第23話 奇想展開
その頃、萌音、日由子、真咲、芽衣子の四人も心愛達と同じように「出待ち」されていた。
目出し帽をかぶる七人のセカンド達と一人のファーストに囲まれていて、ちょうど心愛達と同じように脅された後だった。
日由子は背中に真咲を庇いつつ、およそ20代後半に見えるファーストに話し掛けた。
「…君は確か元黒梟かな? 何が理由で解散したんだい?」
「ん? ああ、ちょうど欲しいアイテムがあってね。[戦争]が独占してるアレさ。あはははは」
男は与えられたミッションを終え、日由子に雄弁に語りかける。
[戦乙女Z]はすでに詰んでいて、時間稼ぎをする必要もないが、まるで王様の気分だった。
サブタリ攻略における上位組は下位集団をまとめることに手慣れてくる。
下位ファーストや初心者セカンドにも分け前としてアイテムや攻略方法、随伴など旨味を与え、わざわざ反抗するまでもない状況を作ることに長けてくる。
しかも明日は土曜日だ。
この後にはすぐに目眩く快楽の宴が待っている。
「大人のくせに最低かな」
「知ってる。まあだから新たにメンバーを募ったわけだよ」
日由子の横に並ぶ芽衣子は震え上がる思いを出さないようにと短く白い金髪を弄りながら背中に隠した萌音に語りかけた。
「萌音…時間が…」
「もうちょっとだけ待ってください」
萌音も心愛と同じレアスキル持ちだ。
使い潰される奴隷の未来しか見えてこない。
それに現実の時間は三倍速く、芽衣子の懸念もよくわかる。
だが、その前にこれを計画したのが誰か知りたいと、日由子に任せていた。
「メンバー…ね。随分と短小早漏なのかな。覆面なんて、ふふ、包茎でも笑ったりしないから脱ぐといいかな。あははは」
「みんなみんなセカンドなんだ。許してやってくれよ。ただ、この
「…俺ツェェ症候群かな。それは怖いね」
突然、地下世界に送り込まれ、超人的な力を手に入れた人々は、ゲームや漫画の超人キャラクターに自己投影してしまい、自我を肥大化させてしまう傾向にあった。
★にスキルにクラス、レベルでの身体補正を体験すると、いわゆるスーパーマンシンドロームを発症してしまい、勘違い野郎が生まれてしまうのは自然な反応だった。
地下に潜り始めてからまだ一週間も経ってないセカンド達の多くは、それを発症していた。
萌音は男達の足元を注意して見ていた。
爪先にはまだ理性がある。
(安易に襲うつもりはない…? 拉致して山の中に放置したりはしないのでしょうか…?)
萌音の疑問は尤もだ。
ログイン出来なければアウトだ。
山の中にもログインできる場所はあるにはあるが、たどり着く可能性はかなり薄い。
その場合、天使による罰はあるが、セカンドを犠牲にすれば簡単だろう。
「マイルームは彼らに対する施し…なんて人もいるけどね。おそらくは罠だと見てるよ」
「それにまんまと引っかかったと。ふふ、ほんとふざけてるかなっ…!」
日由子は心愛より少し短い金髪を長いネイルを見せつけるようにしてかき上げセカンド達を睨みつけた。
美しい美貌とスタイルの日由子は相手に緊張を強いる。
セカンド達の動揺を萌音は見逃さない。
(レベルも戦闘経験も下…。やはりセカンドには違いないと思うけれど…。このファーストを含めて唆したのは誰でしょうか…)
さきほどの「戦争」発言から四騎士ではない。となると、考えつくのは[ブレード乱舞]だ。イケメンを囲う女達のギルドで、萌音達を目の敵にしていた。
「ハーレムプレイはマイルームじゃ出来ないからさ。あの四騎士だって一人、二人しか連れ込まない…って知らないか…くく、あははははは!」
前線はハーレムプレイで忙しい。
特にマイルームが始まってからはますます攻略が進まない。
そんな言葉が掲示板には踊っていた。
それが仕組まれていたとしたら随分と手が込んでいる。
だが、振り回すだけに夢中の
萌音は形の良い顎に手を添える。
「この近くにみんなログイン済みでね。一人じゃ足りないだろうから二人ずつお相手するよ。だから覆面は君たちへの配慮なのさ。顔なんて見たくないよね?」
「そんなのは良いからさ。黒幕は誰なのかな?」
「はは、それは君たちの可愛らしい殺気が消えてからだよ」
泣きそうな顔をする真咲の前で、日由子が八重歯を剥いた。
「馬鹿にしてるのかな?」
「あははは。してないしてない。レイドが始まった今、レベルアップは割と簡単なんだよ? 君たちもその恩恵を受け取って欲しいなってさぁ。くく、三層も四層もあっという間だよ?」
(四層……? まさかっ!?)
