2-14

「他に、2hillだと確認する手段はなかったのか? それこそ、指紋を調べるだとか」

「そんなことはしないと嫌な顔されましたね。それはそうです、病院ですから。身元の確認はプロデューサーが行ったそうです」

「プロデューサーか。身内が確認したんじゃあ、ごまかしようがあるな」


 転落したものの即死はせずに2hillは生きていた。病院には身代わりの死体を運び、2hillだと主張する。辻褄はあう。だが、転落事故を演出し、死なない程度までの怪我で済ませることが可能だろうか。また、身代わりの死体も用意しなければならない。それは面倒だ。現実的ではない。


「死んだ人間の名前は二野宮達也。僕も行きたかったけど、古館さんは、彼の故郷に行って何か有益な情報を得られましたか?」


 明神に水を向けられ、古館は二野宮達也の祖母に会ったことを話した。


「葬式を東京でさっさと済ませてしまうというのは何だかきな臭いですね。遺体の状態がひどいだとか、夏だからとか、老人の遠出を気遣ってというのは言い訳がましく聞こえます。何かを隠しているような気がします。死んだ人間は二野宮達也ではなかったとか」


「まさにそれだよ」

 古館は椅子の背もたれにふんぞり返った。

「二野宮達也は死んでいないと主張する人間が現れた。それだけじゃない、2hillは二野宮達也だと断言している」


「えっ、そんな人間が? 誰です?」

 あまりに身を乗り出してき過ぎたせいで、明神は椅子から転がり落ちた。


「上野里加という女性だ」


 明神を椅子に座らせた後、古館は名前を告げた。そうしておいて明神の反応をうかがった。明神は驚いていた。芝居がかった様子は見受けられなかった。


「その、上野里加という女性は、二野宮達也とはどういう関わりがあるんです?」

「二野宮達也の高校の同級生だと言っていた。一度、お前と電話で話したことがあると言っていた」

「電話で話したことがある、ですか?」


 ウエノリカ、誰だろうと明神が独り言を繰り返した。覚えていないとみえる。


「2hillのインタビュー時の様子を尋ねたそうだ。手をこうして……」と、古館は両手を合わせ、指をゆらゆらと動かしてみせた。「動かしていなかったかと。緊張すると出る二野宮達也の癖なんだそうだ」


「イソギンチャク!」

 突然、明神が大声で叫んだ。

「思い出しました、ええ、そういう電話を受けたことがあります。彼女は名乗らなかったのでわかりませんでしたけど。ええっと、確か、『ニノミヤくん』がどうのと。ニノミヤ……二野宮達也か!」


 首がちぎれそうなほど、明神が激しく何度も頷いてみせた。


「それで、その上野里加という女性はどうして2hillが二野宮達也だと確信しているんですか?」

「音楽、だそうだ」

「音楽?」

「2hillの新曲が、二野宮達也がかつて作った曲に似ているそうだ」


「ということはですよ、つまり、こういうことですか。2hillが死んだ。2hillは二野宮達也として死んだことになっているが、本当の二野宮達也は2hillとして表舞台に登場したと」


「顔は2hillに整形して、だ」


 古舘は、二野宮達也の遺影が2hillとは似ても似つかなかった点を報告した。


「整形の執刀医は北村クリニック院長の北村清で間違いない」


 北村が芸能界では知られた整形外科医であること、彼が整形した人物には彼の「サイン」が残されていること、復活した2hillにもその「サイン」が存在していることをかいつまんで説明した。


 芸能界には整った顔の人間が多いと思ったら、やはり整形だったか、というのが明神が漏らした素直な感想だった。


「北村清は死んだ。口封じに殺されたんだと俺は考えている。二野宮達也を整形した事実をつかませないためだろう。逆に、『よみがえった』2hillが二野宮達也だと証明したようなもんだがな」


「警察に知り合いがいますから、それとなく捜査の状況を聞いてみましょうか」

「頼むよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る