しゅらららば02/お弁当と涙
「はい、こっちが天城くんの分。からあげ入れておいたよ好きでしょっ!」
「さっすがヤッチー分かってるぅ! ――それにしても、毎日の様にご馳走になってありがとう。もしかして食べに来ない日でも作ってくれてる?」
「……ふふっ違うって、本当に偶々、ずっと前から習慣になっちゃってるの、だからつい、ね? てへへっ」
「うーん可愛い、そして料理も上手いし性格もいい、ヤッチーって本当にいい女って奴だよなぁ……」
「はいはい、褒めたってなにもでないぞー。誰かに見つかる前に食べちゃってよ」
「じゃあ、いただきまーす!」
カケルは青色のお弁当箱の蓋を開け、さっそく食べ始めた。
ちらりと横目で見れば、隣で八千代風花も薄桃色のお弁当箱を開けている。
――どうして美人は些細な仕草さえ絵になるのだろうか、彼は舌鼓を打ち幸せな疑問を覚えた。
(ホントさぁ、ヤッチーは美人で可愛いよね、ぱっと見は凜とした美人なんだけど、いつも元気で明るくフレンドリーなお姉さんっていうかさ。表情もくるくる変わって可愛いっていうか、男子にはしないけど女子とは結構ボディタッチも目撃されてて……クール系に見えるけど黒髪ロングで巨乳のいつも笑顔な優しいお姉さんって最強すぎない???)
八千代風花はある種のアイドル的な存在だ、高嶺の花と言い換えてもいい。
大人と子供で、教師と生徒で、しっかりとした成人として一線を引いている彼女は特定の生徒と個人的な友誼を結ぶような人ではない。
だからこそ、彼女の手作り弁当を食べれる今の状況は幸運なのだろう、――もしかしたら不運の揺れ戻しかもしれないが。
「あれ? どうしたの天城くん、何か味付け間違えちゃった? それとも……また頭が痛む?」
「ちょっとヤッチーに見とれてただけ」
「みっ!? も、もう……からかうんじゃありません天城くんっ!」
「ごめんごめん、頭はもう痛まないよ、だってあれからもう二ヶ月だぜ? 病院でも怪我はないって……でも頭を強く打ったから精密検査がまだあるらしいんだ、めんどうだなぁ」
「…………そう、ならいいんだけど」
やれやれと遠い目をするカケルに風花は安堵したように笑った、――どこかその笑みが寂しそうに見えて。
約二ヶ月前、カケルは事故にあった。正確に言えば車を避けようとして大袈裟に飛び、転んで頭を強く打った――らしい。
らしい、というのは彼自身その時の記憶がないからだ。
(ヤッチーも心配性っていうか、思った以上に優しいんだよな入院中に毎日昼休みに抜け出して様子を見に来てくれたし)
それまで接点なんてなかったから、己が彼女の特別になれたようで嬉しかった。
けど。
(勘違い、しちゃいけないよなぁ……)
うまうまと唐揚げを堪能しながら、カケルは自分自身にブレーキをかけた。
風花は保険医として頭を強打した生徒を心配しているのであって、お弁当は彼女の言うとおり作りすぎたか、単に少しばかり過剰な優しさの象徴である。
とはいえ八千代風花はカケルのドストライクな異性であり、思わず口走ってしまう事もあるわけで。
「はぁ……ヤッチーが恋人だったらなぁ」
「ほえっ!?」
「ね、センセ。俺と付き合わない? 秘密の恋人とかしちゃう??」
「――――――――ぇ」
「ッ!? ご、ごめん、そんなに嫌だった!? 冗談! 冗談だからキモとかキショとか言わないで欲しいマジで!!!」
カケルは思わず目を丸くした、軽い冗談のつもりで、バカって笑いながら怒られるつもりだったのに。
なのに何故か、風花はポロポロと大粒の涙を流して。
(うあああああああああああ!? やらかしたあああああああああああああ!! NG!? ヤッチーセンセには恋愛ごとは特大NGだった!? 過去の辛い恋愛を思い出させた!?)
風花は美人で優しくて、明るく元気で可愛くて、そんな存在が今まで恋人がいない筈がない。
ならば、カケルのやる事は一つ。
素早くスツールから降りると最速で土下座、そのあまりに滑らかな動きに風花の目からピタっと涙が止まり。
「あっ、ちょっ!? やめてっ、やめてくださいよカケルくん!? 目にゴミが入っただけだから、ねっ? 確かにジョークとしては最悪の部類でキショッ、とかキモッて感じだけど、ふふっ、マジ泣きした訳じゃないから頭上げて?」
「ぐふッ!! トドメだよそれ…………がくり」
「カッ――あっ、天城くん! …………ふざけてるとお弁当取り上げますよ?」
「はい! 座り直しました! ヤッチー陛下どうか寛容な後処分を!!!」
「…………はぁ、もー、天城くんったら、早く食べちゃってくださいね。お昼休みが終わる五分前までは居てもいいですから」
「そんかわり、誰かが来ない限り一緒にゲーム。だよね?」
「今日も周回のお手伝いして貰いますよー、天城くんはまだ少し様子見な所もあるといえばありますけど実質的に健康そのものなんですからっ!」
それからカケルは、食事を終えたあと風花の持ち込んだ携帯ゲーム機を二人で使い時間まで遊んだ。
教室に戻ると普段通りの騒がしさに戻っていて、けれど違うところが一点。
着席するや否や、隣の席の住人、もとい。
「じぃ~~~~~~、じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
(リラからの視線が痛ぇええええええええええええ!!!)
針のむしろ、とはこの事なのだろう。
カケルが目を合わせないのを良いことに、彼女は右から左から斜めから正面から後ろから、そして授業中も充血した目を大きく見開いて至近距離で睨み付ける。
(………………もしや、殺される??? 俺の命、今日限りってコトぉ!?)
彼女が本気で殺そうとするなら、カケルが全力で抵抗しても無駄だろう。
(なんて事だッッッ、美少女からの告白を断ったが為に儚く命を散らすとは…………俺も罪作りな男だったってコト、か――――)
冗談はともあれ、一発ぐらいは素直に殴られるべきかもとカケルは覚悟を決めたが最後の授業が終わっても何もなく。
ほっと一安心、今日の所は帰るかと下駄箱へ。
すると。
「おい」
「…………リ、リラ? リラさん、どーして後ろからそんなひっくい声で話しかけてくるので???」
「――――恋人になってくれないならコロス、誰かとくっつく前に自慢の拳でコロス、…………覚悟しとけええええええええええ!!」
「ッッッッッッッッッ!?」
「愛してるぜベイビー、ちゅっ!」
(うおおおおおおおおおおお投げキッス嬉しくねえええええええええええええええええええええ!!)
明日から自分はどうなってしまうのか、カケルは怯えながら帰るのであった。
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