第22話 咄咄怪事

『──兄ちゃん、どうやったらそんなに強くなれるの』

『──僕が強い? まさか。ひょっとして辛くなった?』


『──だって母さんの稽古ってさ、おかしくないかな。だって今は平和な世の中なんだよ』

『──はは、そうだよね。けど、纏衣も結毘も守ってくれるんでしょ?』


『──うん…約束したし』

『困ってる人も助けるんでしょ?』


『──うん…だって父さんと約束したもん。それに困ってるんだったら助けてあげたいよ。けど…』


『──怪我のことかい?』

『──うん…』


『──それじゃあ誰も守れないよね。自分も含めて』

『──え?』


『──そんな怪我をしたお前がさ、いったい誰をどうやって守るのさ?』

『──それは…』


『──はは、だからそのために僕がいるんだよ』

『──兄ちゃん』


『──きっと僕がお前を守ってやるさ。でも多分お前は僕なんかよりずっと──』



 あまりに意識を持っていかれるもんだから幼い日々を少しだけ回想してしまった。


 一つ下の従兄弟の男の子。

 血の災禍に呪われた英雄の原石。

 運命に否応なく飲み込まれ、さりとて戸惑うことなく綺羅星のような笑顔を浮かべ助け続ける彼は今頃どうしてるだろうか。


 おじさんが亡くなった今もなお、彼は幼い頃に定めた約定通り、困った人々を救い続けているのだろうか。


 つまり今まさに、兄ちゃんも助けて欲しいんだけど、この声は彼に届くだろうか。


 情け無い限りだけど、兄ちゃんもお助けリストに入れてくれやしないだろうか。


 というか今のこれはどういう状況なんだろうか。

 修羅場には間違いないと思うけど。


「か、確保したっすッ!」

「やらやらやらぁぁぁ!」


「…」


 いつの間にか金髪女子が入ってきてましてね、黒川さんを羽交締めにしてます。

 濃紺にグリーンのスカーフと細いライン刺繍の正統派セーラー。

 そのデザインから友永ズッ友女子だと思いますが、お友達ですかね。


「や、やらやらじゃないっす! 何やらしいことしてるんすかっ! 目を覚ましてくださいっ! ルミカリーダーっ!」

「やーなのぉっ! 離してぇぇっ!」


 こちらからはゆるい金髪の頭頂部しか見えないので、顔はわかりませんが、黒川さんより全然小さな女の子。

 150センチくらいかな。

 というかどっから入って来たのか。

 意識が朦朧としていて、よくわかんないんすよね。

 

「はいはい。二人とも落ち着いて」


 もう一人金髪の女子が居ましたね。

 こちらは背がルミカさんくらい高い美人さんです。

 おそらくこちらも狂乱の黒川さんを止めてくれようとしてると思うんですけど、手に何か隠し持ってますね。

 というか、顔に赤い血が伸びてて普通に怖いんですが。

 もののけの姫かしら。


「離してぇっ、もっとぉ! もっと欲しいのぉっ! まだ足りないのぉっ! おちん──」

「とりまルミカ、[安らかに眠れ]」

「──うきゃぁぁぁッッ!!?」


「…」


 手にしたナイフで躊躇なく胸を突き刺しましたね。

 まさに健太郎様の如き無慈悲な所業。

 多分、命の残機的には大丈夫だと思うんですけど普通に怖い。

 助けたいんですけど、身体の自由が効かないんですよね。

 どうも自分の輪郭とこの世界の境界線が曖昧と言いますか。

 覚えているのは、黒川さんにひん剥かれ健太郎様を無慈悲にパクリと……うっ、頭が…!?

 どうやらこれ以上思い出すのはいろいろ危険なようですね。


「心愛先輩!? それで刺すのはやりすぎじゃないっすか!?」

「普通レイパー見かけたら健やかに殺すっしょ? 希夢は犯罪者の味方すんの?」

「どっちも犯罪っすよ!?」


 背の低いゆるふわ金髪の子、ノゾムさんは割と倫理が崩れてないっぽい。

 なんだか驚いてるようですし。

 倒れた黒川さんに懸命に回復薬を飲ませてますし。

 あ、こっちチラ見しましたね。

 目の大きな可愛らしいロリ美少女って感じ。

 ただしこちらも顔面血塗れのもののけの姫仕様。

 なんで?


「ちゃんと眠剤とドラッグ飲ませてるじゃないっすか! 仲間を殺すのはナシっすよ!」

「…」


 しかも眠剤にドラッグ…?

