2-16

 土産は何にしようか、広島といえばもみじ饅頭か。甘い物が好きな紀子が喜びそうだ。――明神は辛党だが。行く前から土産物を考えて浮ついている自分に古館は戸惑った。


 このところ明神家にいりびたっている。明神と情報交換するためで、以前は外で会っていたが、新年会で忙しい時期に明神の家で集まって以来、家の方が楽だという理由で今は明神の自宅に足を運んでいる。訪問相手は明神だが、終業時刻はあってないような新聞記者という職業柄、明神は帰宅するといった時間に家にいないことが多く、仕方なしに紀子相手に時間をつぶす羽目になる。


 そういった世間話のついでに明神との馴れ初めも聞いた。明神が長野の支局に勤務していた頃に知り合ったそうだ。紀子は、窃盗事件のあった小さな会社で経理を担当していた。その事件を明神が取材したのをきっかけに交際をはじめ、東京本社に戻るのを契機に結婚した。結婚して三年が経つのだとか。子供はまだいない。


 初めのうちは遠慮していたが、今ではすっかり打ち解けてしまった。紀子は料理が上手だ。家庭の温かさについふらりと明神の家に寄ってしまう。電灯にひかれる夏の虫のような気分だ。


 世話になりっぱなしだからな、と、古館は、浮ついた気持ちに理由のラベルを貼りつけた。


 新幹線に揺られて向かう先は広島県、2hillの顔役と思われる人物の故郷である。


 3年前、謎に包まれたアーティスト、2hillの正体を暴いてやろうと動き回っていた時だった。古館のもとには2hillの正体に関する情報が多く寄せられた。昔は足で得ていた情報が、現代は向こうからやってくる。誰もが情報の発信元となり得る時代、古館はアンテナを広げ、無線傍受のように耳をそばだてているだけでいい。


 情報は捨てるほど寄せられた。実際、捨てる方が多かった。ガセ、というよりは提供者の思い込みによる誤った情報が提供されるからだ。


 もう一つ、気をつけなくてはならない点が情報の出所だ。ライバルを蹴落とそうとしてスキャンダラスな情報をわざと古館のようなフリーランスのライターに流す事務所がある。彼らは自分たちにとって都合のよい「真実」とやらを下書きし、野良ライターに記事を書かせる。表に出る記事の作成者はライターだ。事務所は守られる、ライターは金を稼ぐことができる。双方には暗黙の了解があり、思惑がある。真実は事実とイコールではない。


 2hillだと思われる人物についての情報はありとあらゆる方面から流れてきた。自慢げに個人がSNSで発信する情報、2hillの人気を煙たく思い、正体を暴いてやろうという連中がライターの情報沼に投げ込む情報などだ。


 彼の名は吉井零士。


 年齢は二十一歳。


 2hillは年齢を公表していなかったが、見た目から推測するに二十代前半だろう。年齢の整合性はとれる。何より、顔が2hillそのものだった。


 古館の手許には中学の卒業アルバムがある。中学の同級生が2hillだと主張する人物から入手した。


 学生服姿の写真には幼さが残るものの、2hillの美貌が十五歳にしてうかがえる。整った目鼻立ち、涼やかな目元、坊主頭のせいで顔の造形やパーツの美しさ、その配置バランスの妙が帰って際立っている。


 こいつだ。


 写真を見た時にピンと来た。こいつで間違いない。探りを入れるかと思った矢先に転落事故が起こってしまった。


 2hillが顔役と声役の二人一役だったとしたら、顔役は彼、吉井零士で間違いない。


 3年前、終わりにしたところから初めてやる――。

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