謎の男によるギルドの「箱買い」と現れないリーダールミカの四層突破。
全滅を願うかのような武器チェンジの次はこの「出待ち」。
まるで二段構えのような綿密な策だ。
いや、最初のレイドと掲示板のことも入れると四段構えか。
脳髄が汚水に満たされている男達の策ではないと萌音は結論付けた。
「…皆さん、マイルームにいったん戻りましょう」
これはルミカの裏切りだ。
◆
「くっ! 今日のわたしは違うからっ!」
「うっせぇ! オラァァァ!」
「ルミカリーダーお覚悟ッす!」
「簡単にやられないんだからっ! 破ァァア!」
「…」
彼女達は革命の戦士が如く争ってますね。
あのチェーン出せば早いと思うんですが、使わないのは矜恃か何かなんですかね。
というか、なんで話合わず聞く耳を持たないのか甚だ疑問なんですが。
(そういえば底辺がどうとか言ってたな…)
例えばお金持ちと貧乏人って絶対話が合わないじゃないですか。
同じ事柄について話したとしても話が合わないと思うんですよね。
話合わない、あるいは話が合わないことを民主主義の崩壊と呼ぶと思うんですが、この地下世界でもそれが起きてるんですかね。
(グール先輩も健太郎様もそんなニュアンスだったなぁ…どこもかしこも中世ヨーロッパみたいな価値観が蔓延して…これは転生モノの影響なのかな…)
供給を断ち、格差が拡大し、分断された側同士で争うと誰が一番ニッコリするのか。
踊るのは勝手ですけど、巻き込まないで欲しいんすよね。
「…」
でもあの天使店主様がわざわざそんなこと考えるかな…?
いや、それは無いか。
「だいたいガチャ躾けるのはあたしとヒヨでしょっ! 何勝手やってんのよ!」
「二人ともくッコロ属性だからやめてっ! そんな心愛ちゃんなんて見たくないのっ!」
「それルミカリーダーっすよ!」
「……」
もう、彼女達には何も期待せずに嵐が過ぎるのを待つことにしました。
(まだ動けませんし……ほんと何がどうなってるの──かっ!?)
下半身に違和感を感じて視線を向けると、何やら僕の健太郎様にひしっと抱きつく不届きで半透明で小さき者がいたんですが。
『ンむ、ちゅ、んちゅ、ふひ、レロ、ン…』
クリクリとした髪質の、ピンク髪のショートカットに大きな翡翠の瞳。トンボみたいな羽根に生成りのビキニ。
まさにティンカーベルみたいなフィギュア風妖精がニッコリニヤニヤチュッチュッしてるんですが…。
いつから居たんですかね。
「…」
というか、それ抱き枕じゃないんですが…。
離れてもらってもいいですか?
『…ご馳走様でした。マスター』
喋るのか…。
しかもご馳走様と来ましたか…。
それはぽっこりお腹でわかるんですが…。
それにマスター…?
『失礼しました。これほど濃厚なオドなど鼻に舌にしたことが無く、つい透明化スキルを使ってあの
むしゃぶり…?
またですか…。
もうしゃぶりはハイパーインフレしてる……ん…?
濃厚な…オド?
『これは正に伝説の妖精バターと言っても過言ではないかと。けふっ』
・・・・。
オドの正体を今ズバリと掴んでしまいましたね。
とりあえずそれは全力で無視しましょう。
それにしても透明化スキルですか。
何それ欲しい。
『欲しいですか?』
はい。それはもう。
欲しくない高二男子なんているんですかね?
…ん?
会話出来てる…?
『
よろしくないですよ?