 つまりどちらも血濡れの犯罪者っすね。

 なんこれ。

 こわ。


「希夢…あんた、あたしが冗談で殺すなんて言うと思ってたの?」

「あれ冗談じゃなかったんすか?! お、幼馴染っすよね!?」


 どうやら金髪美人のココア先輩さんは、黒川さんの幼馴染らしい。

 幼馴染か…。

 なら刺すくらいはするか。


「そうだけど…? ああ、災いが起こるようにと恨み憎しみ神仏に祈ることを許容し合う間柄を幼馴染って言うんよな」

「それ呪い合ってるじゃないっすか!?」

 

 そんな当たり前の会話を血塗れ金髪女子二人が言い合う最中、黒川さんがムクリと起き上がりました。

 

「くぁ……。はふ…ん……ほふわぁぁぁ〜…」


 ただ、まだ寝起きみたいにポーっとしてるご様子。

 というか、そんなのんびりあくびしてると、また刺されますよ。


「…んにゅ…ん…? あ、あれ…? 心愛ちゃん…に、希夢ちゃん…?」

「おー、ルミカ。はよー」


「…? お、おはよう…?」

「カタコンベ攻略したんだって? おめでとさん」


「え…? えっと、あ、ありがとう…?」

「とりま祝ってやるよぉ…あははは…」

「そ、そう? ありがとう…えへへ…」


「…」


 これはマジギレって奴ですかね。

 黒川さん気づいてないと思うんですけど、空中に「!?」が浮かんでるんですが。

 風船とか作ったら売れないかな。


「だから死ねよオラァァッ!!」

「[呪詛の短刀ガルバルディ]ッ!? 嘘ッ!? わぁっ!!」


 今度は致命傷を上手くかわしましたね。

 その反動を使ってゴロゴロと転がり距離を取りましたよ。

 やっぱり広い部屋はいいっすね。


「くそっ! やっぱりレベルアップしてやがったかッ…!」

「な、なにっ?! 何事っ!? くっ、い、いくら心愛ちゃんでもやって良い事と悪い事があるよっ!」


 それ全力でブーメランぶっ刺さってますよね。

 自分を省みて欲しいんですけど。


「そうな。けどルミカぁ、お前今日何の日だかわかって言ってんのかよ?」


「きょ、今日…? ん〜…? ポッキーの日…?」

「違うっす! 棒ラーメンの日っす!」

「うまい棒の日に決まってるだろ。二人ともあたしに喧嘩売ってんの?」


 何の話ですかね。

 でも今日は勇者の日だと思いますが。

 まあ、つまり僕の誕生日であり名前の由来なんすよね。

 マジ迷惑。

 つまり早く帰ってコンビニケーキで祝いたいんですけど。


「はぁ…。ルミカ、お前今日何してた?」

「な、何って……? 何……あっ。と、えへへへ…いくら心愛ちゃんでもそんなこと、ふふ、流石にここじゃあ…ね?」


「何まだラリってんだっ! オラァァッ!!」

「ヒィィィッ!?」


 血塗れ金髪さん、踏み込み慣れてますね。

 一瞬で距離詰めて心臓狙いました。

 お花畑黒川さんも何とかかわしましたね。


「あ、危ないじゃないっ! 何考えてんのよ! ラリってるのは心愛ちゃんじゃないっ!」

「それはルミカリーダーっすよ! まさかのうまい棒という名のお魚ソーセージをペレロレ──ぎゃぁぁぁっ!? こ、心愛先輩! 何するんすかっ! せっかくクリアしたのに減るじゃないっすか!」


「希夢…次うまい棒で擦ったらもっかい刺す」

「り、りっす!」


 うまい棒に対する圧がすごい。

 僕はもちろんお魚ソーセージの日派ですが。

 しかし、金髪さんマジ躊躇なく人刺しますね。

 カジュアルに刺してますけど、バリアを貫通するナイフなんですかね。

 破傷風が心配になるレベルで錆びてますけど大丈夫なのかな。

 

「……クリア…? 希夢ちゃん、その、クリアって…?」

「こ、この人ほんとに忘れてるっすよ!?」


「おーおー、そうな。そういう奴なんよ。ルミカ、今日は何をするって話だった?」

「そ、そんなこと男の子の前で言ったらダメなんだか…ら……? あ、ああ、ああぁぁぁああッ!!!」


 あれ?

