1-5

「さっきのボクの質問、答えてよ。ボクは事件なの?ってやつ」


 小早川を押しのけ、2hilがマイクの前に陣取った。


「死んだ人間が生き返ったら事件です」

「それはそう」


 2hilがくっくと喉を鳴らして笑った。ヘッドフォンから聞こえるため、明神の耳もとで笑われているような近さで、肌が粟立った。


「それで? 信じているの?」


 明神は皮肉な笑みを口元に浮かべてみせるだけに留めた。


「茶番だと思っているんだ」

「死んだ人間は生き返りません」


 明神は2hilを睨みつけた。そうだ、死んだ人間は生き返らない。彼女は生き返らない。


 そうして明神と2hilとはしばらくの間、にらみ合いを続けていた。


 2hilは両ひざの上に組んだ両手を起き、その手の上に顎を乗せている。黒のタートルネック、パンツも黒、黒い手袋を着用しているとあって、2hilの白い顔だけが闇の中に浮いているように見える。まるで夜を舞う生首だ。


「マスコミの報道をどう思いますか」

「楽しそうだなあって」

「『楽しそう』とは?」

「ボクが本当に生き返ったと言うマスコミもあれば、偽物に違いないって言って偽物である証拠を探しているだろ。ゲーム感覚でさ。だから、楽しそうだなって」

「新アルバムの売り上げは絶好調、新しいファンもついた。宣伝効果は抜群ですが、一方で、死者をよみがえらせたというやり方には批判もあります。それについてはどう思いますか?」

「売り上げとかは、ボクは気にしてない。この人は気にしてるけど」


 2hilは小早川を見やった。真っ赤な絵の具を塗りこめたような唇が歪んだ。小早川は苦笑いを浮かべている。


「ボクは歌えればいい。それだけ」

「なぜ、2hilはよみがえったのでしょう?」

「歌うため」

「どうして、今、このタイミングなんです?」

「どうして今かって……」


 2hilは顔の前で両手を合わせ、指を動かし始めた。左右の指がお互いを鍵盤にして音楽を奏でているかのような動きだ。


「歌ってくれと言われたから」

「レコード会社に?」


 2hilはくすりと笑った。軟体動物のような唇がぬるりと動く。


「ヒルズにそう頼まれたから」

「ヒルズ?」

「ボクのファンの子たちのニックネーム。2hilのものという意味で所有格のニヒルズ、言いにくいからヒルズになった」

「ファンが歌ってくれというから、『よみがえった』?」

「そう。ボクはボクの歌を聞きたいという彼らの思いがあって存在している」


 それは生きているファンの思いだろう。では死んでいったファンの思いはどうなる。


「三年前の転落事故の後、何があったかご存知ですか?」

 返事はない。スイッチが切られた様子はない。明神は続けた。


「あなたのファンの若者たちが、あなたの後を追って自ら命を絶ちました。あなたは『よみがえった』と言うが、彼らは死んだままです。死んでいったファンをどう思いますか?」


 2hilは再び両手を顔の前で合わせ、指を動かし始めた。どうやら考える時の癖らしい。白い顔を背景に黒い手袋の細い指先が動く様は、獲物を捕らえようとするイソギンチャクを思わせた。取って食おうとしているのは人の魂か。明神は思わず身震いした。


「何も死ななくてもよかったのに」


 溜息まじりに2hilが言った。ふうと耳に息を吹きかけられたような不愉快さに加え、あまりにも冷淡に投げかけられた無情な言葉に針で脳天を貫かれたような痛みを感じ、明神はヘッドフォンをかなぐり捨てた。


「どうしたんです?」

 川島が慌てた様子で尋ねた。川島を相手にせず、明神は椅子から降り、ブースへと向かっていった。


「落ち着いてください」

 川島が明神の腕をつかんで制した。「落ち着いて」と川島は小声で、しかし強い調子で繰り返した。2hilの言葉はヘッドフォンをしていない川島には聞こえていない。しかし、明神の質問は聞こえていたから、2hilの返答が明神を激高させたと推測できたのだろう。川島は明神が激怒する事情も承知していた。


「どうしました?」

 ドアが開いて、小早川が顔をのぞかせた。


「ヘッドフォンが壊れてしまったみたいです」

 明神は嘘をついた。


「インタビューはここまでにします。ありがとうございました」


 明神は一方的にインタビューを打ち切った。インタビュー相手を怒らせて打ち切られた経験を先輩記者から武勇伝として聞かされていたが、インタビューする側が激怒してインタビューを打ち切ったのは自分ぐらいだろう。


 2hilの顔を見ないようにして、明神は小早川と事後のやり取りを交わした。2hilの顔を見てしまえば殴りかかっていきそうだった。

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