第15話 私的部屋

 目が覚めると、そこはいつもの見慣れた光景が広がっていた。

 天井に張り付いた六畳には大きめのシーリングライト。

 薄い乳白色の壁紙に、淡い白の遮光カーテン。

 いつもの風景、いつもの毛布のこの感触。


「…」


 凄まじい夢を見た。

 もう、思い残すことは無いって感じの、こう、魂を丸ごと持っていかれるような快感。

 つまりはディープバキューム。

 あるいはブラックホール。

 最後はそこに全て吸い込まれたような錯覚さえ幻視しましたね。

 まあ、夢で良かったような、残念なような感じで、何とも情け無い虚脱感に襲われてます。


「あ、うッ…」


 身体を起こそうとしても力が入らない。

 倦怠感すご。

 こんなのは久しぶりだ。

 それこそ、無茶な修行に明け暮れた──


「えっ! もう起きたっ!? くっ…遅かった…!」

「…黒川さん?」

「お、おかえりなさいっ!」


 僕を覗き込んだのは、先に消えていた黒川さんだった。

 無事で良かったんですけど、何故に僕の部屋に?

 おかえりとは?

 というかさっき何か言いかけませんでした?


「な、何にもないよ?」

「そうですか。ところでなぜ我が家に?」

「ここ神くんのお家なの?」

「え? ええ、そうですよ」


「ええっ!? 普通出来ないよ!」

「普通出来ない?」

 

「塗り変わったのは間違いないと思うけど…」

「…塗り変わった?」


「えっと、ご主人様だから部屋が繋がったの」

「…」


 またそれですか。

 僕が嫌な顔を見せたのか、慌てた様子で今度はきちんと説明し出した黒川さん。

 話を聞くと、ここはどうやら[マイルーム]と呼ばれる施設らしく、あの世界へ至る前に立ち寄る、中継地点みたいな処らしい。


 いや、全然僕の部屋なんですが。

 意味もさっぱり分かりませんが。

 もう不思議は懲り懲りなんですけど。

 

「…つまりまだ現実世界ではない?」

「まあ、うん。ふふ、そうなるのかも?」


 何故疑問系?

 しかも何か嬉しそう。

 その笑顔は何なのか。


「…」


 周りを見渡しても、見たところ自宅にしか見えないんですが。

 もう頭おかしくなりますね、これ。

 まだ夢の中なのか、それとも現実は今見てる光景の方なのか混乱してきます。

 

 ちなみに僕の借りているマンションは分譲賃貸で、単身赴任に向けた割とゆったり目の構成。

 玄関を開けるとまっすぐ廊下がありその両隣にトイレバスがセパレートしていて、突き当たりの部屋を開けると十畳ほどの台所兼リビング、右隣に六畳の寝室があり、リビング寝室どちらからもベランダに出れる部屋割り。


 元々は親戚のおじさんが使っていた部屋で、その縁で借りたんですよね。


「玄関を出たら何処に出ますか?」

「うーん…多分、駅の改札じゃないかな?」


「ええ…。もういい加減お家に帰りたいんですけど…」

「だ、大丈夫! 時間は圧縮されてるから!」


 何がどう大丈夫なのか。

 詳しく聞けばどうやら現実での時間は、三分の一程度になるらしい。


「それ、つまり三倍早く老けるのでは?」

「え…? あ、そうなのかな…? あ、でも中学生達はそのままだったよ!」


 答えになってませんが。

 なぜに胸を強調したのかは分かりませんが。

 いや、二次性徴とかですかね。

 細胞とかどうなってるのか。

 

「現実ではスキルもインベントリも使えないから何も変わってないんだと思う。だからみんな夢の中だって最初はずっと思ってたから…」

「…」


 最初はって何ですか?

 今と違うってこと?

 いや、もうこれ以上、深く考えるのはやめておこうかな。

 というかもう考えるのイヤ。

 力全然入らない。

 ここはもう自宅でいいんじゃないかな。

 おやみーしたい。


「えっと、と、とりあえず何か着た方が良いと思うんだけど…」

「…?」


 毛布をゆっくりと捲ると、そこには、カウボーイとか、ライダーがよくジーンズの上から履いている革パンのようになっていて、まあ、つまり股間部分のみを引き裂かれた制服姿で、まだ見ぬ変態ノーパン派になってましたね。


「えぇ…」


 どうやらこれも夢じゃないらしい。



 とりあえず健太郎様の制服をインベントリから借りました。

 ブカブカですけど、僕の健太郎様をお披露目するわけにもいきませんし。


「学ランも良いね…似合ってる」

「そ、そうですか?」


「いつものブレザーだと模範生徒? みたいにちゃんと着てるし、ふふ、ちょいワルって感じかな?」

「…」


 それ他校を貶してますよね。

 それより立襟が首に食い込むんですけど。


 それはともかく、不思議な光景に言葉が出ない。

 だって寝室からリビングに出ると、そこにはおかしな空間が広がってましたから。


「信じてくれた?」

「ええ、こんなに広くないですし…」


 見慣れたはずの我が家のリビングが、デザインそのままに、思いっきり広くなっていましたね。

 具体的には8畳が20畳くらいに。

 しかも扉が何故かいっぱいあってまるでシェアハウスな仕様。

 何やらマイルームは広さや機能を拡張出来るとの事。

 いや、もう何でもいいです。

 