『気が向いたらお声掛けください』
そうですね。
どちらにしろ僕の倫理が崩壊した時に頼みます。
ところで君は?
『どうやらここでは春妖精と呼ばれているようですね。この空間を司り、
『春妖精…ですか』
聞けば、何やらあの天使店主様に拉致され、黒川さん達と同じように魂を捕らえられているらしく、記憶が著しく曖昧なのだそう。
『良質なオドにより自我の一部が解放されたようです。今のワタクシはマスターの吐き出したオドを残らずペロペロとお掃除し願いを叶える妖精。つまりは春を売る──』
『家事妖精ですね』
部屋の血飛沫とか気になるんで丁度良かったっす。
ところで、僕の名前は神比色と申します。
あなたのお名前は?
『フォォォォォォォー!とお呼びください』
『そんな高いテンションは待ち合わせていませんが、フォーさんですか』
それにしても、天使、骸骨の次は妖精ですか…。
『失礼しました。同胞にも知られたくないほど大変美味だったもので。まさに魅惑のバター。みしゅらん⭐︎5間違いなしです』
『ツッコミはしませんがそうですか』
変態ですね。
それに同胞ですか…。
まだまだいっぱいいるんですかね。
『いえ、ここではそこの
『何を言ってるんですか?』
あと虫呼ばわりはやめてくれません?
『失礼。まだ少し混乱しておりまして。ところでマスター。流石の放置プレイですが、この状況を捨て置きますか?』
「じゃあやってみてよ! わたしが言ってる意味わかるから!」
「はぁぁっ!? もっと小さいのにしろよッ!」
「そ、そうっすよ! あんなの無理っすよ! 魔槍じゃないすか!」
「早いから大丈夫だってばッ!」
「…ッ」
『あのまま言われたい放題の放置プレイをなさると? ドマゾですか?』
『いいえにいいえを掛けたいくらいいいえと言いますか…』
彼女達を止めることは可能ですか?
『わかりました。透明化の次となれば時間停止モノですね? わかります』
『興味は多分にありますが、多分違いますね』
それにアレは女優さんの演技を楽しむモノなんすよ。
ところで随分と俗っぽいすね。
『眠っている間もいろいろと学習していたようです。ところでマスター、この空間を早く書き換えた方がよろしいかと』
『理由を聞いても?』
『このままだとこの空間が弾けて人族の皆さんが空の器になるかと。肉体だけの、いわゆる屍体と呼ばれている状態ですね』
『わぉ』
『マスターの器も覗いてみたい気もしますが。その間のお世話はお任せください』
『なんだかよくわかりませんが、屍体は却下で。すぐにやってください』
『ではそのように。ちょうどいい術式が漂っていたので使いましょう』
『術式…ですか?』
『はい。何の為かわかりませんが、どうやらこの世界に広く配布されている定型魔術のようですね』
魔術…?
魔法ではなく?
それに世界になんて、クラウドか何かでしょうか。
いや、難しい話は後でいいです。
『ではそれで』
『畏まりました。では迷宮術式、[
『よくわからないのでもう好きにしてください』
こちとらお腹いっぱいなんすよ。
『ふふ。ではそのように。目を瞑っていてください。特上オドのお礼を期待して張り切ります。むーぅんっ!』
元々糸目なのであまり変わり映えはしませんが、言われた通り目を瞑ります。
ん? おお。
そこまでの熱量は無いんですが、暖かな陽だまりというか。温泉気分というか。
なんだか久しい春の日というか、身体がじんわりとあったかくなってきましたね。
「うぉっ!? なんだっ!? 電気が!? ルミカ! またアンタでしょ!」
「わたしじゃなーいっ!」
「何にも見えないっす!」
本当、何言ってるのかさっぱりわかりませんでしたが、視界を奪うのはナイスです。
争いは一旦収まりますからね。
それほど闇は人を不安にさせるんすよ。
光の有難さってほんと都会じゃわかりにくいんすよね。
「せ、先輩方ぁぁぁ! ア、アレが! アレが白く光ってぇぇっ!?」
「眩しッ!? なんでここに極太サイリウムがッ!? 探しても売り切れてたのに!?」
「ほ、ほらほらほらァァ! 神くんは推しなんだからぁぁぁッ!」
「……」
『フォォォォォォォォォッッ!!』
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