2-13
「トリックは別の場所に仕掛けられている可能性があるってことだ。そもそも死んだ人間が2hillでない可能性がある。その場合、2hillは死んでいないことになるから、再登場したところでいろいろと調べられてもボロはでない。本人だからだ」
「なるほど」
「まずは思い込みや先入観を捨てて、情報を整理してみよう。何かトリックがあれば辻褄のあわない情報が見つかるはずだ」
「そうですね」
すっかり片付いた食卓の上で、古館と明神とは共にラップトップPCを開いた。互いに調査・取材した情報はすべてラップトップにまとめられてある。
「まず、事故のあった当日、7月28日の出来事からだ。事故はプロモーションビデオの撮影中に起きた。俺は、現場にいてビデオを撮影していた監督、井上ホッパーという男を取材してきた」
「現場にいた、ということは目撃者でもあり、ビデオという客観的証拠もある。何かわかりましたか」
身を乗り出す明神の目は興奮のあまり輝いている。
「面白いことがわかったよ」
早く話したくてたまらない古館の顔が自然とにやける。
「俺たちは2hillは転落事故で死んだと聞いている。事故というからには手違いがあったと考えるのは普通だ。ビルからの転落事故なら安全面での不備があったのだろうと考えるだろう」
「違うんですか?」
古舘はもったいぶってゆっくりと首を横に振ってみせた。
「現場のビルに行っただろ? 屋上に張り巡らされていたフェンスの高さを覚えているか?」
「ええと……身を乗り出せたぐらいだから、そうは高くなかったかと。だからといって低くもなかったですよ」
「そう、低くはない。人が簡単には落ちない程度の高さはあった」
「でも、2hillは転落した……」
「そうだ。奴は自分の意思で飛び降りた」
「飛び降りた?」
「監督によれば、ビルから飛び降りた2hillの背中から羽根が生え、夜の街を舞うという映像になる予定だったそうだ。ビルから飛び降りるシーンや、羽根が生えるシーン、夜の街を飛び回るシーンはもちろん合成だ。あの日は屋上でのライブシーンを撮影していた。本番が始まると、2hillはフェンスを乗り越えたかと思うと両手を広げ、飛び降りた」
うーんと唸るなり、両腕を組んで明神が考えこんでしまった。明神の脳が情報を処理するのを古館はじっと待った。
きれいな顔立ちをしている。明神の顔を目の前にし、古館はそう思った。なまはげの自分とは違う、人形のように繊細で整っている。人形といっても西洋の人形ではなく日本人形――雛人形の男雛を思い起こさせる。
「飛び降りたのだとすれば、事故ではなくなる。いや、でも、死ぬつもりで飛び降りたというわけでもないのか。飛び降りるシーンの臨場感が欲しくてフェンスを乗り越えてみたが、バランスを崩した? それで『事故』という扱いに? それなら『事故』という主張は肯けるか」
「映像を見てみるんだな」
ブツブツと考えを独り言ちている明神にむかって古館は自分のコンピュータをくるりと回転してみせた。画面には井上から送ってもらった映像が映し出されてある。
明神は食い入るようにして画面に見入った。送られてきた映像のうち、2hillがフェンスを乗り越え、両手を広げたなり、地上に落ちていった映像を一時停止したり、巻き戻すなどを繰り返し、執拗に見入っていた。
「スタッフの慌てようからして、2hillの行動は想定外だったのでしょうね」
「そうらしい。何をしでかすかわからない、それが2hillなんだそうだ。その場での思いつきで行動するところがあるという話だった」
「思いつきでフェンスを乗り越え、手を広げてみたらバランスを崩して落下してしまった。なるほど。と、なると、事故そのものはスタッフが一枚かんだ偽造事故ではないということになる。もしかしたら事故そのものがなかったのかとも考えていたのですが」
「そうだ。事故そのものは偶発的に発生した。この時点で2hillがすでに別人であった可能性も無きにしも非ずだが、可能性は非常に低いと思う。死ぬかもしれない行動を取る身代わりをさせるより、死体をすり替える方がはるかに楽だからな。それで、病院だ」
古館は明神に向き直った。事故直後、2hillが搬送された病院へは明神が取材に行っている。
「医者に会って確認してきました。7月28日、2hillと思しき人物は確かに死亡したそうです」
「『思しき』?」
「ええ。確証は得られませんでした。顔面を強打していたそうです。それでも看護師たちが2hillではないかと騒いだというから、2hillだったと思われますが」
「顔面を強打、か。推理小説なら死体の身元を隠すための常套手段として描かれるところだな」
古館は思わず苦笑いを浮かべた。
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