――医者に言われたからって訳じゃない、不思議と確信がある、…………やっちーセンセと菫子は、他の意図があってリコのことを伝えてなかった、何故かそう思えて仕方がないぜ)
その根拠はどこにあるのか、探しに行くべきだろうとカケルは決心したのであった。
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