 小さなローテーブルは僕の家のそのままで、広くなったリビングに似合わない感じが何となくぼっち感をそこはかとなくアピールしてるようで少し恥ずかしい。


 クローゼットには何も無かったんですけどね。


 そこに対面で座りつつ、さっきの服の有様を聞かれた僕は、それよりも先に黒川さん達に起きてる事を教えて欲しいとお願いした。


「七月十三日。それは突然始まったの」


 その日人類は、輝く天使から啓示を受け、地下から這い寄る骸骨を倒して穴を塞ぎ、魔神が攻めてくるのを防ぐミッションに駆り出されたらしい。


「神託ってみんなは言うけど、お前たちに試練を与えるー、みたいなことを夢の中で言われたの」

「…」


 言われてませんが。


「最初はみんな夢だと思って、それで油断して最初の十字路で死ぬの」


 どうやらあの十字路は巨大な刃物とか太い棒とかが振り降りてくるらしく、それはもうぐちゃぐちゃのぎたんぎたんにされるらしい。

 何その嫌なアトラクション。

 殺しに来てますよね。


「パニックになって逃げようとスタート地点に戻ると今度は四方から棘が出てきて串刺しに…」

「おふ…」

 

 というか危なかった。

 ヨハネっててセーフ。

 

「食べ物はいろいろあってね。商店のお餅みたいなパンとかおでんみたいなのを食べる人も出てきたの。ザクロみたいな果物とか、すごく良い匂いで、堪らなくなって、あははは…」

「…」


 どうやらあのシャッター通りは全て開いていたらしい。

 店員は全て影帽子みたいな黒い墨汁みたいに塗り潰されたシルエットで喋らない。

 だからか、みんな好き勝手に飲み食いしてたそうな。

 それからは、あの十字路には向かわずに、あの商店で過ごすようになったそう。


 お店、全部定休日だったんですけど。

 めちゃくちゃにしちゃったんですけど。


「それが七晩続いてね。でもそこからが本番で、突然力を得たの」


 力、つまりスキルと呼ばれる謎技能を手に入れた人々は、そんな目にあったことなど忘れたかのようにして、その力に魅了されていったらしい。


「そこからは十字路を進めるようになって、骸骨を倒していって、初めは良かったんだけど、性格とか少しずつみんな変わっていって…」

「…?」


 黒川さんも変わったのだろうか。

 まだ思い出せないんですけど。

 

「ほ、ほら、その、いくら普通の人にわからないからって、あはは…学園の中でも電車でもさ、アレ、すごいじゃない…?」

「…そうですね」


 何のことか知りませんが。

 なぜ顔を赤くして照れ笑いしてるのかも分かりませんが。

 どうやら神託を受けてない人間にはごく普通の日常にしか見えない模様。


 そこからその神託は何度もバージョンアップを繰り返したらしく、マイルームやガチャが始まったり、夢じゃなく入れるようになったり、時間はズレにずれ、放課後あたりに固定され、任意になったそうな。

 

「後でわかるというか、推測なんだけど、ゲームのテスターって言うの? そんな風にしか思えなかったから」


 そこからゲームのように、ログインと名付けられたみたいで、夢の中の時と違い、ソロプレイになったそうな。

 あの天使店主がいろいろお試ししたのか、最初と今では随分と仕様が変わったのだと言う。


「選ばれし者…なんて一部の人は言ってたけど、わたし達が最初の英雄エインヘリアルだって…」


 死んでヴァルハラにでも行ったんでしょうか。

 それとも誇大妄想や勇者願望を逆手に取ったんですかね。

 ヒロイックとか一番嫌いなんですけど。

 100パー名前のせいですけど。

 いや、人助けが業の不幸体質のあいつのせいでもあるけど。


「だから自分達をファーストって呼ぶし、神くん達をセカンドって呼ぶんだって」

「そうだったんですか」


 単純に一番と二番って意味なのは何となくわかってましたけど、どうやら僕以外も巻き込まれているみたい。


 それにしても、いろいろな神話が混ざってるような気がするのはこの国故なのか。


 まあ、大日如来とルシファーの血を引く神の一族なんて設定の漫画とかありますし。

 六芒星と卍を掛け合わせたのとかも今ならアウトなんでしょうけど山盛りあるんですよね。


 それはともかく、おそらくあの世界で一度死ぬのが謎パワーを開花させるキー、そんな気がしますね。

 それに例え死ななくても、あそこがもし冥府みたいな場所だとしたら、その食べ物は黄泉戸喫よもつへぐいのようにも思えてくる。

 つまり僕も一度死んだんでしょうかね。

 そんな死の気配は感じなかったんですが。


「これのことか…」


 バグって言ってたのは。

 本当に傍迷惑ですね。

 巻き込まれ型ぼっちモブとかイヤなんですけど。


「これ…?」

「いえ、なんでも」


「ね、ねぇ、神くん。これからも助けて貰ってもいいかな…?」


 正座を正して、伏せ目がちにこちらをチラチラと見る黒川さん。

 なん、かわよ。


「またも何も助けるのは別に構いませんが…」


 そもそも僕に参加資格があるかどうかすらまだわからないんですけどね。


「捨てない?」

「捨てるわけないじゃないですか」


 なんですか、人を捨てるとか。

 発想が怖いんですけど。


「絶対約束よっ!」

「え、ええ…はい、もちろんです」


 まあ、助けるって約束しましたしね。

 面倒な事じゃなければ嬉しいんですが。

 それともう疲れたんで今度にして欲しいんですが。


「えへへへ…」

「…」


 ただ、黒川さんの鼻息が荒いのは何でですかね。目が爛々としていて、ジリジリ寄ってくるのは何故ですかね。


「と、ところで神くんって、その、彼女…いるの…?」

「え? 今なんの関係が? もちろんいませ……あっ」


 そういえば、アスナさんってどこ行ったんでしょうか。

 まあ、気まずいどころでは無いので助かりましたけど。


 あれは浮気に入らない説に全力で乗っかります。



 

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