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三年前と変わらぬ姿だ。
白髪、目の周りを黒く囲った濃い化粧、不自然なまでに濃く赤い唇。中性的で人間離れした美貌。
三年前の記憶を呼び起こす。直接会ったことはなかったが、写真や映像などで知る2hilの姿だ。
明神は、ガラス越しに2hilを凝視した。三年前の2hilと異なるところはないか。三年前の2hilをもとに間違い探しをする。目は、鼻は、口は……。しかし、濃い化粧で誤魔化され、違いは分からない。
撮影が終了し、小早川が明神にむかって話しかけてきた。しかし、スタジオ内には何の音もしない。きょとんとしている明神にむかって小早川が身振り手振りでヘッドフォンをつけるようにと指示してきた。
言われた通りにヘッドフォンを装着すると、小早川の声が飛び込んできた。
「こちらの声はヘッドフォンを通じて聞こえます。明神さんの声はマイクを通してこちらに聞こえますので、質問の際にはマイクに近づいてください。よろしいですか」
「わかりました」
「では、インタビューをはじめます」
「すいません、その前に確認しておきたいことが。インタビューを録音したいのですが、構いませんか」
インタビュー取材の際には必ず録音の許可を相手に取る。記事を書く時に参考にするためで、正確性を期すために必要だからと説明すると、相手は納得する。
しかし、録音と聞き、小早川の顔が険しくなった。
「ちょっと待ってください。本人に確め……」
「ボクは構わない」
2hilが小早川を遮った。
「ありがとうございます。録音機材は川島くんに預けたので、そちらで録音させてもらいます」
「すいません」
小早川が慌ててスイッチを切り、スタジオの明神は再び無音の世界に放り投げられた。
ガラスの向こうでは小早川と2hilとが言い合いをしている。渋い顔の小早川に対し、2hilは余裕の笑顔だ。
川島が明神にむかって肩をすくめてみせた。小早川は川島を気にし、2hilの耳もと近くに口を寄せた。小早川が2hilから離れると、2hilが何かを言った。小早川は目をぱちくりさせた後、マイクの上に身をかがませ、スイッチを入れた。
「わかりました。録音はこちらでします。録音したものは後日お渡しします。それでよければ」
ここはレコーディングスタジオだ。そもそも音を記録するための場なのだ。
「構いません。お手数ですが、お願いします」
インタビュー中、都合の悪い質問や答えたくない質問には今のようにスイッチを切り、明神に聞かれない中で相談しあうつもりだろう。マスコミ対策として、レコーディングスタジオでの取材という形をとっているとみた。
スイッチを切られている間の小早川と2hilのやり取りは川島に聞き取り調査するかと楽観的に考えていたら、頼みの川島もスタジオ内に追いやられてしまった。
スタジオ内の会話は小早川たちに筒抜けだ。明神と川島とは言葉は交わさず、目と目でやれやれと言い交わした。
「それではインタビューを始めてください」
小早川の声を耳にし、明神はマイクに顔を近づけた。
「ねえ、聞いていい? あんた、全国紙の社会部の記者なんだって?」
2hilの声がヘッドフォン越しに耳に飛び込んできた。歌声でない声を耳にするのはこれが初めてだ。高めの歌声に比例するかのように地声も高めで容姿と同じように中性的だ。
「新聞の社会面てさ、事件とか事故を扱う紙面だよね? ボクって事件だったりするの?」
明神が何か言おうとする前に、ヘッドフォンからの音が途絶えた。
ガラスのむこうでは小早川と2hilが言い争っている。その声は聞こえない。
「どう思う?」
こちらの声も相手には聞こえないのをいいことに、明神は川島に問いかけた。
「どうって……まあ、なんていうか、インタビューっていうより警察の尋問みたいじゃないですか」
川島がガラスの方に顔を向けた。つられて明神も同じ方を見やった。
尋問とは言い得て妙だ。さしずめスタジオが取調室といったところか。
二人の言い争いは続いていた。小早川はサラサラの髪を振り乱して激高しているが、2hilは聞く耳持たないといったふうで小早川の剣幕を受け流している。そんな様子の2hilに小早川は苛立っているようだ。
「本人だと思うか」
「何言ってるんですか、明神さんまで」
川島は呆れていた。
「死んだ人間が生き返るわけないじゃないですか。どうせ、そっくりさんだとか、そんなとこですよ」
「そっくりさん、か。断言できるか」
「断言はできませんけど、化粧が濃いからそっくりさんでも本人で通せますね」
「声はどうだ? いくら化粧で誤魔化せても声はごまかせないだろう?」
「うーん……」
川島は腕を組んで考えこんでしまった。
「マイクを通した声だと少し違って聞こえていると思う。でも、川島くんはさっき直接声を聞いただろ?」
「歌声と地声は違うって言われたら、それまでですよ」
「こちらの録音ではなく、わざわざスタジオの機材を使って録音すると言った。録音した声を機械でいじって2hilの声に似させるつもりでいるのでは」
「なるほど、そういう手があったか」
感心しつつも、川島は引っかかるものがあるといった様子だ。
「死んだ人間が生き返るわけないんですけどね……気になることがあって……」
「すみませんでした。インタビューを続けてください」
小早川の声が飛び込んできたため、川島との会話は途切れてしまった。
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