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「毎朝新聞の明神さんですか?」
待ち合わせの駅の改札を出たところで男に声をかけられた。あらかじめ伝えられていた迎えの人間だろう。背の高いひょろりとしたホストのような出で立ちの若い男だ。
「レコード会社ってのはずい分緩いんですね」
相手に聞こえぬよう、川島が耳打ちしてきた。そういう川島だが、ポロシャツにジーンズというラフな格好だ。スーツを着ているのは明神だけだ。
「毎朝新聞の明神です。こちらはカメラマンの川島です」
「すいません、念のため、名刺を見せてもらえますか」
促されて明神と川島は名刺を差し出した。男は受け取った名刺と明神、川島の顔をかわるがわる見やった。
「車まで案内します」
駅前のロータリーに車が一台きり停まっていた。駅舎こそ新幹線の停車駅としての面目を保って立派だったが、駅前は閑散としている。降りた客も明神と川島の二人だけだった。
「迎えの車があってよかったですよ」
安心したかのように川島はほっと小さなため息をついた。
迎えの車は黒いワゴン車だった。運転席を除いた窓ガラスもすべて黒く、外からは車内の様子がうかがえない。
「これをお願いします」
席に着くなり、男が小さな黒い布切れを手渡してきた。
光沢があり、つるりとした肌触りの布だ。二つ折りになった布を開いてみると、輪になったゴム紐がこぼれ出た。黒い布はアイマスクだった。
「何ですか?」
「アイマスクです」
「それは分かってます」
つい口調がきつくなってしまった。知りたいことは何故アイマスクを渡されたかということだ。険しい表情の明神を無視し、男はアイマスクを着けてくれと言った。
「これから2hilの自宅へ向かうんですが、2hilは住んでいる場所をマスコミ関係者には知られたくないんです。ですんで、取材に来られるマスコミの方には道中アイマスクをしてもらってます」
言い慣れているようで、口上は男の口から立て板に水のごとくこぼれてきた。
「用心深いんですねえ」
川島が呆れていた。
「2hilのプライベートを守るためです。熱心なファンといえば聞こえはいいですが、ストーカーとなると問題ですし。マスコミも取材だからといって自宅にまでおしかけてくるとなると迷惑ですから」
男の言い分には一理ある。このところの騒ぎでは、自宅が判明しようものならマスコミが連日のようにおしかけてくるだろうし、ファンも自宅周辺をたむろするだろう。
明神と川島はしぶしぶアイマスクを着けた。
暗くなった視界のむこうでワゴン車のドアがけたたましく引き閉じられた。
「何なんですかね」
男に聞かれていないからと川島の語気は強い。
「今は向こうの言う通りにしておこう」
運転席のドアが開いた音がし、明神は口を閉じた。
視界を奪われると時間の感覚まで失われてしまうらしい。車に乗せられている時間が長く感じられた。
駅前を出発した車は一度も停止せずに走り続けた。信号機が少ないのか、車が少ないのか、その両方か。走り続けているとわかっていても、景色が見えないと、エンジンをかけっぱなしにして停車している車内にいるような奇妙な感覚にとらわれる。そのうちに車体が左右に揺れ出した。カーブを曲がっているのだろうか。左右に揺れる間隔が短くなり始めた。エンジン音の唸り具合から、急こう配の道を走っているようだ。
運転は大丈夫かと不安に思い始めた矢先、車体の揺れが収まった。かと思うと、今度は上下に揺れ始めた。舗装されていない道路に入ったとみえる。
酔いそうだと危ぶんだ途端、まるで明神の不安な心を読みとったかのように車が止まった。
ワゴンのドアが開く音がしたかと思うと、新鮮な空気と光とが車内に流れこんできた。空気は緑のにおいを含んでいた。
「もう外していいですよ」
アイマスクを外すなり、光のパンチをくらい、明神は反射的に目を閉じた。光の刺激になれるよう、何度か瞬きを繰り返し、ようやく目を開ける。
ワゴン車を降りた先には竹林が広がっていた。
「こちらです」
男は先頭切って竹林にむかって歩き始めた。明神は男の後を追った。カメラ機材の入ったショルダーバッグを肩にひっかけながら、川島も足早に駆けてきた。
「『こちらです』って、竹しかないですけど?」
「いいから、ついていこう」
二人の少し先を行く男は立ち止まったかと思うと、竹林にむかって手を伸ばした。みるみるうちに竹林の一部が四角く切り取られ、空間がぽっかりと開いた。
「どうぞ」と男が明神と川島を手招いた。
近づいてみるとそこは建物の入口だった。外壁が竹の型押しで覆われているせいで遠目には竹林と見えたのだった。
「毎朝新聞の明神さん、ですね。お待ちしておりました」
建物の奥から金髪の男が出て来、明神たちを出迎えた。
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