 黒川さん、一転してダラダラ汗掻いてますよ。

 これ絶対何か忘れてた奴じゃん。


「もっかい聞くぞ? 今日は、何する、約束だった?」

「あは、はは、レ、レイド…かな?」


「かな…?」

「レ、レイドですっ!! で、でもぉ、これには地の底より深ぁーい訳が……」


 チラチラこっち見て指ちょんちょんしてますね。

 かわよ。

 腹立つけどかわよ。

 制服血だらけだけどかわよ。

 でも喉もカラカラで声出ないし何より動けないんすよね。

 これ、確かに骨抜けてますね。

 全身バラバラみたいに骨抜きです。


「レイドはぶっちするわ、武器は勝手に取り上げるわ、あげく四層もクリアしててさぁ…。んで何? これ? ルミカ」

「ラ、ラブポ…です…」


「そうな。空っぽな? しかも何? ここ? 希夢」

「明らかラブホっすね」


 違いますけど。

 でも確かにおかしいんですよね。

 こんな大きなベッドなんてありませんでしたし。


「つまり、だ。ラブボにラブホだ。ログイン場所を変えたことは褒めてやるが…これはいったい何を意味すると思うんだね、希夢後輩」

「ル、ルミカリーダー! 見損なったっすよ! 退かぬ! 媚びぬ! 省みぬっ! ギルドの誓いは何だったんすか! このキメセクビッチっ!」


「キメセっ!? ち、違うの! これにはピラミッドより高い訳があるのっ! でもそれは天国への階段で…! 気づけば頂上に居て極太い槍で貫かれてたのよっ!」

「何言ってるかわかんないっすよ!」


 ほんとですよ。

 というか早くいろいろゲロった方が良いですよ。

 ヨハネがびんびんきてますし。


「それにアンタさぁ、ここなんなの? システムキッチン? しかもクィーンベッド? 新婚新妻プレイか? ああ゛?」

「し、新婚!? それに、に、新妻なんて…ふふ、えへへ…ってひょぇっ!?」


 惜しい。


「この夢クソ女ぁっ! ニビル無駄遣いしやがってさぁッ! もう死ねよっ!!」

「ひぃっ!? む、無駄なんてしてないよっ! む、むしろ──わぁっ!?」


 血塗れ金髪ココアさん、ナイフをめちゃくちゃにぶん回してるんですけど、割と的確に人体の急所を狙い慣れてる感じ。

 なのに足運びは乱雑な素人感。

 やっぱり変だよなぁ…。


「しかもカワコーの男と? ははッ! あたしに喧嘩売ってるよなぁッ! 売ってるんよなぁッ!」

「う、売ってないよぉっ! そのナイフ止めてっ! オドが漏れちゃうっ!」


「もういろいろ漏らしてんだろぉがっ!!」

「お、お下品だよっ!」


「オメーがだよッ!」


「…」


 ちなみにカワコーは川口高校です。

 山手にある公立高校で、健太郎様の通う少々ヤンチャな学校です。

 つまりまた勘違いされてますね。


「こ、心愛ちゃん! 違うの! それより聞いてよっ! それに制服は偶然って言うか!」

「ああ、わかってる」


「こ、心愛ちゃんっ…!」

「ガチャで当てたんだろ?」


「そうなのっ…うん…? ガチャ…?」

「男は眠剤ぶち込んで玉蹴り躾てゾンビ行きがギルドの掟だろ? それが何? レイド投げ出して何しっぽりラブポでキメセク楽しんでんのよ?」


「た、楽しんでなんかっ! なんか…? う〜ん……? な、ないことは…ないかもだけど、結果的にそうなったって言うか、そもそもがそうだったって言うか、でもまだそういうのは早いかなぁって言うかぁ、これからって言うかぁ、うーん、なんて言うのかなぁ? こういう感じなのかなぁって…えへへへ…ああ、何がって? ふふ、それはピピっときた運命の──ぴょえッ!?」


 惜しい。

 間一髪避けましたね。


「運命だあ"あ"ッ!? あんた小学校の時も同じこと言ってたよなぁぁ! 男共々ピーピー泣いて死んでろやぁあああ!!」

「ひぃっ!? ち、違うの! 話聞いてよっ! 説明が難しいのっ!」


「おい、やるぞ希夢ッ! この絶倫メンヘラ女、まだラブポ酔いしてやがるッ!!」

「絶倫メンヘラ女っ!? 酷いよ心愛ちゃんっ! それに酔ってないもんっ!」


「狂ったらみんなそう言うんだよっ! 知ってんだろっ! やるぞ希夢ッ!」

「い、いや、さすがにゾンビ行きは…あっ! そ、そうっす! みんなの意見聞いてからに──」


「希夢、アンタもしか先にヤラれたいわけ? 供給相手、アレよ?」

「あ、あんなのムリっす! インベントリィっ!」

「希夢ちゃんっ!?」


 ノゾムさんのインベントリから、青銅っぽい色の剣がニョキっと出てきましたね。

 ゾンビはダメだと思うんですけど、それよりアレよって錆びたナイフ向けられたんですけど。

 あんなのって秒でダメ出し食らってんすけど。

 どういう意味かまだわかってないけど、良い意味では決してなさそう。

 

「ル、ルミカリーダー!」

「あたしらがゾンビにしてやんよッ!!」

「ひぃぃっ!? た、助けてぇぇっ!!」


 そこから、殺伐とした殺し合いが始まりました。

 皆さんスカートがいい感じで揺れて華やかっすね。

 同じくらい飛び散る血も白い壁に踊ってますけど。

 

「…」


 それより誰かズボン持ってないすかね?

 凹む気持ちとは裏腹に、隆々とした凸のままだと超絶恥ずかしいんですけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る